初めての彼女と確かな覚悟

「玲奈、変わったわね」

「へ? そう?」


 突然、朝見あみさんは笑みを浮かべてそんなことを言った。


「最初はそんなに自信満々じゃなかった」

「そ、そうかな? 私、変われたかな」

「変わりたかったの?」

朝見あみさんだって、私に変わって欲しいって思ってたんでしょ?」

「……それは、少し違う、と思ってたけど。どうだろう、自分でも分かんないや」


 段々と溶けて来た氷の袋を握りながら、朝見あみさんは膝を抱えた。


「私はただ、玲奈にはらい君と一緒にいるだけの覚悟と、勇気がないだけだと思っていたの。別に、らい君と一緒にいることに資格も何もいらないからさ。ただ、固い意志を持って欲しかった、そう思ってた。私が変わったと思ったのも、もしかしたら、玲奈の意志が強すぎたからかもしれない」

「そっか……私、もうらい君の彼女を、誇れるのかな」

「玲奈次第でしょ。どう、覚悟はできているの? らい君に恋することは、他の人に恋をするのと比べて、ずっと大変なことだよ」

「分かってる、と思う。他の人を好きになったことなんて無いからね」

 

 自分で言っていて、少し恥ずかしくなった。だけど、これだけは宣言しておきたいと思った。


「私はこれから先もずっと、らい君だけを好きでい続けるよ」


 朝見あみさんは驚くこともせず、ただ優しい微笑みを作った。


「ええ、そうして頂戴。そうするべきよ。らい君のことが、本当に好きならば」

「本当に好きだよ。明確な理由なんて、一つも無いのかもしれないけどさ。それでも、やっぱり頼斗君と一緒にいると、不思議と気分が上がって、楽しくなるの。不安だらけの日も、怖いことがあった時も、一緒にいるだけで安心できる。もちろん、不満の一つもないなんて言わない、悩みが全くないとも言わない。それでも、頼斗君となら乗り越えられる気がするんだ」

「それだけで十分だと思うわよ。私もあんまり、恋愛で偉いことは言えないけど。少なからず、らい君はそんな玲奈を、玲奈の思いを大切にしてくれるはずだから」

「そうだと、いいな」


 少し想像して、頬が熱くなる。ずっと先、これから何年も、何十年も先まで頼斗君と一緒に歩く自分の姿。少しずつ、はっきりしてきたと思う。


「まあ、おかしな話だとは思うわ。誰かを好きになるのは人の自由だし、お互いが好き同士だったらそれだけで付き合える。現代の恋愛って、そういうものだと思うもの」

「そうかな。……でも、私はむしろ良かったと思ってるよ。私の駄目だったところに気付けたし、なんか、楽しいから」

「曖昧ね」

「曖昧なくらいの方が、気が楽なんだ。へへっ」


 少しおかしくなって、思わず笑みが零れる。朝見あみさんもつられて笑みを浮かべた。


「……誰かを本気で好きになった経験が、きっと誰にでもあると、玲奈は思う?」

「どうだろう。でも、あるんじゃないかな。少なからず、私と同じくらい生きた人たちは皆、一回くらい。それが異性じゃなくても、同年代じゃなくても、何なら人じゃなくても」

「そうよね。……先に謝っておくけれど、この言葉に表面以外の意味はない。その上で言うけど、私にとって今のところ、最初で最後の最大の恋の相手は、やっぱりらい君よ」


 朝見あみさん気まずそうに目を逸らし、それ以降何も言わなかった。まるで、私の答えを待つように。


 それに対して私も、言葉を失っていた。それは予想していたことではあった。もしかしたら、私が彼女になることで頼斗君のことが好きな他の人のことを悲しませてしまうんじゃないか、って。

 それに、朝見あみさんは頼斗君と付き合っていた経験も、何なら、好きだと宣言したことも、何度もあった。私もそれを知っていたし、朝見あみさんも私がそれを知っていると分かっているはずだ。


 そのうえで、もう一度言ったことに何か意味があるんじゃないかって、どうしても思ってしまうけれど。朝見あみさんは初めに言っていた。


 表面以外の意味はない。つまり、頼斗君が一番好きだ、ただそれだけなのだ。


「じゃあ、一緒だね」

「……ええ。一緒よ」

「どんなところが好き?」

「気さくなところ、だったかな。今は気さく、とは少し違うかもしれない。それでも会話をしていて疲労が無い、美味しいご飯を作ってくれる、優しいし、色んなことを全力で悩んでくれる。よくよく抜けてて、それがうざったいと思う気持ちももちろんあるんだけど、そんなところが、ああ、私なんかでも一緒にいていいんだなって、逆に安心できる。……玲奈は?」

「私には、はっきりとした理由なんてない。朝見あみさんの言ったことには全部同意できるけど、どれかが決定打になったかって聞かれると、そうじゃないんだ。ただ、この人なら良いって思えた。この人が良いって思った。それからはもう、嫌いになんてなれなかった。好きでい続けたいと思った。それが、理由かな。おかしい、かな」

「そんなわけないでしょ。それでいいのよ」


 溶けてなくなった氷の袋を握り、車の扉に手をかけた朝見あみさんは、勢いよく開け放ちながら肩越しに言う。


「恋に、普通も正解もありはしないんだから」

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