初めての彼女と車の中

「あ、玲奈さんから連絡だ。朝見あみ、回復したってよ」

「そっか! なら迎えに行こっか」

「ちょ、お姉ちゃん待ってよ! せ、せめてこれ見てからにしない!?」

「私はもうちょっと見てるね、朝見あみちゃんをよろしくね」

「ああはい、分かりました双葉さん。何かあったら連絡しますので」

「うん、そうして」


 曲芸、というやつなのだろうか。

 ステージの上でそれを披露する学生に釘付けの流星すすみ星座むすびが無理やり引っ張りながら体育館を後にし、駐車場に向かった。

 そこにはちょうど美空父の姿が見えていて、両手に大量のレジ袋を抱えていた。


「お、お父さん何をあんなに……」

「ジュースだけじゃないね。たぶんお弁当とか、後は何買ったんだろ」

「流石、金持ちは違うな」


 偏見かもしれないが、あの人を見ていると本当に金持ちの立ち振る舞いの何たるかを見せつけられている気がしてしまう。

 あの人、思いを金額で伝えるタイプの人だから。今までもそれをたくさん知ら締められてきた。将来あんな人になりたいな、と思うわけではないがああだったら格好いいんだろうなって思うことはある。


「お金持ちって言っても、私たち、そんなに裕福なのかな?」

「少なからず星座むすびたちは俺よりいい生活してるぞ」

「らい兄もそこそこ裕福な家庭にいない?」

「うーん、まあ、一軒家持っているわけだし、母さんたちもあっちで借家だろ? 仕送りも高校生のバイト代とは比べるまでもないだろうし……そうかもな」

「冷静だね」


 改めて言われるとうちも貧乏ではないどころか裕福な家庭なのは間違いない。両親は海外にいるが、母さんもあっちに行ってからは趣味を仕事にしているらしいし、父さんに関して言えば支部長とかに昇格したと聞いている。

 なるほど、うちもお金はあるほうなのかもしれない。


「でもさ、親がお金持ちでもあんまり実感湧かないよ?」

「それ俺以外に言うなよ。嫌味だぞ」

「うん、止めた方がいいと思うよお姉ちゃん」

「そう?」


 間違いなくそうである。


「って、そんなこと言ってないで早く行こうよ。朝姉あさねえ、無理してるかもしれないし」

「そうだね。朝見あみは具合悪くても、今日を休むわけないもん」

「もちろん出てくれるのが一番だが、それで悪化させるわけにもいかないからな」


 考えてることは同じらしい。俺たちは駆け足で美空父を追った。


 そうやって車に着く頃には、美空父が車の扉を開いて荷物を入れているところだった。


「お父さんお疲れ。何をそんなに買ってきたの? お菓子? ライブ中に配る、って……や、やめてよ!? 聞いてくれたお礼って、恥ずかしいから本当に止めて!」


 また半ば狂気に走り出した美空父の相手は星座むすびに任せておいて、車の中を覗き込むと玲奈さんが少し困り顔で車を降りようとしているところだった。


「あ、頼斗君、体育館の方は良いの?」

「まあ、そこまで興味があったわけでもないからね。朝見あみは?」

朝見あみさんならお手洗いだって」

「もう大丈夫なのか?」

「だと思うよ。アイスも食べてたし、ちょっとお喋りしたけど元気そうだったから。本人も言ってたけど、ちょっと寝不足だっただけだって。朝ご飯も抜いていたらしいけど、星座むすびのお父さんがお弁当買ってきてくれたし、これ食べてもらえばいいよね?」

「そうだな。戻ってきたらご飯を食べさせて、もう少し寝かせるか。そうでもしないと、無理をしかねない」

「無理を無理だと思わなそうだよね。家出してた時のことを聞いたことあるけど、結構逞しい生活してたみたいだし」

 

 そういえば朝見あみは中学生の身で半年間放浪した過去があるんだった。……ちょっと待て、改めて考えてみると相当やばいことしてるなあいつ。あれで無事どころかぴんぴんしてるんだから、確かに高が寝不足くらいなんとも……いや、さっき倒れたんじゃないか。

 やっぱり無理はさせられないな。


「あ、このアイス新作だ。貰ってもいいんですか? ありがとうございます」

「って、玲奈さんは通常運転だな……」

「まあ、アイスは美味しいからね。お父さん、私も貰うね」


 そういう問題ではない気もしたが、アイスを手にした二人を車の中に残し、俺は車から少し離れる。特に理由があったわけでもないけれど、車の周囲は玲奈さんと星座むすび流星すすみ、美空父と少し混雑していた。

 荷物の搬入もまだしていたし、邪魔にならないようにと距離をとった。


 と、そこで声をかけられた。


「あ、頼斗さん!」


 どこか聞き覚えのありながら、少し久しぶりな声だった。しかし、その声自体は毎日のように聞いている。聞き間違えるはずは無かった。


「おお、和沙かずさか、久しぶりだな」

「はい、お久しぶりです」

「見に来てくれたんだな」

「当然です! 私、応援してます! あ、後から亜里沙ありさ和香のどかも来るんですよ」


 そこにいるのは、私服姿の和沙だった。会うのはしばらくぶりだが、その歌声はよくよく聞いている。俺からしてみれば応援する側の相手なのだが、そんな和沙がこうして俺たちの演奏を聞きに来てくれることが、少しむず痒かった。


「そうなのか? それは嬉しいな。ちょっとサプライズもあるんだぞ? 期待しておいてくれよな」

「サプライズって、事前に言っていいものなんですか?」

「言っても驚くと思う。それくらい期待していて欲しいってことだよ」

「なるほど! それじゃあ、期待してますね!」


 和沙は嬉しそうに笑いながらそう言った。

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