放課後
人と言うのは面白いもので、元々そこにあったものを与えられたと言う形で目の前に提示された時、案外すんなりと食いついてしまう。これは元々そこにあったもの重要さに気付けていなかったり、目の前にあるだけでは自分の物だと思えないからだと思う。
それでもそれは目の前にあって、与えられなくても手の届くのだということを忘れてはいけない。
そんな、目の前にあるのに与えられないと食いつけない存在の一つに放課後と言うものが挙がると思う。放課後、なんて名前を付けなくてもそこに在る時間のはずなのに放課後と言う名前があるだけで特別感が湧いて来くる。
まるで、自分たちだけに与えられた特権で、何をしても許される特別な時間かのように感じてしまうのだ。
当然、俺もそう感じる。
「なあ、玲奈さん」
「どうかしたの? 頼斗君」
「何を思って放課後になってまで一緒に勉強を、しかも教室でするんだ?」
俺は今、放課後の時間を無駄にしている気がしてならなかった。
いや、学生の身である以上勉強が本業であることは分かる。ただ、昼休みにあんなことを言われてすぐ、放課後一緒に居ようと呼ばれてまさかやることが教室で勉強だとは思わなかった。
「え!? い、いやだってまだ一緒にお出かけとか恥ずかしいし、どっちかの家とかもっと無理だし! 私の出来ることと言ったら勉強くらいだから……あ! 分からないところがあったら、何でも聞いてね! こ、こう見えて私成績だけはいいから!」
「お、おう……そうする」
「う、うん!」
……気不味い。
なんというか、あいつの時はいつだってあいつがやりたいことに付き合っていた。もちろんたまに会話に詰まることはあったが、それは本当にたまにだ。俺から何かを提案したり、話を振ったりと言った機会は少なかった。
否定はしないしやりたいことは人それぞれだとは思うがテストが近いわけでもなく、課題がたくさん出ているわけでもないのに恋人同士二人っきりで勉強をするというシチュエーションに違和感を感じざる負えない。
そして、最も重要な問題がある。それは――
「え? あれ? 頼斗君そこ、もう終わったの?」
「ああ。……終わらせちゃいけなかったか?」
「そんなわけないけど!? ……あれ? なんか、思ってたのと違うような……」
窄まる語尾で何と言っていたかは聞きとれなかったが、どうにも釈然としない表情を浮かべる玲奈さん。それでも文句や言いたいことがあるわけでもないらしく、すぐにペンを持ち直してノートに向き合う。
そう、今回一番問題なのは俺も勉強は苦手じゃない、と言うところなのだ。
玲奈さんとしては勉強が苦手な俺に分からないところを教えたりする、と言うのを想像していたかもしれない。ただ、俺はいつもその逆をあいつにしていた。勉強に全く追い付けないあいつのために教えていた立場だったのだ。
その頃の癖が抜けなくて予習復習は必ずやるし、自然と授業も付いていけている。そのため教えてもらうことはない。
その逆も然りで、玲奈さんは自分で言った通り成績が良く、一通りの勉強が出来てしまう。なので質問してくることも、こちらから教える必要もない。
普通に勉強できる二人がただ静かに勉強する地獄の時間が出来上がってしまっているのだ。
「……」
「……」
「……」
気不味い。
「ああ、そうだ」
「な、何!? どうかした!?」
空気感に耐えかねて声をかけると、玲奈さんも勢いよく食いついて来た。まあ、あっちもこの空気には耐えかねていたところだろう。
「玲奈さんはこれだけ勉強が出来るんだし、入試の結果も良かったんだろう? 俺は割とギリギリでな」
「あ、いや、私中等部から繰り上げだから試験受けてない……」
「……」
「……」
……。
「へ、へぇ、そうなんだな。じゃあ、家では毎日どれくらい勉強してるんだ?」
「一日二時間から三時間、とかかな」
「そんなに勉強してちゃんと寝られてるのか?」
「十一時には寝てるから、七時間くらいは寝てるよ」
「け、結構寝るの早いんだな。俺は十二時回っちゃうこともざらでな」
「そうなんだ」
「あ、ああ、そうなんだよ」
「……」
「……」
あ、
目を合わせてくれないし、一個一個の会話がぶつ切れだし。よくこの性格で彼氏を作ろうと思えたな……。褒めるべきなのか、計画性が無いと言うのか。
まあ、勇気を出して告白して、俺もそれにオッケーを出した以上は誠心誠意向き合うつもりだけど。会話もまともに成り立たない恋人って、それはもう恋人と言えないのではないだろうか。
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