初めての彼女と演奏準備

「って、もうこんな時間かよ。皆、あと三十分で出番だぞ。星座むすび朝見あみを起こしておいてくれ」

「了解! ほら、朝見あみ起きて! そろそろ出番だよ!」


 結局、俺たちは車の中で午前中を過ごしてしまった。 

 昼食をとり、寝不足の朝見あみは座席を倒して眠りに就き、他の皆はなんだかんだと時間を潰していれば、もうすぐ出番だった。


「玲奈さんと流星すすみ、楽器の最終調整とかステージに上げるのとかあるから、先に行こうか」

「分かった! ちょっと待ってね!」

「い、今行くよ!」


 流星すすみは元気よく返事し、玲奈さんは食後だからかウトウトしていたのを、慌てた様子で立ち上がる。


「っ、う~っ……!?」

「玲奈さん、だ、大丈夫?」

「う、うん……」


 そのままの勢いで勢いよく天井に頭をぶつけ、苦悶の表情を浮かべながらも、玲奈さんは車を降り――


「きゃっ!?」

「危ないッ!」


 頭を抑えたまま、前もよく見ていなかったのだろう。そもそも片手は使えないし。

 段差を踏み外した玲奈さんは、そのまま地面にぶつかりそうになった。


 ただ、俺も近くで見ていたし、間一髪のところで間に入って抱きとめる。

 正面から入り、その軽い体を受け止める。ただ少し油断していたのは、左手に巻いたギプスの存在。伸ばした右腕が、少し変な格好で当たってしまった。


「玲奈さん、大丈夫!?」

「う、うん、何とか……ご、ごめん頼斗君、ちょっと踏み外しちゃって」

「俺は大丈夫だよ。これからは気を付けてね」

「そうするね。うぅ、私ってドジばっかり……」


 玲奈さんの体を支えて真っ直ぐに立たせると、玲奈さんはまだ痛むのか頭を抑えながらそう言った。


 ドジばっかり、と玲奈さんは言うが普段からこんなことをやらかしたりはしていない。学校での演奏ということもあって、緊張しているのだろうか。


「も~、二人ともイチャついてないで行くよ」

「イチャっ!?」

「はいはい、玲奈さん、行こうか」

「へっ? あ、う、うん!」


 伸ばした手を掴んで、玲奈さんは今度はしっかりと歩き出した。


「あ、イツツアカリの皆さんですね。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします!」


 運営スタッフに近づけば、すぐに名簿を確認された。ちょうど他の人の発表が始まったばかりで、それが終われば俺たちの番らしい。今も、すぐそばから生徒や親、他校からの生徒に先生たちも混ざって盛り上がっている様子が伝わってくる。


「はぁ、流石に疲れましたね……ねえ藍生あおい、あんたは疲れてないんですか?」

「えー、まあ私は美登利みどりと違ってはしゃがないキャラ作りだし」

「自分でキャラとか言うなし……」


 と、ステージ裾からこちらに向かってくる二人がいた。そしてその両方に、俺は見覚えがあった。


「あ、クイズ大会の司会の人」

「え? あ! これはこれはバカップルのお二人いぃっ!? 痛いっ! 藍生あおい、何するんですか!」

「普通に失礼だよ? えー、先日はどうも。えー、毎度毎度うちの馬鹿がすいませんね。えー、こっち美登利みどり、私は藍生あおいです。放送部やってます、以後よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」


 無駄と言っても過言ではない元気さを持つのが美登利みどり、言葉の最初によくえー、と付ける大人しめの方が藍生あおいと言うらしい。


「お二人は次ステージでしたよね。えー、まあ、頑張ってください」

「お二人はギターを弾くと言うことでしたけど、何時から演奏を初め、ちょ、藍生あおい引っ張らないで! 行く、行きますから!」

「失礼しましたー」


 二人は電光石火の如く、あっという間に去って行った。


「あ、嵐みたいな人たちだったね。特に美登利みどりさんの方」

「う、うん、ステージの上でも感じたけど、勢いがあるよね。私、あの時は不思議と対応できたけど、思い出す度凄い人だったなって思うよ」

「まさに暴れ馬だな。手綱を握る人がいるところもそれらしい」

「「ああ、確かに……」」


 適当に例えれば、二人はしみじみと呟きながら頷いた。


「あ、いたいた。朝見あみ連れて来たよー!」

「ふぁ……眠い」


 しばらくすると、どこか普段よりテンション低めな星座むすびと気だるげな朝見あみがやって来た。


「おう、って、何かあったのか?」

「ああ、朝見あみの寝起きが……いやうん、なんでもない、なんでもないよ」


 何やら俺に話そうとしていた星座むすびは慌てた様子で言葉を引っ込めた。ちょうどその時朝見あみ星座むすびの背中に隠れて見えなかったのだが、たぶん、抓られでもしていたのだろう。


「って、そろそろ何でしょ? 時間は大丈夫なの?」

「ああ、一応な。でも、もうすぐなのは確かだし、朝見あみ、まだ寝惚けてるなよ」

「もう大丈夫よ、問題ない。でも一応、先に触って置けるかしら? 寝起きだから体が動くか分からない」

「ああ、それもそうだな。俺も確かめたいし、先に触らせてもらえるように頼んでみるか」


 全員が揃い、時々刻々と開幕が近づく。まあ、幕自体はずっと上がっているわけだが。


 三年振りの、学校での演奏。緊張の一つもしないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に楽しみで仕方がない。

 楽しかったあの頃の思い出を、玲奈さんとも共有できる今日の日を、俺はずっと前から楽しみにしていた。


 偶然にも、今日は初めて元々の夜見よみのポジションを玲奈さんが熟すと言うこともあって前のめりになる姿勢を簡単には正せそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る