第四章 初めての彼女と妹

初めての姉と思い出

 小学生の内に実感していたことだが、女子ってのは男子より成長が早い。より早く賢くなり、大人っぽくなって行く。そんな中で俺が感じたことは、星座むすびが姉のようだ、と言うことだった。


「お、二人ともお帰り! 楽しめた?」

「まあ、一応な」

「え~、すっごく楽しかったでしょ! らい兄!」

「それならよかった! こっちもちょうど終わったよ!」


 ゲームセンターを出た俺たちは連絡を取って星座むすびたちと合流する。いや、スマホで連絡が取れるってのは便利だな。今更感動するのもおかしな話だが。


「それで? 玲奈さんと朝見あみは?」

「準備してるから、もう少し待っててね!」

「じゃ、私も冬服見てこようかな」

「ん? おお、行ってこい」


 大きく手を振りながら去って行く流星すすみを見送る。

 

「頼斗、久しぶりに流星すすみと一緒に遊んでくれてありがとう」

「感謝されても困る。どういたしまして、なんていちいち言うような仲じゃないだろ」

「だからこそだよ。親しい中にも礼儀あり、なんてね」

「確かにな」


 流星すすみの背中を一緒に目で追いながら星座むすびはそんなことを言ってくる。


「でも、やっぱり驚きって言うかなんて言うか。最初はこんな関係になるとは思ってなかったよね」

「予想していたか、って言われたらそんなことはないよな」

「誰が想像できたかな」

「案外大人たちは予想してたりしてな」

「あり得る」


 ふふっ、と笑う星座むすびの顔を一目見れば懐かしさが湧いてくる。少し前まで、半年も会っていなかったからな。その半年はだいぶ沈んでたし、随分と前のことみたいだ。


「ねえ頼斗、私たちが初めて会った日の事、覚えてる? 私はずっと忘れられないよ」

「俺もだな」


 十年も前の話だと思うと、少し昔の話のように思える。それでも昨日のことのように覚えているのだ。あの日、月明かりに映える星座の美しかった日のことを。


『綺麗』


 思ずと言った風に呟いたのはその日も一緒に遊んでいた夜見よみだった。日が暮れるまで遊ぶのも、今日で何度目になるか。親に幾ら怒られてもやめられなかったのは、それがあまりに楽しかったからか。


 そんな彼女と一緒に見上げたのはジャングルジムのてっぺんよりも高い場所。太陽よりもずっと綺麗に輝く、三日月の下。三角形に結ばれた星座の中心で手を伸ばす、一人の少女だった。


『あなたは、誰?』


 夜は問う、星の輝きを。


『私? 私はむすび。美空むすび』


 ジャングルジムのてっぺんに立って手を伸ばす少女の髪は、夜に負けないくらい黒く輝き、その肌は星々のように白く輝いている。

 その瞳は、涙に濡れて爛々と輝く。


『ねえ、どうして泣いてるの?』

『泣いてないよ、泣いてなんてない』


 降り立った星の輝きは、暗闇に落ちてもなお淡く光る。


『悲しいの?』

『悲しくないよ、悲しくなんてない』


 その白く細い指を目の縁に添えながら、少女は何度も繰り返して呟く。


『痛いの?』

『痛くないよ、痛くなんてない』

『じゃあ、苦しいの?』

『苦しくない、苦しくなんてないよ』

『だったら、寂しいの?』


 夜見よみの問いかけは、少女の肩を震わせる。


『寂しく、ないよ……寂しくなんてないよ!』


 頬を流れる滴の輝きは、瞳をくぎ付けにして離さない。


『私とお友達になろうよ』

『……お友達?』

『うん、お友達。私とらい君が、お友達になってあげる! ううん、私たちのお友達になって!』


 夜は笑った。星座の少女を映し出して。


『ね! らい君!』

『うん! 僕たちと友達になろうよ!』

『……うん! 私、お友達になりたい! お友達になってください!』


 星座は笑う。夜の空、明るくライトに照らされながら。


「あの時私、親と喧嘩して家を抜け出してたの。でもね、ずっと夜空を見てても誰も迎えに来てくれなかった。だから寂しくて泣いてたの。高いところに居れば誰かが見つけてくれると思ってたから」

「そんな時に、夜見よみと俺がお前を見つけた、ってわけか」

「うん、だね。見上げてくれたんだよ、二人が」


 少し視線を上に向けながら。星座むすびは小さく微笑みを浮かべる。


「あれからは毎日あの公園で会って、いつからか朝見あみ流星すすみも一緒になり始めて。住む場所も学校も違う私たちがあんなに長い時間遊んでたなんて、奇跡みたいなものだし」

「確かにな。普通ならあり得ない。……夜見よみに感謝だよな」

「ほんとほんと。あの楽しかった時間をくれた夜見よみちゃんにはいつだって感謝してなきゃ。それで、また会えたら思い出話するんだ! 夜見よみちゃんのおかげでこんなに楽しかったんだよ! って!」

「嫉妬されるかもな」

「されちゃうくらいに、楽しかったって言うの!」


 そう言って笑う星座むすびの笑顔は、いつの日かに見た初めての日のそれに似ていた。いつまで経っても老けない童顔と子どもっぽい笑みが、俺たちを繋ぎとめてくれているんだよな、なんて実感させる。


「お、らい君帰ってるじゃん、お待たせ」

「ら、頼斗君お待たせしました!」

「あ、やっと来た!」


 聞こえた二人の声を迎える星座むすびは、俺の腕を引っ張って声のしたほうへと走り出した。

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