第十五章 初めての彼女と学園祭 二日目後半

初めての彼女と学校のステージ

 俺たちがステージ上がると、マイクを握った美登利がいた。


「さあ、昨日も学校を沸かせたお二人が所属するバンド、イツツアカリのご登場です! 今日は三曲披露していただけるようです! それでは一曲目、よろしくお願いします!」


 それだけ言って去って行った美登利を見送ってから、ステージ中央に置かれたマイクの前に玲奈さんが立った。


「どうもこんにちは! 私たちから午後の部だそうで、午後の部一発目、行かせてもらいます!」


 会場を見てみると、ちょうど昼食時だからか少しばかり人の入りが少ない気がした。と、そんな少ない会場だからか、よく目立つ三人組がいた。


「きゃーっ、頼斗さん頑張ってくださいーっ!」

「いい曲聞かせてくださーい!」

「こっち見てくださーいっ!」


 和沙、和香、亜里沙であった。

 そういえば、和沙を筆頭に俺たちのファンと言っていたか。ペンライトを振り回し、全力で応援してくれていた。周りの観客と若干距離が開く程に。


 俺は、ファンサービスの一環として手を振り返すことにした。


「「「きゃーっ!」」」

「オタクか」


 和香と亜里沙は和沙に付き合っているのかもしれないが、和沙はどうしたってそこまで俺たちにはまり込んでくれているのか。いや、俺たちをきっかけに音楽に興味を持ったとか言っていたし、おかしなことはないか。


「最初の曲は、『何回だってライジング』!」


 最初は肩慣らし。

 俺たちは流星りゅうせいのドラムにリズムを合わせて、勢いよく演奏を始める。


 星座むすびとステージで一緒に演奏するのは、久しぶりのことだった。元々は俺と星座むすびの二人でギターを担当していたし、懐かしささえ覚える。

 一人ギタリストが変わるだけで、そして何よりボーカルが変わるだけで俺たちの曲は衣替えをしたかのように一変する。


 星座むすびの底抜けに明るい歌声と比べた時、玲奈さんの歌声は些か華やかさが劣る代わりに繊細で綺麗だ。音程の一つ、リズムの一つも外すことはない。そんな丁寧な歌声に合わせるように、俺たちも一つ一つの音の流れと響きを細かく引き分けていく。

 

 一曲を通して引く中で、観客たちの体は大きく跳ね始めていく。和沙たちを中心に盛り上がって行く会場を前に、玲奈さんは全力で歌い上げた。


「一曲目、『何回だってライジング』、でした!」


 曲の余韻の中で玲奈さんが言うと、会場は大きく熱狂する。


 指の調子はいい感じ。一度のつまりも無く、練習通り弾けている。星座むすびもステージは久しぶりとは言え、練習を怠ってこなかったからか実力は全く落ちていないようだ。

 玲奈さんも、問題なく歌いきっていた。一曲通して直前の緊張が嘘かのように軽やかに歌い上げた。会場を熱狂させるには、十分すぎるパフォーマンスだった。


「それではテンポよく行っちゃいましょう! 二曲目、『彗星マジック雨あられ!』」


 引き出しと合わせて駆け出したメロディーに、すぐに玲奈さんの歌声が合流する。音に乗って流れる歌声は、段々と激しさを増して行く。


 練習中もそうだったが、玲奈さんの歌は伸び伸びとしていて、どちらかと言えば独唱向き。バックで生演奏を流すような場面に適しているとは、言い難かった。

 ただ、玲奈さんの頑張り屋度合いは尋常ではなかった。


 この数週間で、完璧に俺たちの音楽に合わせてきたのだ。

 そう、合わせて来た。俺たちが合わせたのではなく、玲奈さんが俺たちの演奏に合わせて来た。星座むすびと玲奈さんがギターを交代し、曲の雰囲気も若干変わった。それに見事に合わせて来た。

 声量やアクセント、伸ばしす箇所のなどの工夫の隅々までを、仕上げてきたのだ。


 歌唱力を純粋に図ったのなら、もしかしたら以前よりも下がっているのかもしれない。しかし、俺たちのようなバンドの奏でる音は和音。一つ一つの楽器、そしてボーカルの声が合わさって出来るもの。

 その特性を完全に理解した玲奈さんは、俺たちに合わせることで楽曲の完成度を高めていた。


「二曲目は『彗星マジック雨あられ』、でした!」


 どっ、と会場が盛り上がる。気付けば人は増え、会場は更なる熱気に包まれていた。閉ざされた体育館の中は、既に俺たちのリズムに揺れている。


「三曲目の前に、メンバーの紹介をしたいと思います! まずはギター、頼斗君と星座むすびです!」


 打ち合わせ通りのセリフを言って、玲奈さんがこちらに手を向けて来る。


「頼斗です。知っている人は知っているでしょうが、実は楽器弾いてます。今日は聞きに来てくれて、ありがとう。残りの曲も全力で駆け抜けます」


 手を上げながら言えば、会場からはまばらに歓声が上がる。やはり、綺麗どころばかりのバンドの中で俺は不人気なのかと僅かに落ち込んでいると、雑音をすべて掻き消すような声援が飛んできた。


「「「頼斗ーっ!」」」


 三色のペンライトが宙に波を描き、それと共鳴するようにステージの目の前から俺の名前を呼ぶのは、やはり和沙たちだった。


 ……こっぱずかしいな。


 頬が熱くなるのを自覚しながら手を振り返しておく。


「「「きゃーっ!」」」


 もちろん嬉しいのだが、何ともむず痒かった。

 あと、少しだけ朝見あみからの冷たい視線を感じた。

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