初めての彼女と歌の練習

「あ、マイクあったよ! ギターケースの中に仕舞ってあった」

「そりゃ見つからないわけだね。ほら、玲奈さんマイクも見つかったことだし、練習を始めるよ!」

「う、うん! 頑張ってみる!」


 マイクを使って歌うほどの実力はない、と思う。人前で歌うことは恥ずかしくて、ちょっと難しい。頼斗君とカラオケに行ったことこそあるものの、正直、自信なんて全くない。


「じゃあ玲奈、早速一曲歌ってみようか!」

「え、ちょっと待っ――」

「『輝けヨツビカリ!』、スタート!」


 星座むすびが流れるような動作でスマホの画面をタップすると、すぐに聞き慣れたイントロが流れ始める。

 もちろん曲は当然、歌詞も丸暗記している。音程だって、苦手なりに覚えたつもりだ。最低限、歌として成り立つくらいは……。


 そこまで考えて、私の緊張も不安も無視して第一声が始まってしまった。


 輝けヨツビカリと言えば、私たちイツツアカリの代表曲で、星座むすびたちネオンコスモスの代表曲でもある。本家、と言えばいいのだろうか。最初に使い始めたのは、頼斗君たちヨツアカリ。

 何かと、切っても離れないような縁があるのだ。私だって上手に歌えたらなって、そう思う。


 四月の初めの、ネオンコスモスとのコラボライブのアンコール曲。私たちがメロディーを刻む中、ネオンコスモスの皆は本当に楽しそうに歌っていた。体でリズムを刻んで、瞳を輝かせて、全力で楽しんでいた。

 そんな姿を見て、ああ、いいな、って確かに思ったし、何度だってステージを見上げた。輝けヨツビカリを歌い、踊るネオンコスモスの皆を何度も見て来た。


 そんな私なら、出来るのではないだろうか。歌を、踊りを、熱狂を届けることが。想いと好きの塊を、伝えられるのだろうか。

 サビに向かって盛り上がるリズムと歌詞の流れの中で、私の体は自然とリズムを刻んでいた。星座むすび流星すすみに見られる恥ずかしさが全くなかったわけじゃないけれど、やっぱり、この曲を聞いていると自然と体が跳ねてしまう。


 誰にも止められない、なんてそんな格好のいいセリフを口にする度胸は無いけれど、それでも。

 私が初めて好きになった曲なだけあって、やっぱり、いざ歌ってみると楽しくて仕方が無かった。

 残念なのは左手がまだギプスで覆われていて、首から下げているということだ。これさえなければもっと体を動かせたのに。


 若干のもどかしさを覚えつつも、私は一曲を歌い終えていた。


 マイクを下ろし、深呼吸。声出しの練習もしていなかったのもあって、ちょっと意気が上がってしまった。歌い慣れていない、というのもあるだろう。

 それでも一曲、楽しく歌い終えることが出来た。


 さあ、どんな批評を受けられるのかな、と二人の方を見てみれば、二人は目を見開いて私を見ていた。


「いや、いやいやいや、歌、上手いじゃん」

「やっぱり玲奈さんに弱点なんてなかったんだ……」


 二人は開口一番、そんな言葉を口にした。


「そ、そんなことないよ? その、遠慮しないで、正直に言ってね? 本番も本当に私が歌うなら、下手くそな歌で邪魔したくないし」

「いやその、ライブで皆の前で歌うとなったら、もうちょっと声張って貰わないと何だけど、純粋に歌、上手いって」

「うんうん、音程はしっかりとれてたし、リズム感も良かったと思うよ。後は抑揚とか、ライブ用の声作りかな。玲奈さんの歌は楽器の生演奏とは、ちょっと相性悪い気がするし」


 思いの外高評価で、ちょっと驚いてしまった。

 いや、思い返してみれば頼斗君にも上手だって言って貰ったことはあった。練習さえすれば、十分歌える、って。あの時はお世辞かもと思っていたけど、カラオケも点数は高かった、と思うし。


「よし! 正直、玲奈が自信なさげだったから道は長いかと思っていたけど、快速特急速攻の勢いで行けそうだよ! ちょっとの特訓で誰に聞かせても恥ずかしくない歌声になれるはず!」

「だね! 玲奈さん、そうと分かれば早速特訓、先ずは発声練習から行こうか!」

「うん! 二人とも、よろしくね!」


 よくよく考えてみれば、全く出来なかったギターだって皆のおかげで上手になれたのだ。歌うのだって、二人がしっかり特訓してくれるみたいだし、心配はいらないのかもしれない。

 そうと分かれば不安も薄れると言うものだ。


 それからと言うもの、私たちは週末になる度に頼斗君か星座むすびの所のスタジオで歌練習に励んだ。着々と自信が付いたし、実力も、たぶん付いて行っていた。

 お風呂に入りながら歌うようになったし、自然と口ずさむことも増えて行った。


 頼斗君も、歌が上手くなったと褒めてくれた。

  

 もちろん、皆の演奏と合わせる練習だって何度もした。録音して自分の声を聴いてみると、少し恥ずかしかったけど、それでも確かに、ネオンコスモスの皆に少しは近づけているような気がして、嬉しかった。

 そして駆け抜ける数週間、私たちはライブ当日を迎えることになった。今日という日まで何度も練習し、励まし合って、今日まで来た。絶対に成功させるぞって意気込みで、ずっと頑張って来たんだ!


『それでは、イツツアカリの皆さんです、よろしくお願いします!』

 

 ステージの上からマイク越しのアナウンスが入って、私たちはステージに登った。

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