通学路

 カレカノの常識。

 彼女の手は自然な動作で握る事。周りからも相手からも違和感を抱かせないように。いつの間にか握っていて知らないうちに安心させられるような優しさで握る事。 

 そんな決まり事を果たすための訓練はあいつが嫌と言うほどさせてくれた。懸念点としてはその練習はもう半年以上してないしあいつと玲奈さんとでは手の大きさが違うということくらいか。


 それでも俺には抜かりはなかった。手持無沙汰になっていた彼女の左手に自然な動作で右手を重ねた。恋人繋ぎはデートの時だけにすることとも厳命されているのでただ握るだけだ。


「っ!? ら、頼斗君!?」

「どうした? 玲奈」

「い、いやその、手、手!」

「手? 痛かったか? あんまり強くは握ってないはずだけど……」


 むしろ、触れるか触れないかのギリギリ程で当たっている感覚があるくらいだと思うのだが。


「そ、そうじゃなくて!?」


 玲奈の顔を見てみれば今にも泣きだしそうなほどに頬を真っ赤に染めていた。


「そうじゃなくて?」

「だって、こ、ここ通学路だし! 手、繋ぐとかその!」

「い、嫌だったのか? 手を繋いで登校するのを嫌がる彼女なんていないって聞いてたから……」


 ……何だろう。そろそろあいつの言葉を信用しないほうが良い気がして来た。

 彼女の意思を酌んで手を離そうとしたとき、玲奈に強く握り返された。


「嫌、じゃない、けど! いきなりはその、心の準備が……出来てないから! やめて欲しい、って言うかぁ」


 どんどんと語尾の小さくなる声と熱を帯びて赤くなっていく頬を見て。

 俺はやっと彼女が恥ずかしがっているのだということを理解した。そりゃそうか。あいつですら登校中に恋人繋ぎは恥ずかしいと言っていた。人によって尺度が違うのであろうが手を繋ぐこと自体が恥ずかしいと言う人も当然いるだろう。


 目を逸らして俯いてしまった彼女の手をほんの少し、強く握り返す。


「えっ?」


 恥ずかしいってことは分かったしそれが嫌と言う感情に繋がることもあるはずだ。それでも人は恥ずかしいや嫌に負けたら前進できないし前進できないとそこにあるかもしれない楽しいことや嬉しいことを逃してしまう。

 そのことだけは俺が自分で見つけたことだ。これだけは信じても大丈夫なはずだ。


「なら、ゆっくりでいいから慣れてくれると嬉しい。一緒に登校することも、手を繋ぐことも。きっといつか玲奈にとっても幸せだって思えることになると思うから」


 あいつの言葉のすべてを信用することはもうやめたほうが良さそうだけど手を繋いでいる間のあいつの笑顔は本物のだった。俺には終始良く分からなかったが手を繋ぐって行為には特別な何かがあるんだと思う。


「それでどうかな」

「……う、うん……よろしくお願いします」

「良かった。じゃあ、行こうか。遅刻しちゃうしな」

「うん……行こ」


 玲奈はまだ恥ずかしいのか目を合わせてくれることはない。俯いたまま赤く染まった頬を隠すように上を向いてくれはしない。それでも頷いてくれた。今回は間違わずに済んだようだ。

 

 強く握り返されていた彼女の手がほんの少し緩んで撫でるように居場所を探す。しばらくして再びぎゅっと掴んできた。でもそれは痛みを感じさせるようなものじゃない。優しさと温かさが伝わってくる感触だ。

 それを受け止めながら俺は学校に向かって一歩を踏み出す。俺の行いの数々のせいで彼女が遅刻したら本末転倒だからな。


「ね、ねえ、頼斗君」

「ん? どうかしたか?」

「その、なんかいいね。こういうの。憧れてたかも」


 玲奈が俯けていた顔を上げて嬉しそうに笑ってくれていた。その輝かんばかりの笑顔を見ていると俺も嬉しくなる。自然と笑みが零れてくる。心の底から笑ってくれてるような気がしてむず痒い。


 俺が言うことじゃないけど玲奈はきっと俺と、こういうの、をしたくて告白してくれたのだ。今までの流れを考えるにまだまだ失敗しそうではあるが……出来る限り、こういうの、をしてあげられるように頑張ろう。


 そう思わせてくれた。


「そうか、良かった。俺も嬉しいぞ。玲奈みたいな可愛い子と、こうやって手を繋いで歩いていられるのは」


 カレカノの常識。

 隙あらば彼女を褒めるべし。女の子は可愛いと言われるとより一層可愛くなる生き物らしい。そして女の子は可愛くありたい生き物でもある。だから暇さえあれば可愛いと言うべきらしい。


「っ~!?」


 玲奈は再び顔を真っ赤にした。それこそ一瞬でゆでだこの様に真っ赤になったその顔を隠すように目を逸らしてしまった。


「あ、ありがとう……」


 何かを堪えるように肩を震わせながら小さな声で礼を言われた。

 ……嫌がっているようには見えないけどまた何か間違ったかな。

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