朝が来ない夜はない

「じゃあ、そろそろ私たちは帰るね! 朝見あみ、また一緒に遊ぼうね!」

「らい兄もまたね!」

「おう」

「またね」


 ひとしきり叫び終えた後で、用事があるらしい美空姉妹は帰って行った。


「はぁ……休みたくなったから帰って来たのに、反って騒がしくなった気がする」

「こういう騒がしさを求めて帰って来たんだろ。これが朝見あみの家で、俺たちのいつもの姿だ。……お帰り」

「ただいま」


 玄関先で見送って、そんな会話を一つ。

 小さく笑った朝見あみに微笑みを返して腕を腰へやる。


「俺もそろそろ帰ろうかと思うけど」

「けど、何よ」

「いや、残ってて欲しいって言うならもう少しいてやる余裕はある、って話だ」

「余計なお世話よ病人。さっさと帰って寝ときなさい」

「そうするよ」


 そう言って帰ろうとして、不意に思い出す。


「あ、そう言えば朝見あみ、聞きたいことがあったんだった」

「どうかしたの?」

「どうして俺があの病院にいるって知ってたんだ?」


 俺があの病院にいることを誰かに言った覚えはなかった。玲奈さんはどういうわけか第一発見者らしくて付き添ってくれてたからいるのは自然として、朝見あみが居たのは偶然だったとは思えないのだが。


「えっ……あいや、それは」

「おい、目を逸らすな何をした」

「何も、シテナイヨ?」

「片言じゃねぇか」


 誤魔化すように目線を逸らしながら言う朝見あみに、何やらかしたんだと不安になってくる。


「まあ、本当に大したことはしてないんだけど……双葉お姉さんのお母さん、入院してるの知ってた?」

「え、初耳」

「実はそのお見舞いに行った双葉さんがらい君が寝てるのを見つけたらしくて」

「何たる偶然」


 双葉さんのお母さん、顔は合わせたことないけど知らない人と言える相手でもない。心配する部分もあるけど、俺に何かしてあげられることもない、よな。


「で、寝顔と一緒に病院名が送信されてきたの」

「あの野郎後で文句言ってやる」


 病人の寝顔を盗み撮るとは何事だ。


「と言うか、保存してないだろうな?」

「するわけないじゃない」


 朝見あみは思いっきり目を泳がせていた。


「……今白状したら俺の秘蔵、朝見あみの寝顔集を星座むすびたちに送らないでおいてやる」

「はっ!? ちょ、あんたこそ何してるのよ! 秘蔵って何よ秘蔵って! 寝顔集って何よ早く消しなさい!」


 顔を真っ赤にして掴みかかって来た朝見あみが俺のスマホを掴むが、俺には余裕がある。


「馬鹿め、既に家のパソコンに保存済みだ」

「本当に何やってるの!?」

「補足しておくが、提供者は夜見よみだ。面白がって送られてきた秘蔵、朝見あみの寝顔集を面白がった俺が保存しただけ」

「あの子、本当に何やってるの!?」


 俺に人の寝顔を盗み撮る趣味はないし、ふざけて撮ったとしてもその場で本人に伝えるだろうな。そのことをよく理解しているらしい朝見あみも怒りの矛先をどこに向けて良いのかわからなくなったのか頭を抱えている。


「まあ、ここはお互い痛み分けにしようじゃないか。一緒に消そう」

「……そうしましょう」

「ちょっと待て、お前なんでそんなに苦渋の決断みたいな反応してるんだ。そんなに俺の寝顔が見たかったのか?」

「ち、違うわよ! そんなわけないでしょ!? 脅し材料よ、脅し材料!」

「そっちの方が質が悪いわ!」


 油断も隙もねぇ。


「……そうだ、私からも一つ聞いて良い?」


 朝見あみはスマホを操作して、俺に画像を削除するところを見せながら言ってくる。と言うか本当に撮ってやがったのか双葉さん。しかもそこそこちゃんと撮ってるのが憎たらしい。


「新しい彼女さん、玲奈さん、って言ったっけ?」

「ああ、そうだぞ」

「彼女に私たちの約束の事、伝えたの?」

「……まだだ」

「そっか」


 思わず言い淀んだ俺の答えに、朝見あみはスマホをポケットにしまいながら素っ気なく答える。そして視線を合わせることないまま、空を見上げて言ってくる。


「でもそんなものよね。そんなすぐに言えるわけないし、付き合う時の前提条件として提示したら、一生彼女なんてできなそうだし。伝えるつもりは、あるのよね」

「伝えないわけにはいかない。彼女、玲奈さんを大切にすることは重要なことだ。俺の我が儘に付き合わせて彼女の意思を無碍にしたり、優しさを蔑ろにすることは出来ない。だけど、それと同じくらいあの約束は俺たちにとって大切なものだ」

「……難しいわね、あんただけ特に。私たちが与えられた課題、結んだ約束も大概だと思うけど」

「だな」


 それでも、やり遂げなければいけないことだ。


「そのことについても、相談したい時が来るかもしれない。その時は、よろしく頼むぞ」

「うん、当然よ。その代わりに私の、私たちの相談にも乗って貰うから」

「お手柔らかにな。でも、出来るだけのことをするよ」


 思い出す。

 朝見あみは約束を忘れたんじゃないかと思ってしまったあの日、朝見あみがいなくなった日のことを。でも、こうして語らい合っていれば分かる。朝見あみは約束を忘れてたんじゃない。

 ちょっとだけ道が見えなくなって、迷子になってただけだった。その道のりが分からなくても、ゴールだけは見えていたんだ。


「お互い、頑張ろうな」

「うん。あの頃みたいに」

「あの頃みたいに」


 合言葉のように掛け合った言葉は、自然と二人の笑顔を引き出して。


 俺たちの背後で今日も夜がやってくる。

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