初めての娯楽施設

 朝見あみと仲直りを果たしたその週。病み上がりの俺は過度な運動を避けながら一週間を過ごした。

 一応玲奈さんにモーニングコールや登校時、昼休み、下校時などについての相談をしたのだが、恥ずかしいからしばらく遠慮したい、とのご返事をいただいてしまった。


 そのため特に進展がないまま終わった週のその土曜日、俺は再び玲奈さんからお誘いを受けた。


『頼斗君もう体は大丈夫? よかったら一緒に、アミューズメント施設? に行かない? 軽い運動も出来るから、リハビリにもなると思うの』


 アミューズメント施設。多種多様な娯楽が混在する、暇を持て余した学生にとってありがたい存在だ。まあ、個人差はあると思うが。

 この近くにあるアミューズメント施設と言えば、ボーリングやローラースケート、キックベースの的当てやらなにやら軽い運動を幅広く楽しむことができ、地元学生にとってはいいストレス解消の場として人気のスポットだ。


 と、誰かが口コミしているのを読んだことがある。俺はこっちに引っ越してきて日が浅く、且つこの半年間友人を作った覚えもないので足を運んだことはない。

 楽しみにしてる、と返信をすると可愛らしいスタンプが返って来た。何かのアニメのキャラクターか何かだろうか。見たことはないが、嬉しそうに笑っているのが良く分かる。


 ただ、スタンプを送られる経験があまりになさすぎる俺はどう返していいものか分からず、結局既読だけつけてその日は眠り、翌日精一杯遊ぶために英気を養うことにした。


 さて、翌朝俺は添付されていた地図のスクリーンショットに従ってアミューズメント施設にやって来た。


「あ、頼斗君!」


 集合時刻五分前に辿り着いていた俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。集合時間十一時ジャスト。玲奈さんの声だった。


「こんにちは!」

「うん、こんにちは。……ねえ、早速だけど一つ聞いて良い?」

「え? どうかした?」


 今日の玲奈さんはくるぶしまで伸びたスカートに袖の足りないトップス、薄手のカーディガンを羽織った大人っぽくて、少し背伸びしたようには見えるが派手過ぎない服装。

 つまりは先週出掛けた時に購入した服を着ていた。運動しに来たはずなのに。


「……着替えとか、持ってきてる?」

「着替え? ううん、持ってきてないよ。あれ? もしかしてここってそんなに汗かいちゃうの? だったらタオルとかも必要だったかな」

「いや、それ以前にその格好じゃ運動しずらいでしょ、スカート長すぎて」

「え? ……確かにそうかも」


 どうやら気付いてなかったらしい。


「うう……せっかく選んでもらったから着て来たんだけど、失敗した~」

「ま、まあまあ、そんなに落ち込まないで。施設によっては服の貸し出しとかもあるかもしれないし、最悪、ここも駅から近いから、一時間もあれば買いに行けるよ」

「う、うん、そうだね」


 少し落ち込み気味に肩を落とす玲奈さんは、切り替えるように頬を叩いて笑顔を浮かべた。


「そ、それじゃあ、調べて来たんだけどここにはカラオケもあるんだって! まず、一緒に行ってみない?」

「カラオケ? いいね」

「やった! 行こっ!」


 嬉しそうにガッツポーズを浮かべた玲奈さんは、勢いよくアミューズメント施設の自動ドアをくぐった。

 そして、五分後。


「迷った」

「ああ、やっぱり」


 途中から見覚えのある道を通ってるな、とは思っていたのだ。視線をあっちそっちと動かしながらあたふたしていたし、もしかして、とは思っていたが案の定だった。


「あぁ、踏んだり蹴ったりだ……」

「ど、ドンマイ玲奈さん。とりあえず入り口に戻ろうか。たぶん、案内図とかあるんじゃないかな」

「……入口ってどこ?」

「え、えっとこっちだと思うよ」


 涙目になりながら聞いてくる玲奈さんにこちらまであたふたしながら、方向感覚を頼りに進んだ。三十秒もしないうちに入り口に戻って来た。


「よかっだあぁ! もう一生返れないかと思っだよおぉ!」

「いや、大げさだからね?」


 本気で泣いてるんじゃないかと思うくらいに声を上擦らせながら言う玲奈さんを横目で見ながら、案内図を探す。


「あ、あった。玲奈さん、こっちだよ」

「う、うん」


 ハンカチで目元を拭いながら歩いて来た玲奈さんの分半歩下がり、案内図を二人で見る。


「えっと、ここが現在地だから……ここを右に行った所にあるエレベーターで二階に行って、そこから右手の奥に行ったところにカラオケスペースはあるみたい」

「な、なるほど……」

「じゃあ、行こうか」

「うん」


 今度は迷わないように、と思って先陣を切ってルートを辿る。ちゃんとついて来られているかと確認しようとして視線だけ振り向くと、玲奈さんは小さく肩を落として縮こまってしまっていた。

 肩にかけた鞄の紐を強く握って、心細そうだった。


 こういう時、手を繋いで元気づけてあげるのが彼氏の使命、なんだと思う。だけど一度嫌だと言われた以上、何度も無理に手を繋ぐのも、違うと思う。

 どうしていいか分からずに、結局エレベーターの前まで辿り着いてしまった。


「あ、来たよ。乗ろうか」

「はい……」


 僅かに、返し方に距離を感じた。でも俺には、その距離を詰める方法が分からない。かける言葉も思いつかず、密室で二人きり、無言が続く。

 エレベーターが動き出しても続いた無言は結局、目的に辿り着くまで引きずってしまった。

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