第8話 絡まれるのはテンプレだけどテンプレ通りにいかないクソメイド
「お腹いっぱい……お前どれだけ食うんだ」
「えー、しょっぱい物は別腹ですし、甘いものは別腹ですし、繰り返せば無限に食えますよ」
「なんだその破綻した理論は」
「食える時に食っておかないと何が起きるか分かりませんからね」
目が……怖い。
どうやらセレスはお金や食べ物関係になると、目をギラギラするらしい。まあ、この世界は普通にスラム街だとか奴隷が存在しているようだし、生きることそのものが難しい場合がある。セレスがそうなるのも仕方ないだろう。
少なくとも前世、今世含めて恵まれた環境にある俺が何か言えたことではない。
「……というかこんな路地裏に美味い店があるとはな。どこで知ったんだ。客もあまりいないようだが」
最後にセレスと行ったのは、甘味を売っている喫茶店のようなものだった。
だが、その場所が問題で、比較的スラム街に近い路地裏にあったのだ。甘味がとてつもなく美味かっただけにどうやってセレスが知ったのかが気になる。
「あー、この前メイド長からお金に余裕が出たら行ってみなさい、って言われて教わったんですよね。……まあ、絶対一人で行くなとは言われましたが!!!」
「だろうな。こんな治安の悪い場所に一人で行くなど正気の沙汰じゃない…………待て、お前俺をだしに使ったな?」
「……てへ☆」
あからさまに目を逸らしたセレスをじっとりとした目で見つめていると、観念したように拳で自分の頭をコツンと叩いて戯けた。
「お前な……」
──しかも面倒事来るんかい。
明らかに背後から俺たちを付け狙う気配を感じた。こんな路地裏で道を聞くことはないだろうし、どう考えても穏やかじゃないだろう。
「……セレス、付けられてる」
「狙いは私ですね……!!」
「どこにそんな自信湧いてくるんだ」
「だってゼノン樣お披露目してないし貴族バレもなくないですか?」
「いや、お前メイド服だから位の高い付き人であることはバレるだろう」
「いや、私の美貌に首ったけになった人の犯行に違いありませんよ。ふふ、全く困りましたねぇ」
なんだこいつ。
小声&早口で会話を交わした俺は、セレスに胡乱げな目を向ける。最早怖いの領域にあるわ!
……さて、路地裏出る前に何か行動を起こされるな。
先手を打たせて貰おう。
「何の用だ、貴様」
「!?」
後ろを向いてそう言うと、驚愕した気配を感じた。
すると、物陰から男が出てくる。
野盗同然の見すぼらしい身なりだが、ある程度体を鍛えていることが服の上から分かる。単なるスラム街の住民ではない。
「……お前、貴族か商家の坊っちゃんだろ。お前を人質にしてたんまり金をむしり取らせてもらう」
「なるほどな。俺が何者か分かっているのか?」
「身なりの良いメイド。遠目からでも高品質な布を使っているメイド服。お前もお前で明らかにただの庶民が買えない上等な服を纏っているだろう。こんな奴は余程見栄を張りたい馬鹿か金持ちの坊っちゃんに決まってる」
こいつ頭良いな。
というかやはりセレス経由から分かるもんなんだな……。
「見栄を張りたい馬鹿かもしれないぞ?」
「そうならそうで身ぐるみ剥ぐだけだ」
「随分と潔いな」
「そうでもないと食っていけないんでね」
俺は臨戦態勢を取り、男もまたナイフを構える。
──あわや一触即発……という時に隣りにいたセレスがふいに怒気を発して叫ぶ。
「──ちょーっとぉ!! どうして私目的じゃないんですかぁ!!」
「セレス?」
「こんな見目のいいメイドいませんよ!! 普通路地裏で犯罪起こすなら女関係じゃないですか!! 一体どういうつもりなんですか!!」
「何だコイツ」
俺も言いたい。
何してんだこのクソメイド。
「……金目当てならメイドを攫うより人質要求した方が実入りは良いし、奴隷商に売るのも足がつく。メイドをどうこうするのは非効率なんだよ」
「犯罪者に理に適った犯罪論を説かれた……!!! ならせめて私がゼノン樣を庇って斬られます……!!」
「なんで人質交渉するのに相手方の持ち物たるメイドを傷つけるんだよ。それこそ交渉にすらならないだろ。お前気持ち悪いな。帰れよ」
「はぁぁーーー???」
めちゃくちゃボロくそ言われてんじゃん。
何この状況。
俺はセレスと野盗のレスバを聞きながら宇宙猫状態に陥っていた。あとは野盗が普通に賢くて、こちらを本気で狙っていることも伺い知れた。
恐らく帰れ、などと言っているが、実際は人質交渉の際のメッセンジャーにするため生かすのだろう。でなければ殺して証拠隠滅をする。
そしてセレスだが──実は先程から逃げろ、と言っているような目配せをしてきている。こうして時間稼ぎをすることで俺が逃げる隙を稼ぐつもりなのだろうが……多分言ってることは本心だな、これ。
どのみち逃げるつもりもない。
逃げることに成功すればセレスは殺される。生憎と俺のために死ぬ必要性なんぞゼロだ。
「セレス」
「ゼノン樣……」
俺はセレスを制して前に出る。
野盗の眉が一瞬上がり、完全に戦闘態勢を取った。油断はない。場数を踏んでいるな。
「──悪いがナイフを振らせるだけの時間は作らせん」
俺は即座に魔法陣を描き、魔力を込める。
その瞬間、野盗は俺が魔法使いであることを悟って駆け出すが、もう遅い。
「【構築】【旋回】」
俺は物を作り出す魔法で、球形の金属を生み出す。
それを左手に出した魔法【旋回】によって高速回転させる。
「──【射出】」
「……ガッッ……!」
言葉通り射出された金属弾は、空気を穿つパンッ、という音を発して一直線に男の右胸を貫通した。
この時点で俺と男の距離は数メートル。無理をすれば男の刃が届く可能性がある。
俺は既存の風魔法【エアロブラスト】で男を吹き飛ばし、無理やりに距離を取る。
この時セレスのメイド服のスカートが風で跳ね上がって「きゃぁ!」とか言ってたけど割愛する。
戦闘中にパンツ見て喜べる余裕があるわけないだろバカ。
「無理か。肺を貫通した。直に動けなくなる」
立ち上がった男は、右胸からドクドク血を垂らしながら冷静に言う。俺はその男の様子に面を食らった。
「随分と冷静だな」
「命あっての金だが、この犯罪の都合上、命をかける必要がある。死に際くらい昔から予想している」
俺は男の顔をまじまじと見た。
男は意外にも若く、目はどんよりと曇っている。凄絶な人生を送ってきたことは、表情からも言葉からも理解できた。
「お前、剣はできるか?」
「……?」
「剣はできるか、と聞いている」
「……あぁ、元は騎士だ。ナイフより剣の方が得意だろうな」
俺は徐ろに魔法陣を描く。
発動した魔法は金色に輝いていて、光は真っ直ぐに男の右胸に吸い込まれていった。
「治してやった。俺の剣術指南をしないか?」
その言葉に男は酷く顔を歪めて、
「それは同情か? 俺は同情で人の死を無為に永らえさせる人間が嫌いだ」
と言い放つ。
同情……同情か。
「同情ではない」
「なに?」
「が、損得勘定などと綺麗事を口にすることもできない」
「──」
……こればっかりは難しいな。
言葉に窮すると、どうも原作ゼノンくんのようなイタい口調になってしまう。ま、口下手なのは前世からか。
「……お前、俺のために死ねるか?」
「……? 嫌だ。死ぬなら自分のために死ぬ」
「そういうところが気に入ったんだよ」
「分からない。大概お前も気持ち悪いな」
……ダメだな。
殺すべきなのは理解している。男は野盗だ。俺は襲われ、犯行は未遂に終わったが決して許されることではない。
ラノベ主人公のように、気に入った、こいつは生かす! あぁ、単純で良い。だけど、それだけじゃない。
厨二病のように言うのであれば、こいつはここで死ぬべき男じゃないと囁いている。
何の根拠もないさ。
傍から見てたら確かに気持ち悪い。
……あぁぁ!! 俺が何を言っても心に響かない。
そんな気がする。
俺が内心頭を抱えていると、これまで沈黙を貫いてきたアホの子、ことセレスがふいに口を開いた。
「良いんじゃないですか?」
「?」
「襲ったけど返り討ちにした。治した。許した。その上でゼノン樣はこの野盗さんを雇いたい。それで、野盗さんはお金欲しさの犯行。人質交渉のためのブローカーがいるにしても、発言から恐らく単独犯。野盗からお貴族の家庭教師にジョブチェンジですよ? 理屈抜きにして損得、効率で考えたらどうですか?」
まあ、私だったらこんな得体のしれない男を雇いませんけどねー、と毒を吐いてからセレスは黙った。
俺と男は目を点にして同時に呟く。
「「お前……賢かったのか」」
「どういう意味ですかこんちくしょぉーー!!!」
ぷんすか怒るセレスを無視して、男は俺に言う。
「正直お前の考えは分からない。気持ち悪いとも思う。だが、メイドの言うことも一理ある。どのみち俺は死ぬか剣術指南をするかの二択だ。俺が逃げたら、お前は俺を殺すはずだからな」
「あぁ、さすがに野放しにはできない」
逃げると言うなら……俺は殺せる。
いや、殺さなくてはならない。捕えて警吏に突き出そうと、行き着く先は死でしかない。それに、貴族の子息が野盗を返り討ちにして殺した。このことにも意味はある。
だが……俺はできれば血生臭い世界に生きたくない。そう思ってしまうのは甘いのだろうか。
「……世話になる」
「あぁ」
「殺さなかったことを……後悔するなよ」
「そのセリフが飛び出すなら俺は確実に後悔しない」
なんだこいつ、上から目線じゃん、と思うに違いない。
が、男なりの不器用な忠告であることは理解できた。……にしても言葉の選び方が悪いし、俺なら見たら微妙にイタいがな。
「──ぷはっ。シリアスは嫌いですねぇ」
「色々台無しだよ、クソメイド」
口 の 悪 い 野 盗 が 仲 間 に な っ た。
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長くてすみませぬ。
主人公チョコラテのように甘いですねぇ……
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