第40話 脳筋剣士
非常にマズイ展開だ。
万全の状態であるならまだしも、俺はすでにかなりの魔力を消費している。魔力は有限。
それすなわち、広範囲に及ぶ魔法は使えない。
できるだけ魔力量の消費を抑え、肉弾戦という相手の土俵に入らずに勝負をする。
「──へぇ、ボクの攻撃をこんなに躱すなんてね。身のこなしが上手いわけでもないし、速いわけでもない。ん〜、視力の強化かな? それだけで良く動けるね!」
……種は看破されている。
一切魔法を使っている気配すらないのに、すらすらとこちらのカードを言い当ててくる。
だが看破しているという点では同じことだ。
「よく言う。魔力のみでの身体強化とは、随分荒業だな」
すると、リュエルは目をまんまるに見開いてニヤリと笑う。
「分かるんだ。ま、ボクは魔法が使えないんだ。だから持ち前の魔力のみの運用で体中の隅々まで強化する、ってことさ!」
「もうそれは十分に魔法の領域にあるがな」
──一歩、踏み込んでくる。
それだけでリュエルの足元の地面は爆発でもあったかのように抉れ、次の瞬間には目の前に現れてくる。
余りにも速い……! 油断していると即座にクビチョンパだろう。だがギリギリ見える。
見えるなら──躱せる。
俺は仰け反った姿勢のまま右手で魔法を放つ。
「【電撃】」
放った魔法はリュエルに当たる──はずだった。
「なんだそれは……ッ!」
「二段ジャンプって夢があるよねっ!」
浮いた姿勢で俺の魔法は必中だったはずだ。
しかし、リュエルはまるで宙に足場があるかのように、もう一度踏み込み、バク宙して俺の背後に移動し、剣を振る。
姿勢を崩しながらも俺は何とかその一撃を避けると、距離を取って睨み合う。
……二択。
・瞬間的に脚力を強化した。
・魔力を押し固め、空中に足場を作った。
どちらも現実的ではないが、奴の強さならばやってのけてしまうのかもしれない怖さがある。
魔法が使えないという奴の言葉は魔力を視認できる俺の主観で、嘘じゃない。
先程の攻防は焦っていたため、瞳への魔力強化が遅れてしまった。そのため魔力の動きは視認できていないのだ。
だが種が割れたところで対策ができるかと問われればノー。二段ジャンプという相手の行動を念頭に置いて動く他ないだろう。
「ひゅ~、やるねぇ。攻撃が当てづらい! 動ける魔法使いってこんなに厄介だったんだ。下手に剣で対抗してこようとしないのが小狡いよね!」
「……お前の土俵で戦えば負けるのは俺だろう。これは、どれだけ自分の得意を相手に押し付けることができるか。それが鍵を握っている」
口笛を吹きつつ、リュエルは笑いながら刀を鞘に納める。何のつもりかと訝しげに思った瞬間、嫌な予感がした俺は咄嗟に半歩横にズレた。
「──【瞬撃】」
「ぐっ、あ……」
灼熱のような痛みが体に走る。
何が起こったか分からないまま、俺は肩から腹にかけて血を噴き出していた。とはいえ、浅い。
咄嗟に体を動かしたことが良かったらしい。
「あれ? 左腕吹き飛ばすつもりだったんだけどなぁ。よく躱せるね。今の絶対当て勘でしょ!」
「勘でも死なねば良い」
「それは確かに」
ケラケラ笑うリュエルに対して、俺は焦っていた。
リュエルの先の一撃。動きからして恐らく抜刀術。
視認すら不可能な不可視の一撃は、間違いなくまともに食らっていれば戦闘不能状態になっていた。
「もう【瞬撃】は使わせて貰えないね。あれを初見対応できた人初めてかも」
「抜刀した瞬間、魔法を放つ。……隠しておいた技はそれだけか? ならば随分簡単に倒せそうだ」
「……強がりも程々にしなよ。君はボクに勝てないんだから」
「ほざけ脳筋剣士」
開戦の合図は為された。
魔法を放ち、俺はリュエルの必死の攻撃を躱していく。余裕が生まれてきた。
リュエルは速い。
速すぎるが故に、直線的な動きが多かった。
刀の腕前はあるが、速さに技術が乗り切っていない。
言うなれば、振り回されている状況下にあるだろう。
……これならば勝利も多少は見えてくる。
「はははっ!! 防戦一方なんじゃない!?」
──肝心の魔法を放つ隙がない……!!
避けることに精一杯なのは事実だ。なればこそ、状況の打破は、隙を作ることにある。
生半可な魔法は避けられる。かと言って、強力な魔法は前提として隙がないため放てない。
笑いながら剣を振るリュエルの表情には余裕と慢心が浮かんでいる。……ムカつくな。こんなオスガキにしてやられるのは酷く腹立たしい。
「【粘液】」
「ハァ!? ナニコレ!?」
俺はリュエルの攻撃を避けた瞬間、粘性を纏った液体を放出した。
リュエルは避けようとするが、広範囲に及ぶがために躱しきれずまともに粘液を被った。
……黒髪オカッパの少年が粘液まみれとは些か犯罪臭がするが、非常事態につき許して欲しい。
「っち、滑る……!!」
「────」
地面の粘液を踏んで姿勢を崩すリュエルに、俺はすかさず魔法を放つたまに魔力を集約させる。
──が、その動きがフェイクであることは見抜いた。
リュエルの狙いは、姿勢を崩し油断する俺を狙う二段ジャンプでの一撃。
知った上で俺は、同じように敢えて隙を相手に見せる。
「【電】──残念」
「なっ!?」
それもブラフだ。
手のひらを向けた刹那、俺は動きを読んで体をずらす。
突っ込んできたリュエルに向かって、本命の魔法を放った。
「───【雷撃】」
「粘液とかズルいよおおおおおおおおお!!!!!!」
──雷光が迫る。
躱しきれないことを悟って、リュエルはそんな言葉を残して雷に焼かれた。
「誇りを賭けた決闘でもあるまい。ズルは戦いにおける常套手段だ」
倒れ伏すリュエルに言った俺は、魔力切れの気持ち悪い吐き気を堪えつつ足を動かす。
すでに倒れそうではあるが、アノイとヴィヴィーの元へと辿り着くまで油断はできない。
ここはすでに戦場と化しているのだから。
「……まずい、な……意識が……」
森を歩いて数分。
俺は遂に限界を迎え、木にもたれながら意識を失った。
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不意打ち粘液上等!
前話でゼロと同等の強さだと論じたゼノンですが、結果として【速さだけ】ならばゼロと同等、という結論になりました。
直線的な動きしかできない剣士なんてダメですよね!
※なお、技術を身に着けたら剣士最強な模様。
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