第2話 原作再現頑張る

「落ち着け落ち着け。まだ夢の可能性が高い」


 と信じて、自分の頬をつねったり、わざと机の角に小指をぶけたりしたが、普通に痛いだけで夢から覚めることはできなかった。

 痛覚は完全にある。あまりにも見えるもの感じるものがリアルすぎて夢とは到底思えなかった。だが、憑依なんて非科学的なことを信じたくない思いが先行していて、どうしようと頭を思い悩ませること数分。

 高速で回していた思考は、ノックの音で掻き消された。


 コンコンコン。


「ひぅっ!」

「入るよ……って、どうしたの?」


 怪訝な表情で俺を見る男は、茶髪で俺、というかゼノンに似ている。

 どこか見たことある……あ、そうか。兄だ。

 アニメで一話にだけ登場した良心の一人、ガノン・レスティナータ。

 クズしかいないこのアニメにおいて、数少ない性格の良い人物で、ゼノンの兄。そしてこのレスティナータ公爵家の長男である。

 性格も戦闘、内政含めた能力はどれを取っても優秀で、ゼノンはそんな兄に対して劣等感を持っていた……はずだ。

 そのためいつも突っ慳貪に接していたらしいと公式ブックに書いてあった気がする。


 全部曖昧じゃねぇか。


 しかしピンチだ。

 今怪しまれるのは、これからの行動を阻害する原因になってしまう。

 えーと、ゼノンの口調と兄への接し方は……



「……何か用ですか。入室の返事も聞かず開けるのは、幾ら兄弟と言っても礼節を弁えるべきでは?」


 冷たい表情と素っ気ない声音を意識する。

 

「……ははっ、ごめんね。明日、僕は学園に入学するからさ。挨拶をと思ってね」

「そうですか」

「……うん。ゼノンも三年後に入学でしょ? もしよければ入学式に──」

「──結構です。学園の入学式に父母はともかく兄弟までは参列しないでしょう。そこらの平民とは違うのですから」

「そうだね、ごめん。じゃあ、僕は行くよ」


 悲しげな表情でガノンは去っていった。


 ガチャン、と完全に閉まった扉を見つめて、俺は大きなため息を吐く。



「なんだよ、感じ悪いな俺。てか、まんま過去編のやり取りじゃん……あれを踏襲するだけだから楽だったけど……心が痛いわぁ」


 ずるずると部屋の壁を背もたれに姿勢を低くしていき、俺は紛れもなくここが現実である認識をした。

 あまりにも人の表情も何もかもリアルで、ここを夢だと断定するより現実だ、と考えた上での行動の方が利があると判断した。


「助かったぜ敬愛する兄よ。お陰で原作における時系列が分かった。始まりは三年後の入学式か」


 そこでゼノンは、主人公という存在を認識しストーカーを始める。因縁の付け方が目が合った、と同レベルだもん、恥ずかしい奴だなぁ。

 

「とりあえず身の振り方だ。原作を踏襲する気はミジンコも無い。問題は現段階での俺の存在かミジンコ以下だってこと」


 兄の接し方なんてまだマシな方だ。

 見せかけとはいえ、兄には礼儀正しくしなければならない。だが、平民に対しての扱いが死ぬほど酷い。

 まだ行動に移していないだけマシだが、罵倒は当たり前。お付きのメイドにすら横暴な振る舞いをする始末。

 

 そのメイドはゼノンとそう歳は変わらず、今も担当しているが、全く気にせず笑いながら仕事するプロである。いきなり素の俺で接したら一発でバレる。そして病気を疑われる。

 天然ボケなメイドとしてアニメでも描かれていた。ゼノンが平民だと罵倒しながら地味に心を許していた一人でもある。


 そんなツンデレのデレが伝わるわけねぇんだよぉ!


 最後の最後でそのメイドが主人公に取られるという胸糞エンドなのだ。


「この際、口調とかはゼノンそのままでいこう。ただし、行動に移さず主人公とも関わらない。敵を作らず静かに生きよう。どうせ三男だし自由だ。あとそうだな、魔物とか物騒な生き物がいることだし、それなりに力を付けて自衛する」


 純粋なファンタジー世界だから、魔物もいれば魔法もある。スキルとかレベルとかは無いけど、似たような概念ならあるにはある。

 

 伊達に天才とは言われていないゼノンくんだし、それなりに才能はこの体に染み付いているだろう。


 後はまあ、なんとかなるだろ!!


 コンコンコン。


「ひぅっ!」

「入りますよー、ってどうしたんですか」


 ノックの音にビビる俺を、デジャブである怪訝な目で見つめるメイドの女性……セレス。

 紫紺のショートヘアに、青色の綺麗な瞳をした美少女。メイド服を押し上げる青少年を刺激させる大きな胸。

 二歳上の良心パートツーだ。最後に主人公に取られるのは何か事情があったのでは、と思うが今は純粋な美少女メイドである。


 俺はすぐにゼノンモードになる。


「兄上とお前といい、どうしてノックの後に入室の確認をしないんだ?」

「はっははー、礼節ってのは目上か尊敬する人じゃないですかぁ。必要ない人もいるんですよね」

「は?」


 あまりアニメでゼノンとセレスのやり取りは描写されていなかったから、一方的にゼノンがセレスに酷い物言いをしていると思っていたが、これはセレスが全て悪い疑惑が出てきたぞ。


「そんな怖い顔をしないでくださいよぅ。冗談ですって」


 ハハハ、と笑うセレスに素の俺すらもムカつきそうになるが、グッと堪えて接する。


「……まあ良い。何の用だ」


 するとセレスは一瞬驚愕した様子で俺を二度見した。


「……っ。そ、そうですねぇ。旦那様が呼んでいますよ? と伝えに来ましたー」

「そうか。すぐ行く」

「了解でーす。部屋の前で待ってますね」

「あぁ」


 セレスは再び扉を開けて、去り際俺をチラリと見て首を傾げた。

 

「なんかおかしな言動あったか……? 原作通りだと思うんだけど」


 それよりも旦那様……ゼノンの父か。

 事ある毎にゼノンと兄ガノンを比べ、ゼノンの劣等感を煽りまくった元凶である。本人はやる気を出させようとする無自覚なのだからたちが悪い。


 ともかく呼ばれたなら行かねばならない。

 セレスが案内してくれるなら迷う心配もないな。


 ……まあ、公式ガイドブックでゼノン邸と学園と主人公の家の間取りは把握してるんですけとね。

 俺ってば前世の唯一の特技が暗記なもので。


 それにこの身がゼノン・レスティナータならば、を使える可能性が高い。


「あー、怖い」


 



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