第3話 舐め腐ったアホメイド
「──来たか」
「失礼します。父上、何か御用でしょうか」
父と息子の会話とは思えないが、貴族社会においてはごくごく普通のことだ。
レスティナータ家当主である父上と、その息子。
父は貴族家の当主であるが、息子である俺は貴族令息であって貴族ではない。そのため、貴族である父を敬わなければならないのだ。
「最近、魔術や剣術の授業を真面目に受けていないと家庭教師から苦言があったぞ。お前は優秀だが、ガノンと違って飛び抜けた実力は持っていないのだ。それなのに授業を受けないとは何事だ。レスティナータ家としての振る舞いを身に着けろ」
……んー?
全然正論だよな?
ゼノンは事ある事に兄と比べられて劣等感が……とか言ってたけど、実際授業を真面目に受けていないのは事実らしいし、それを咎めようとしているだけであって、別段兄と比べてるわけではなくねーか……?
いや、ゼノンくん思春期だもんな。
まともに父親のお小言なんて聞いてられねぇか。そんで、兄のエピソードだけ切り抜いて記憶として蓄えてしまった……ってことか。
うん、普通に謝っておこう。俺が悪いわ、これは。
「……はっ、申し訳ありません。これからは粉骨砕身努力するとともに、父上に迷惑をかけることは致しませんように心がけます」
「……ふむ? ……分かったなら良い。これからも励め」
父上は一瞬疑問符を浮かべたが、納得したように頷くと背中を向けた。これ以上話すことはない、と言わんばかりの姿勢だが、執務室の机にはドッサリと書類が置かれていることを俺は見逃さない。
……父上、普通に忙しいのにわざわざ時間取ってくれたのか。別種のツンデレの気配がするぜ。
「失礼します」
俺は父の執務室を出ながら、心の中で感謝を伝える。
「視点を変えれば普通に良い環境だな。ゼノンくんが思春期拗らせてまともに家族を見れていなかっただけの話か……」
なるほどな、と思う。
この歳なら無理はない。貴族としての重圧や、優秀な兄がいることで劣等感に苦しんでいたのだろう。ゼノンくんはプライドがハチャメチャに高いし。
「理解した」
「──何を理解したんですかぁ?」
「……お前一々背後から話しかけるの癖なのか?」
「癖なんですよ、気配消すの。なんちゃって☆」
今度は驚かなかった。
背後に佇んでいたのは、メイドのセレスだ。
おちゃらけた雰囲気をしているが、綺麗な青色の瞳は、どこか油断なく俺を観察しているようにも見える。
……何かしたか? いや、何かしてたな、いつも。
この時期はまだセレスへの当たりもそこまで強くはなかったが、平民のセレスに向けては他の人よりも態度が冷たかった……はず。
いきなり変わった俺に疑念を抱いているのだろうか。
「何のお話だったんですかぁー?」
ジッと俺を見つめながら聞いてくるセレス。
別に隠すようなことでもないことだ。俺は包み隠さず言う。
「最近の授業態度に関する叱責だ。もう少しレスティナータ家としての振る舞いをしっかりしろとのこと」
「……旦那様のこと嫌わないでくださいね。ああ見えて──」
「分かっている。忙しい中わざわざ俺のために時間を取ってくれたんだ。どっさり書類の溜まっているテーブルを見れば否が応でも分かる。俺のことを何とも思ってないなら何も言うまい」
そこまで言い切ると、セレスは目を点にして口をポカンと空けていた。
「ゼノン様……何か道端にあったヤバいキノコでも食べましたぁ?」
「クビにするぞクソメイド」
「わぁ、ゼノン様だぁ!」
「どういう意味だよ……」
パチパチ拍手してくるセレスは、こちらをおちょくっているようにしか思えない。こんなことしてるからゼノンくんも素直になれないんだよ……。
改めてセレスを見ると、その瞳は疑念を払拭していて、何か納得したように頷いていた。父上と同じ感じだな。
誰が何をどう思っているか分からないが、これから俺が齎す原作とは違う行動によって何が起きるか。
強くならねばいけないし、俺の態度も変えていかなくてはならない。
……ま、一先ずこのメイドとは上手くやっていけそうだ。
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