第10話 公式最強キャラ

「随分と面白い魔法を使っているのだな」


 ──よりにもよって。

 面倒な奴が現れた、と俺は苦虫を噛み潰したような表情をした。


 油断はしていた。

 ストレス発散も兼ねていたし、自分の家というシチュエーションもある。魔力感知を疎かにしていたのは間違いないだろう。


 だが! それでも武術を齧っている人間として気配を探ることはしていた。

 なのに一切後ろの幼女の気配を察知することができなかった。

 

 こうして眼の前にいる今でも気配は陽炎のように揺らいでいる。渦巻く魔力は長年生きた大木のように静かで、違和感がない。

 前世にいたどこぞの政治家みたいな言い回しになるが、違和感がないことが違和感なのだ。

 普通の魔術師は、大なり小なり行動や感情によって魔力が揺らぐ。どんなに卓越した魔術師でも魔力を1ミリ足りとも静止させることは不可能だ。それはもう神業のレベルだ。


 ──それをやってのける眼前の幼女。

 

 長い紅い髪に紅い瞳。

 目には丸い片眼鏡を掛け、その顔は幼げながらも非常に整っている。ピンッと尖った耳はエルフ族の印。

 身長は130cmほどと、見た目だけならただの可愛らしい幼女でしかない。


 だが見た目で侮ってはいけない。

 彼女は全属性の魔法を操り、魔力総量、魔力操作とともに世界最高峰。


 更には唯一魔法陣を用いない『無陣魔法』を完成させた伝説の魔女。


 原作アニメでは公式最強キャラ、なんて言われていた存在だ。


 名はノヴァ・ミスト。

 俺が進学予定の王立学園の校長だ。


 ……クソ、ここで会うとは思っていなかった。

 学園入学までは関わらないでいれると思ったのに!


 

 この世界の奴らは総じてカスが多い。

 今まで関わってきた父上とか兄様とかセレス……いや、こいつはまあまあカスか。それはともかく、比較的マシであっただけで、アニメのネームドキャラは大抵頭のネジが外れてるどころかそもそもネジが刺さってない奴。倫理観のあるように見せかけたただのクズ。カス。

 この三種類が多い。

 ちなみに最後のカスが原作主人公な。


 その例に漏れず、このノヴァもイカれてる。

 まず、自分の興味の惹かれる物、者以外に一切の関心を持たない。

 そのため学園の興味ない生徒には路傍の石程度の感情しか抱いていない。実際「退け愚物。私の邪魔をするな」とか言ってたりする。

 どこの魔王様だよ。いや、こいつ一人で大概の国滅ぼせるけども。


 ……しかもたちの悪いことに興味を引いた者であっても、期待外れの行動を取ると手のひらを返し、冷たく突き放す。

 

 ……はい、原作ゼノンくんが突き放された人ですね。

 逆に主人公くんは気に入られてました。



 ──と、まあそんな事情もあって関わりたくなかったのだが……。

 どうしようか。

 ノヴァの口調は冷静でも、その瞳はキラキラと輝いている。もう興味を持たれていることは確実だ。


 俺は一先ず何か答えようとした──刹那、何者かが背後からノヴァを斬りつけた。


 ガンッッ!! と金属同士がぶつかり合う轟音と衝撃波が起こり、ノヴァを斬りつけた下手人……レイは、相変わらずの無表情のまま俺の目の前に立った。


 や、野盗ぉぉおおお!!


「何者だ」

「私の方が聞きたいね。こんな幼気な童を斬りつけるなんてどんな神経をしているんだ?」

「黙れ年増。エルフに幼気も何もあるか」

「はー? 誰が年増だ殺すぞクソガキ」


 火に油を注ぐな。

 別に喧嘩したいわけじゃないんだよ。というか喧嘩したら確実にこっちが負けるんだって。


「落ち着けレイ。彼女は少なくとも敵ではない」

「だが不法侵入だ。俺は旦那様から家庭教師兼護衛騎士として多額の給金を頂いている。見逃すわけにはいかない」

「父上には俺から言っておくから、この場は控えろ」

「……分かった」


 俺が言うと渋々といった様子で剣を下ろした。

 ノヴァはレイの毒舌の苛立ちが収まっていないのだろう。ここで事を済ませるのが不満なようで唇を尖らせていたが、俺を見るなり再び瞳を輝かせた。


「私のことは知っているんだね」

「……ええ、勿論です。ノヴァ・ミスト校長」

「入学していない君はまだ生徒じゃない。ノヴァで構わないよ」

「ではノヴァ様」

「敬称も敬語もいらないさ」


 ニコリと微笑むノヴァ。


 ……何でこの人初っ端から好感度高いんだ?

 余所行きの堅い口調じゃなくて、恐らく素の口調で話しているのも結構驚きなのに。主人公相手の喋り方だったろ、それ。


 ……普通に怖いな。

 ともかく、敬語じゃなくて良い、ってならお言葉に甘えよう。


「分かった。それで、わざわざ不法侵入までして何の用だ」

「いやね、ここらを飛んでいたら急激な魔力の高まりを感じたから見に行ったんだ。そうしたら君が見慣れない魔法式で組み上げた魔法を使っているものだからね。ふふふ……くふふふっっ……あれは私を持ってしても理解の埒外だ……ッ! そもそも魔法式を組んでいる言語が初見。ただあの言葉が既存の言語をなぞっているのだとしたら、恐らく魔法式容量の大幅な空きが見込めるに違いないね。私も再現したいが、残念ながら魔法式は複雑だ。特に言語ともなると、使い手本人がその言語に対する深い知識を有していないと魔法陣として機能しないだろう!! 実に興味深い。君はどこでその言語を知った? 開発したのか? 魔法はどこで習った? 師匠は?」


 こっっっわ。

 ノヴァの瞳は爛々としていて、魔法に対する狂気で満ち溢れていた。本当の魔法狂いはコイツだな、なんて思いつつどう答えようか迷う。

 興味の引かれたモノには、自分が納得するまでとことん追及し追究するのがノヴァ・ミストという生き物だ。  

 はぐらかしたところで痛い目を見るのは俺なのだ。


 だが俺は敢えて──



「──魔術師が自分の手の内をホイホイ晒すわけないだろう。知りたければ自分で盗め、世界最強」



「──あはっ♡ もしかして私に喧嘩売ってる?」





 ん? なんかこいつ急にメスガキになったな。

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