第9話 ストレス発散

「……分かった」


 その一言で全てが終わった。

 元の剣術指南をしていた家庭教師は、十分な謝礼金を払った上で解雇され、野盗の男ことレイは当主の鶴の一声によって正式に雇用された。

 少なくともすんなりいかないだろうと思っていただけに拍子抜けだった。

 野盗であることは伝えていない。だが、身元不明の怪しい男を一発で雇用するとは思わないだろう。


 まあ、俺としては好都合なんだけど……。謎が残る。

 

 ちなみに剣を持ったレイの腕前だが──


 ──ボコボコにされた。


 純粋な剣技では勝ち目の一つも見えないレベルで実力差があった。想像以上だった。

 俺が魔法を使えるならば別だが、それでは剣術指南の意味がない。それでもゼノンくんが培ってきた下地があったし、身体能力を上げる魔法は使っていたがために高を括っていた。

 しかしレイの実力は想定以上で、もしあの時レイが使っていた得物が短剣ではなく長剣だった場合、死んでいただろうとまで思う程だった。

 本人曰く、長剣を買うような金もなかったとのことだが……。


「……痛い」


 ……容赦ないな、あの男。

 給金だけのことはする、と言い俺を痛めつけれるだけ痛めつけた。恨みも籠もっているんじゃないかと思ったが、その後のアドバイスが的確で、順調に強くなっている自負があるからこそ恨めしい。


「ハイスペックイケメン毒舌剣士か……属性盛り過ぎだ」


 毒を吐きつつ、俺は痛む体を見下ろす。

 ため息を吐きながら、俺は魔法陣を描いた。


「【治癒】」


 レイを治した魔法でもある【治癒】を発動させる。

 金色の光があふれると、たちまち俺の体から傷が消えた。



 ──俺は魔法を改良した。

 とは言っても、既存の魔法を使いやすくしたに過ぎないが。

 既存の魔法というのは、どういった仕組みか分からないが、魔法名が英語だ。光球であればライトだし、火球であればファイアだ。

 俺がレイとの戦いで披露したのだって、風爆と書いてエアロブラストと読む風魔法だ。


 ……長い!!

 呼び名の文字数だけ、魔法陣は複雑化する。

 魔法陣が複雑になれば、威力や飛距離を向上させる魔法式を組むスペースが少なくなる。


 簡潔に言えば魔法陣に書ける文字数が16文字だとする。

 英語の魔法名の場合、


 エアロブラスト(7文字)+威力向上(4文字)+飛距離向上(5文字)になるが、日本語の漢字で表せば、


 風爆(2文字)+威力向上(4文字)+飛距離向上(5文字)+飛距離向上(5文字)、といったような感じで、魔法の威力や飛距離の向上を図ることができる。


 まあ、これは簡潔だし、実際はもっと複雑で面倒な手間を掛ける必要があるから一概には言えないが、明らかに漢字にするだけでスペースが空くことは分かるだろう。



「ちょっとした実験だ。……【多重構築】【多重構築マルチクリエイト】」


 レイとの戦いでも使用した金属弾を、改良した魔法と既存の魔法を使って複数個精製する。

 

「やっぱり改良した方が、魔力の通りも金属弾の出来も全然違うな……」

 

 前者と後者を比べると、金属弾の質量や丸み、綺麗さなどが全然違う。しかも、魔力の消費量も前者の改良魔法の方が少ない。


「これなら属性魔法を使うより、こういった地味なやり方の方が対人戦は良いな。属性魔法は周りを燃やしたり水浸しにしたりと厄介だし」


 それもあって、炎魔法や水魔法等は屋敷では練習できなかった。万一が怖い。


 ごめんなさい父上。

 屋敷燃やしちゃいました、とか絶対言えないだろ。


「……いや、対人戦を想定するのは嫌だな。貴族でなければむしろ魔物相手の方が多いだろうに」


 レスティナータ家は大貴族であるし、所有する土地や資産が桁違いに多い。今回のように財産目当てで襲いかかってくる輩は増える。

 家にいる方がトラブルを呼ぶ気がして面倒だ。


「なんかストレス溜まるな。……よし」


 裏庭にはいつも人っ子一人いない。

 憂さ晴らしに少し魔法をぶっ放すくらい許してくれるだろ。


 俺は魔力消費を一切考えず、周りに被害の出ない……しかし高威力の魔法を精製し始めた。

 

「【光】【光】【光】」


 まずは手を銃の形にし、人差し指に大量の光を集める。


「【圧縮】【圧縮】【圧縮】」


 輝く光をどんどん圧縮させ、指先ほどの大きさにする。


「【熱付与】」


 攻撃性の持たない光に熱を付与することで、擬似的な太陽(笑)にする。ここら辺は異世界宜しくかなり曖昧で、ただの光ですら高威力で撃ち出すと攻撃性が付与される。

 謎だが、都合が良いため納得している。

 

「【旋回】【旋回】【加速】【加速】」


 回り回り、高速回転する。

 

「【射出】──【光線】」


 勢いよく撃ち出された光線は、木々に小さな穴と焼け跡を残し前方全ての物を貫き消失した。


「ふぅ……スッキリした。まさにロマン魔法だな。こんなの戦闘中に付与する隙なんて無い。現実に照らし合わせれば原理なんて不明だし」


 前世の科学者こんなの見たら発狂するんじゃないか?

 異世界だからって納得させられるのは、ネット小説を読んでいる者の特権だと俺は思っている。


 俺は魔法の跡を眺めて部屋に戻ろうとした。

 ────瞬間、後ろ手に拍手が聴こえた。




「──随分と面白い魔法を使っているのだな」


 バッ、と振り向くと、そこにはローブと三角帽子を身に着け、丸メガネをした幼女が立っていた。

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