第29話 王都満喫

「おはよう。ゼノン」

「あぁ、おはよう。パトリシア」

「ゼノン、今日、予定ある?」

「特には」

「じゃあ、王都の買い物、付き合って」

「構わん」

「よし」


 こんな感じで今日の予定が決まった。

 例の決闘から一週間後。ロカ・ヴェントに絡まれた二日後のことだ。

 買い物か。確かに学園外に出ることは禁止されていないし、この機に王都を見て回るのも悪くない。何せ憑依してからは王都に行ったことがないからな。

 原作の本舞台だから、大体の構造だとか主人公くんがヒロインズのデートで使用した店は知っているが。まあ、そんなところは俺もパトリシアも興味がないだろう。


「ユノは誘わないのか?」

「先にいたから、誘った。けど、今、魔法の修行が良いところ、らしいって」

「それなら仕方ないな」


 俺とパトリシアはウンウンと頷く。 

 ……なんだ? 何か文句でもあるか?


 魔法とは解釈で、謂わば発想の転換に転換を重ね、己の技術へと昇華させていくものだ。その時間はかなり苦しい。

 何せ暗闇の中を手探り状態で、答えの分からない答えを探さなければならないのだ。


 行き詰まった中で、ふと訪れる『もうちょっとで何かが分かる瞬間』。その先に必ず答えは眠っている。

 今ユノがその状態ならば、絶対に邪魔してはならない。

 魔法に心酔し狂った者からの計らいだな。俺とパトリシアはそれを分かっている。

 

「買い物……買う物は決まっているのか?」

「市場で物色。あとは、魔道具が、欲しい」

「市場で物色するとなると……。そうだな。もう一人連れてきても良いか?」

「大丈夫。買い物は人が多ければ、多いほど……ぐっど」


 無表情でビシッとサムズアップさせるパトリシアに、俺は微かに笑みが漏れた。

 友人と買い物か。初めての経験だ。  

 俺は放課後が楽しみになった。






☆☆☆


「──初めまして。レスティナータ公爵家に仕えております、メイドのセレスと申します。そしてこちらは護衛のレイです」

「……レイだ。よろしく頼む……おい、何猫被ってやがるクソメイド」

「すまない。一人増えてしまった」

「……? 大丈夫。私、パトリシア・エルミネード。よろしく」


 張り付けた笑みを浮かべて挨拶するセレスに、レイはツッコミを入れる。

 俺もセレスの丁寧な口調には驚いた。急にどうしたんだ、こいつは。まあ、パトリシアも貴族だしな。その対応は間違っていない。

 しかしレイにツッコミを入れられたことで、その取り繕いは秒速で剥げる。


「酷いですよぉぉーー!! ゼノン様のお友達って言うから粗相のないようにしたのに!!」

「お前自身が粗相だから無理だろ」

「クソレイ!!」


 仲の悪さが加速しているな。何があった。

 

「ふふ、面白い人たち、だね」

「「……」」

 

 パトリシアのその笑みにレイとセレスは毒気を抜かれた表情で、お互いに顔を見合わせる。そしてレイがセレスに向かってぶっきらぼうに「すまん」と謝罪をした。


「そうだな。セレスの対応は理想的で、間違っていない。これから友人が増えれば、セレスもレイも関わる機会があるだろう。従者の教育は主人が行う。セレスとレイがいつもの調子で罵り合っていれば、主人の俺の価値も下げることになる。俺の前では構わない。だが、公共の場では従者として対応して欲しい」

「申し訳ありませんでした。ゼノン様」


 レイが初めて俺に敬語で謝罪をした。

 これからは気をつけるという意思表示だろう。かなり反省していると見える。


「良い。少なくともパトリシアは気にしないから、いつもと同じで構わない」

「ですが……」

「俺はお前のその姿勢も好んでいる。根は生真面目で律儀なお前のな。だから、このままでいろ。取り繕うことは必要だが、内面まで虚飾で染める必要はない」


 俺はセレスとレイが喧嘩するのも気に入っているのだ。当人同士は癪だろうが、喧嘩の内容も、時が過ぎる事に信頼関係があることを前提にしたモノになる。

 仲は悪いが良い。矛盾しているがコレが当てはまるような気がするな。


 俺はパトリシアに向き合う。


「いきなりすまない」

「大丈夫。ゼノン、ちゃんと主人してるん、だね」

「パトリシアはいないのか?」

「私の従者は、大体逃げちゃう、から」

「逃げる……? 職務放棄か?」

「魔法の実験台に、してたら、いつの間にか辞めてる」

「当たり前だろう……」 

 

 大抵人のこと言えないくらいにパトリシアも狂っている。だが実験台が欲しい気持ちが分かってしまうのも何となく嫌だな。いや、実行に移すことはないけど。

 

「……話を戻すが、レイは街に出るための護衛として来ることになったが。今回の本命は、このメイドのセレスの存在だ」

「ふむふむ」

「セレスは【鑑定】のスキル持ちだ。市場で物色するのなら、セレスがいて悪いことはない」

「【鑑定】のスキル持ち。確かに、それは、助かる」

「と、いうことなので! 私達はお二人の邪魔をしたいように後ろから付いていくので、お気にせず楽しんでくださいね! 【鑑定】欲しい時は呼んでいただければ良いので!」

「分かった」


 なぜかニヤニヤして口元に手を当てるセレス。

 何を邪推しているのかは知らないが、どうせろくでもないことだから放っておこう。触れぬが仏だ。

 とはいえ【鑑定】の存在は原作との差異だが非常に助かる。市場で偽物を掴まされる可能性など幾らでもあるからな。


「行くか、パトリシア」

「うん。魔道具屋の方が近いから、そっちから、行こ」

「分かった」


 こうして王都での買い物が始まった。

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