第30話 魔道具師、リア
──この世界には魔道具という魔法の力が込められた道具が存在する。例を言えば、初登校の日にレイが俺に渡した鈴状の道具だな。
あれは【
魔法世界ならではの、暮らしに便利な道具だ。
使用するにはすべからく魔力が必要だが、この世界の人間は微弱ながらも魔力を持っているため問題ない。
魔道具は便利な品だが、作るのが非常に難しい。
作り手は限られていて、鍛冶、錬金術、付与術、ある程度の魔法の素養が無いと作ることができないのだ。勿論、俺にもできない。専門分野は履修してないからな。
「着いた。ここ」
「なるほどな。王都でも有名な場所に行くと思ったが、こうも隠れた場所にあるとなると、知られざる名店ということか」
「そうなの?」
パトリシアは首を傾げて言った。
……どうやら俺の推論はしっかり外れたようだ。
「……知らないでここに来たのか」
「母の知り合いが、やってる、から。母もたまに、手伝ってた、みたい」
「そうか」
パトリシアの母親……貴族の女性がこういったものに興味を持つのは非常に珍しいといえる。
選民思想、平民差別が横行する貴族社会で、特に魔道具師は敬遠されている。何せ、ただでさえ嫌われている鍛冶師と錬金術師の合わせ技のようなものだからな。
印象だけで決めつけるのは紛れもなく良くないことだが、貴族だから仕方ないとしか言えない。
どうしてこうも貴族は腐ってしまったのか。貴族だから腐っているのか、元々腐っているから貴族なのか。どちらにせよ、上に立つ人間は往々にして下を見下す傾向にある。嘆かわしいが、俺も貴族だからとやかくは言えない。
と、心の中で嘆いていると、くいっと袖が引っ張られた。
「ゼノン、入ろ」
「あぁ」
「あ、私達はどうします?」
「見てみたいなら止めはしない。ちゃんとした店ならば、【鑑定】無しでも目利きで何とかなるだろうからな」
「じゃあ、私気になるので入りたいです!」
「分かった。ゼノン、セレスは俺が見ておくから気にするな」
「レイ、頼んだ」
何かやらかしそうで不安になるが、レイが見ていてくれるなら一先ずは安心だろう。喧嘩にならなければな。
喧嘩するなよと視線で釘を刺し、古い木の扉を開けた。
ギギっと鈍い音ともに空いた扉。扉の先には、テーブルの上に大小様々な魔道具が置かれた空間があった。
外観はボロボロの小屋のようだったが、内装は小綺麗で整理整頓されている。魔道具の保存状態は良さそうだ。
「んあー? 誰ぇー?」
「リア、久しぶり」
「んんー? ……んーーー? あ! パトリシア!? 久しぶりぃ!! 大きくなったねぇぇ……!」
「むぐっ、むぐぐぐ、離、して」
カウンターの奥から欠伸混じりで出てきたのは、オレンジ色のショートカットの女性だった。
ホットパンツにタンクトップという視線の行き先に苦しむ格好をしていて、尚且つモデルのようにスタイルが良かった。20代前半のように見える。
女性は声をかけたパトリシアにしばらく疑問符を発していたが、まじまじと見た後破顔してパトリシアを抱きしめた。
「あぁ、ごめんごめん。ついつい。本当に久しぶりね。あいつは元気?」
「たぶん、元気。最近は特に、絶好調」
「珍しいねぇ。あいつ最近来なくなったし、忙しいのは分かるけど顔出せ! って言っておいて」
「うん」
「それで……」
女性はパトリシアから俺に視線を移す。それから、セレス、レイへと。
「そこの男の子ってパトリシアの彼氏!?」
「違う。友人だ」
「へー! 生意気そうー! 分からしてぇー!」
「……」
テンション高いな。
分からせたいは意味分からないが。
俺が微妙な表情をしていると、女性はてへっ、と笑って言った。
「じょーだん、じょーだん。あたし、リア。よろしくね」
「ゼノン・レスティナータだ。よろしく頼む」
「レスティナータ!? 公爵家じゃん! こっわ! パトリシア、すごい子友達にしたね」
「友達と、爵位は関係ないよ」
「そだね。ごめんごめん」
危うく照れてしまうところだった。
しかし、リアの反応が大多数である。良くも悪くもレスティナータ家は有名だ。中にはレスティナータの名を聞くだけで腰が抜ける貴族もいるくらいだからな。
「俺も……何かでパトリシアを計ったことはない。気が合い、共に競い合えるの分かったから友達になった。確信を持ってそう言える」
「照れる」
「無表情だがな」
「ふっ、ふふふ、じゃ、言葉を変える。良い友人を持ったね」
「うん」
心底女性……リアは嬉しそうだった。
パトリシアも、どことなく雰囲気が柔らかい。昔から交流があるようで、二人の間には信頼関係がしっかり築かれている。
姉妹みたいだと思った。
「ふふ。それで、何しに来たのかな? あたしに会いに来たとか!!」
「違う。魔道具を、見に来た」
「速攻で否定されてガーン! まあ、魔道具師としては嬉しいけどね。好きに見ていってよ。気に入ってくれると嬉しいな」
俺も気になってウズウズしていた頃だ。
遠慮なく見させてもらおう。
ちなみにセレスとレイはすでに挨拶を済ませて、魔道具を観察している。遠巻きに触ろうとしてレイに怒られているセレスが見えた。
「何か、気になるの、ある?」
「そうだな……これは何だ?」
俺が指を指したのは筒状の魔道具だ。
これだけでは用途が不明だからな。
「あー、これは着火の魔道具だね。【
──ヤバいこいつ天才だ。
事も無さげに言っているが、そもそも【変換】の魔法そのものが難しい。上手く変換前の物体と変換後の物体を指定しなければならなく、物などの個体化されたものを変換させるのは簡単だが、魔力等のエネルギー物質を変換させるのは至難の業だ。
それを魔道具として誰でも使えるように作り上げたリアは、紛れもなく天才。巨匠の領域だ。
「はは……ふっ、ふふ……では、これは何だ?」
「あ、それ、生活魔法の【
「これは?」
「魔道具増幅装置!! 【
「無自覚か……」
本物だ。
彼女は間違いなく天才の類だ。
発想もそうだが、それを実現できてしまう魔道具師としての腕が素晴らしい。
俺は興奮を抑えながらリアの瞳を見つめて言った。
「リア、うちの……レスティナータ家のお抱え魔道具師として働かないか? 勿論、俺に裁量はないから父上に頼むが、間違いなく通るはずだ」
じっと見つめると、リアは俺が本気なのが分かったようで、困ったように笑った。
「んー、ごめんね。あたしはここでチマチマ魔道具を作りながら生活するのが好きだから、そういうのは良いや」
「そうか……。残念だが仕方ない」
「お、随分早く引き下がるんだねぇ」
「嫌々働かれても良い作品は生まれないだろう。俺が無理を通したことで、この素晴らしい魔道具を作った技術が失われる可能性がある。そのリスクを天秤にかければ、どちらが良いのかは明白だ」
「むー、照れるね」
リアはポリポリと髪を搔いた。
実際問題、欲しければ買えば良い話だからな。お抱えはあくまでもし通れば……程度だったし、問題はない。
「そうだな……。さっき言った魔道具は全て買おう」
「本当!!? まいどありぃ!!!」
「即決。良いの?」
「欲しいのは本音だからな」
「そっか」
パトリシアは歓喜に沸くリアを眺めて薄く笑う。
まるで報われて良かった、と言うように。
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