第28話 決闘の効果
アノイとの決闘から、周りの俺を見る目が変わった。
近寄り難いのか遠巻きに見られているのは変わっていないものの、随分と悪感情の籠もった視線は減り、好意的な感触で見られることが多くなった。
ユノは今更手のひら返しされてもなぁ、と愚痴っていたが、人間とはそういうものだ。評価が変われば人は動く。特に俺の場合、コネで入学した、という誤解を解くことができたのも大きい。
ギスギスした雰囲気は居心地が悪い。
それが少しでも改善できたのならば決闘を受けた価値はあったし、アノイにも色々と感謝しなければな。
……素直に受け取らないだろうが。
実力は認めるけどてめぇの人柄は嫌い! とのことで、あれから絡まれることはない。さりとて睨まれることもない。
どことなくアノイが俺を見る視線が捨てられた子犬のようになる時がある気がするが、多分気の所為なので俺は気にしないことにした。
──放課後。
俺は授業を終えて、寮に帰る頃だった。
ユノとパトリシアは放課後別々に修行するらしく、いつものように一緒に帰路を歩んでいない。どうやら俺の決闘に触発されたようだが、俺も負けていられないな。
「な、なあ、ゼノン、様?」
「ん? なんだ?」
俺を呼ぶ声に振り向くと、そこには引き攣った笑みを浮かべる男子生徒がいた。見たことがない。他クラスか?
疑問を表しつつ男を見る。
「あ、あの決闘見ましたよ。さ、さすがレスティナータ家のご令息。ガノン様にも引けを取らないとか、どちらが強いとか今すごい噂が流れてます!」
「そうか」
「あ、私はロカ・ヴェントです。ヴェント男爵家の四男で」
家名を強調するように言う男に、俺は淡白に返答する。
「そうか。で、何か用か?」
ピクリとも動かない俺の表情に、男は気圧されて数歩後ずさる。まるで信じられない、といった表情だ。
悪いがヴェント男爵家なんて知らない。俺が知らないとなるとどこかの地方貴族だろうが、本当に何の用なんだ?
「ヴェ、ヴェント男爵家ですよ! 貴方様の! レスティナータ家の協賛貴族の一つです! 私の父はレスティナータ家に大量の支援金をしています! わ、我がヴェント家の肥沃な土地と潤沢な資金があってこそ貴方様の領地は栄えていると言っても過言ではありません!」
「はぁ。だから貴様に従えと?」
気のない返事に苛ついた様子の男だが、慌てたように引き攣った笑みを浮かべると、露骨に媚びへつらった表情をした。
「ち、違いますよ。わ、私は貴方様の強さに惹かれまして。その強さの一端を近くで是非ともお教えいただきたいと思っていまして……」
つまりは取り巻きになりたいということか。
また面倒な。初手の発言が脅しっぽいと気づいたから、慌てて媚を売ったのだろうが……まあ、脅しは脅しか。
ただこいつは紛れもなくバカだ。何も理解していないまま、プライドだけが肥大化して親の言うことに従ってきたのだろう。
今回とてレスティナータ家の奴に近づけとでも言われたか。
「そうか。少し話を戻そう。貴様はヴェント男爵家のお陰で、レスティナータ家の領地が栄えた、と。そう言ったな?」
「い、いや、そこまで言いましたかね……ただ──」
「良い。俺も思い出した。多額の支援金を出資している男爵家。名前までは知り得なかったが、恐らくそれがヴェント男爵家なのだろう」
思い出した。
生家で資料や読み物を漁っていた際に、過去の金の動きはサラリと見たことがある。その中に男爵家からの多額の支援金があった。それがヴェント家という名前は知らなかったが、どんな領地なのか、何で財を成しているかは把握している。
主に農業、鉱山、宝石加工で栄え、その売上でレスティナータ家を支援している、と。まあ、大口の協賛貴族なのは間違いない。
だが──
「貴様、レスティナータ家がヴェント家に何もせずに支援金を出してもらっていると思っているのか?」
「え……」
「まさか知らないのか……。ヴェント家は農業、鉱山、宝石加工で財を成した。だが、それ故に他の貴族から肥沃な大地を狙われることが多い。特に鉱山。盗賊に扮した他の貴族の私兵が、鉱山資源を狙うケースも往々にある。レスティナータ家は、支援金の代わりに凄腕の護衛を幾つもの鉱山に配置している。当然、護衛を雇うにも金がいる。支援金は、その護衛費と報酬を兼ねているんだ。分かるか? これは商談と交渉の末に貴族の当主同士が交わした正式な契約だ。それを貴様はヴェント家だけの功績と捉えている。──レスティナータ家への侮辱と考えるが?」
いつもお馴染みの魔力で威圧を掛ける。
男は顔面蒼白で床に尻もちを着いた。
王立学園にいる以上、貴族間のしがらみは基本無視しようと考えていたが、流石にこの発言は看過できない。
「──冗談だ。ここは王立学園。貴族間の争いは避けるべきだ。そうだろう?」
言外にこれ以上余計なことを言うなと釘を刺す。
男はコクコクと首が取れてしまうのではないか、という勢いで首を縦に振る。
自分の価値観を他人に委ねる男だ。これがもし長兄だったらと考えるとゾッとするが、四男ならば政治的介入はほとんどない。
「も、申し訳ありません。ですが、挽回のチャンスをいただけませんか!?」
「悪いが腰巾着は不要だ」
「こ、腰巾着だと言うのならあの平民の男と、不吉な瞳のあの女こそ腰巾着──」
「──言葉は、それだけか?」
「あ」
「媚びへつらうのは結構。だが、下手だな。その笑顔──ずっと引き攣っているぞ」
俺は踵を返し、放心している男の側を通り過ぎる。
グッと怒りを堪える。
理知的であれ。冷静であれと己に言い聞かせる。
手が出るタイプではないと自己分析をしている俺でも、先の発言は思わず手が出かかる状況だった。
あぁ、王立学園は筆記と実技の他にも面接を設けた方が良いと思う。
だからこんな優秀なゴミが入学できてしまう……ダメだ、言葉が乱雑になる。貴族の貴族貴族した貴族、というのを垣間見た気がするな。
「ロカ・ヴェント。少し調べてみよう」
平民蔑視といい、あの無知さと態度。
……気になることがある。
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