第27話 決着

Side アノイ


 ──このままじゃ負ける。

 俺はゼノン・レスティナータの放った【雷撃】なる魔法に半ば戦慄していた。

 バカバカしいほどの威力だ。仕組みも原理もさっぱり分からないし、頭上から凄まじい速度で放たれる魔法を躱せるかボケ、って感じだな。

 だけど俺は未だ無傷。


 それはロングレン家の秘匿魔法、【次元結界ディメンション・バリア】のお陰だ。


 奴の前ではただの結界だと嘯いているが、これは単に結界を張っているだけではない。じゃなきゃ奴の魔法は確実に防げない。生半可な結界じゃ黒焦げになって終わり。

 

 【次元結界】は、攻撃を別空間に飛ばす魔法だ。

 吹き飛んだ魔法がどこに行ってるかは俺も知らねぇ。何せそういう原理だし。

 実際に魔法が当たってるわけでなく、当たる前に移動してどこかに行ってるだけだ。


 ──最強だ、って思うだろ?

 俺もこの魔法を教えられた時にそう思った。


 全然違う。

 確かに魔法自体は強力無比で、ありとあらゆる魔法を無効化できることは凄まじいまでのズルさを感じる。

 

 だが──ばっっっかみたいに魔力を消費する!!!

 特に飛ばした魔法の威力に比例して、強力であればある程にゴッソリ魔力が削れる。

 俺の魔力量は同年代と比べても随一を誇る。でも、限界があるだろ? 現に奴の魔法は俺の魔力の6割を削り取った。

 俺も無傷だが、奴も無傷。

 魔力を消費した俺のほうが圧倒的に不利だ。そして、それは魔力をことができるゼノン・レスティナータにも知られているはず。


 つまり、奴が高威力の魔法をポンポン打つ戦法に切り替えた時点で、俺の勝ちはない。圧倒的な敗北。誰の目から見ても明らかだ。



 ──さあ、どう出る、ゼノン・レスティナータ。


「【身体強化】【魔法付与】」


 奴は魔法を放つことなく、己の強化に努めた。 

 ということは、だ。

 

「……くっ、ハハッ!!! やっぱそうくるよなぁ! てめぇは!! 肉弾戦が好みか? ならとことんやり合おうじゃねぇか!!」


 思わず笑いが込み上げてしまった。

 ゼノン・レスティナータは、圧倒的に有利な遠距離戦を止め、俺の土俵である肉弾戦を舞台に選んだ。

 そうだよな。てめぇならそうすると思った。このままなんてつまらねぇもんな。

 奴は確かに勝利に貪欲で、いつだって真剣だ。けれど、戦いを楽しんでやろう、って気概がそこにはある。

 奴にとって戦いは、決して己が勝つための独りよがりの行為なんかじゃない。相手がいて、技を出し合い競い合う。一挙手一投足に注目し、相手の技を吸収して習おうとしている。

 

 あぁ、間違いなくてめぇは魔法に狂ってるよ。

 

 だからこそ、余計初日に気が立って絡んだことを後悔している。

 血の汗滲むような修行を重ね、実際に血反吐を吐いたこともある苦しい日々を超えて、俺は王立学園の土を踏んだ。

 許せなかった。試験すら受けずに合格した者がいることに。そいつは王立学園の伝統と誇りを穢した奴なんだ、って視野狭窄に陥った。

 で、結局奴は冷静で……今も透かしたような態度は気に入らねぇけど、どこまでも真剣な王立学園生だった。



 ──んなこと実際今はどうでも良くて。

 今はただ楽しんでいる。


 ゼノン・レスティナータとの戦いを、俺は楽しんでいる!






☆☆☆


Side ゼノン


 ──強い。

 生半可な努力じゃ辿り着けなかったはずだ。

 魔法の発動速度、威力、状況に応じた的確な魔法選択。どれを取っても高水準だ。

 一族に伝わる秘匿魔法だって、相当難易度が高いに違いない。それを実戦で使用できるのだから、アノイがどれだけ努力してきたのかが分かった。


 結界魔法。

 ただの結界魔法じゃないと感じた。

 単に強度の高い結界が秘匿魔法として扱われるのか? という疑問。

 と、同時にこの瞳で結界を視認した際の違和感。結界自体に魔力反応は感じるが、その在り方に疑問を覚えた。……内と外で空間が隔絶しているような。ここにはあるが、無い。そんなイメージを抱く。


 ならば、とアノイの体内魔力を見るが、予想通りゴッソリと魔力が削れていた。……やはり普通の結界魔法ではない。

 その正体までは分からないが『発動に多大な魔力を消費』→『完全な無傷』という酷く簡潔なプロセスは理解した。


 つまり、遠距離からボコスカ魔法を撃ち放っていれば、アノイの魔力が尽きて勝つことができる。

 

 そんな結末にするつもりは毛頭ないが。


 勿論、その戦法は間違っていない。

 むしろ勝ち筋が見えた今、その戦法を選択することは正しいし、全力で叩き潰すと宣言した手前、それは勝利への近道に当たる。


 ──が、嫌だ。

 あぁ、これは感情論だ。でも

 そんな勝ち方で誰が納得する? 俺も納得しなければ、アノイも、観客も納得しない。

 ……いや、観客はどうでも良いし、アノイはアノイできっと負けを納得するのだろう。ただ煮えきれないだけで。

 

 正々堂々? そんなものはクソッタレと思う主義だ。

 けれど、これは卑怯とかそういう以前の問題として、『決闘』という実力を試し合い、競い合う空間で──


 ──いや、ハメ技はダメだろ、と。

 ぶっちゃけこれに尽きる。

 

 まあ、そんなわけで、だ。

  

「【身体強化】【魔法付与】」


 再び身体強化魔法を使用し、拳に火を灯す。

 ユノが得意としている(多分)拳に魔法を付与する魔法。俺はそれを使って立ち向かうことにした。


「……くっ、ハハッ!!! やっぱそうくるよなぁ! てめぇは!! 肉弾戦が好みか? ならとことんやり合おうじゃねぇか!!」


 俺を見たアノイは、心底楽しげに笑って拳を構える。

 目は輝き、すでに全身に身体強化を付与していた。


「次はこちらからだ」


 俺はトップスピードで走り出す。

 火は目立つ。それを使って、拳に視線を注目させ──不意に右の蹴りを入れる。

 だが俺の一挙手一投足を観察していたアノイには通じず、左腕で簡単にガードされてしまった。

 そうなると次に隙が生まれるのは俺だ。アノイの左腕は俺の右足を掴み、空いた右腕で俺の腹を全力で殴りつけてきた。


 ──バランスの崩れている俺は防御が間に合わない。


「──ッ、てめぇ、硬すぎかよ! どう鍛えたらこうなんだ!」

「生憎と生身の体は脆弱そのものでな。魔力でカバーさせてもらった」

「身体強化を腹にぶち込んだのか、器用なこと……でッ!」

「ぬっ、それでも十分痛い……が!」


 軽口を叩きながら拳の応酬を繰り広げる。

 驚いたことに拳への魔法付与は、アノイに触れると同時に消え失せ効果が発揮されなくなった。

 恐らく仕組みは、アノイが全身に纏っている秘匿魔法の結界だろう。なるほど、インパクトの瞬間だけ纏えば、そこまで魔力は消費されない。考えたな。


 一進一退の攻防。

 俺は技術の無さを魔力と力で補い、アノイは魔力と力の無さを技術でカバーしている。

 

「ははっ、ははは!!!!」

「ふっ、ふはは!!!」


 お互いに狂ったような笑みを浮かべる。

 競い合い、技術を昇華させていくのはこんなにも楽しいのか。拳を交える度に、俺のカメラアイはアノイの技術の数々を記憶する。

 記憶は経験へと昇華し、経験は実戦へとフィードバックされていく。己の技術が短期間で研ぎ澄まされていくのが分かった。


 ──あぁ、だが終わりは迎えてしまう。

 

「あ……くっ」

「最後だ」


 遂に起きた魔力切れ。

 身体強化魔法すらも維持できなくなったアノイは、俺の拳に、為す術もなく吹き飛ばされてしまった。


 大の字に寝転んだまま、アノイはポツリと呟くように言った。


「あぁ、負けたかぁ。俺はてめぇの身体強化に阻まれ、結局てめぇは無傷。対する俺はボロボロ。……でも、一泡吹かせられただろ?」

「一泡どころの話じゃない。何かが違えば俺は負けていた」

「ふはっ、ホントかよ」


 噴き出したアノイは半信半疑のようだが、本当だ。

 幾度となく繰り返した応酬で確信した。

 アノイの秘匿魔法は、魔法をどこかに飛ばす魔法だ。

 今はまだその解釈に至っていないが、例えば俺に触れて身体強化魔法を飛ばせたとしたら? ……そこにいるのは生身の俺だ。次の魔法を発動するのも時間がかかるし、その間にKO。

 なんてこともあり得たかもしれない。  

 だが、今回の勝負では、俺が勝利という栄光を掴んだ。ただそれだけの話。


「また勝負しよう。アノイ・ロングレン」

「しばらくは勘弁してくれ。ゼノン・レスティナータ」

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