第13話 旅は道連れだが俺を道連れにするな

「──いよいよ今日が入学の日か。感慨深いものだな」


 季節は過ぎ、俺がノヴァに敗北してから半年が経った。

 春を迎え、冬の厳しさが消えた頃にようやく入学式だ。長かったともいえるが、研鑽に励んだ時間は短く、欲を言えばもう少し準備期間が欲しかったところだ。

 だが、ゼノンくんに憑依してから過ごした一年は、非常に価値ある時間だと思う。

 幾ら悪役とはいえ人一人の人生を奪ったことに罪悪感は少しある。ゼノンくんの背後関係的に仕方のない部分もあったからだ。……まあ、性根が腐ってるからフォローはできないとこだけど。


 ……さて、気を取り直して、入学式の話だ。

 入学式には父上が来る。

 というか、来ないと貴族として馬鹿にされる。

 

 王立学園は全生徒平等を謳っているものの、やはり内部には貴族主義の風潮が漂っている。

 教師に隠れて貴族の身分を傘に威張っている奴らも複数人いるというのだから、貴族主義はかなり根付いているのだろう。

 ちなみに威張っている奴らに原作ゼノンくんも含まれる。

 だから平民出身の主人公くんに絡む訳だな。

 最も原作では平民出身だからと馬鹿にされるが、主人公が力を発揮して受け入れられる……というストーリーなのだが、如何せん俺tueeeeの主人公sugeeeee的小物展開が終始続くのだ。


 ……よく逆に最まで見たよな、俺も。

 妙に人気あったんだよなぁ……。


 誰も彼も救いようがねぇわ。

 ……だが生憎と俺は入学時期が原作とは違う。

 自ずと関わる機会は少なくなるに違いない。それに関してはノヴァに感謝して良いと唇を噛み締めながら思う。



「坊ちゃま。馬車の準備ができましたので、ご乗車をお願いいたします」

「あぁ、今行く」


 長年レスティナータ家に勤めている老執事が、俺に声をかけてきた。家から学園までは馬車で4時間ほどだ。

 元々この街は王都に近い。

 何なら数十日かけて学園まで来る入学生もいる。

 主人公も都合の良いことに王都から近い村出身だ。俺は憑依してから王都に行ったことがない。

 新天地にはワクワクしている俺もいる。


 ……乗り心地の悪い馬車に長時間座っているのは嫌だが。これでも貴族用にチューニングしているらしいが、如何せん揺れる。どうにかならないものか。



 移動の憂鬱さにため息を吐きながら馬車に乗り込む。 

 外装は目立つ金色の装飾で、内装も所々に金が散りばめている。椅子はフワフワな高級魔獣の素材が使用されているが……真っ赤だ。


 正直こんな馬車に乗るのは恥ずかしい。

 だがこれも貴族として自家の豊かさを象徴しなくてはいけない故だ。レスティナータ家ともなると超有名一家だ。舐められるわけにはいかない。



「それでは出発いたします」

「あぁ、学園まで頼んだ」

「勿論でございます」


 御者は老執事だ。

 馬車の整備、御者もできる超有能執事だなこいつ。あ、ちなみにセレスとレイは留守番だ。

 俺に護衛は必要ないと判断され、更に入学式から実際に入学するまで期間が空くことも鑑みてセレスはまだ連れて行かない。

 置いていかれるのかと愕然していたセレスはなかなかに滑稽で面白かった。これで少しは大人しくなって欲しいけど……確実に無理だな。絶対に。



「少し寝る」



 着くまでは長い。

 俺はガタゴト揺れる馬車の中で目を瞑った。





☆☆☆


「──ん」


 少しは寝ることができたようだ。

 とは言え太陽の向きもそこまで変わっていない。2時間やそこらしか眠ってはいないだろう。まあ、ギリギリで起きて寝起きで入学式を迎えるのも嫌だしな。


 俺は欠伸をしつつ、街道を走る馬車の窓からぼんやり景色を眺めていた。

 

 すると、大慌てで走る俺と同じくらいの少年を発見した。


「……ん? あの制服は……」


 目を凝らして見ると、少年は王立学園の制服を着ていた。

 ……まさか入学式か? ここから幾ら頑張って走ったところで10時間以上かかるぞ……? 何らかの魔法を使っているのか、少年の足は異常に速いが、それでも馬車には敵わない。入学式にも間に合わないだろう。

 そして恐らく平民出身。入学出鼻から冷たい視線を浴びることは間違いない。


「はぁ……。致し方ないか。ルーカス! 馬車を止めろ!」

「はい? かしこまりました」


 窓から身を乗り出して老執事に声をかける。

 老執事……ルーカスは、俺の指示通り馬車を止めた。


 少年よりやや前に進んだ程度だ。

 俺は馬車から降りて、少年を待ち受ける。


「──はっ、はっ、はっ……ヤバい……非常にヤバいよ……間に合わないぃぃいいいいい!!!!!!! 入学式で遅刻ってまずくない? ただでさえ平民出身だし冷たい目で見られること間違いなしだよ……まあ、それも悪くないけど」


 ……なんか変な言葉が聞こえた気がしたが気のせいだな。

 というかこの少年、どこかで見たことあるような……。

 まあ、とりあえず良い。


「おい、そこの。止まれ」

「え、なに。急いでるんだけど──ってお貴族様ァ!? すんません! 生意気聞いてすんません!!」


 一心不乱に走る少年を呼び止めると、少年は苛立ち紛れで返答したが、俺と馬車を見て叫びながら足を止めた。

 そのままペコペコ謝る少年。

 近くで見た少年の姿は金髪碧眼のイケメンで、気の弱そうな儚いオーラを纏っている。簡潔に言えば年上にモテそうな奴だな。


「落ち着け。その制服を見るにお前も王立学園の入学生だろう」

「え、はい、そうですけど……。まあ、遅刻しそうで人生詰みそうな感じですが」

「旅は道連れ世は情け、という言葉がある。これから同じ学び舎で共に過ごすんだ。級友が遅刻というのも忍びない。俺の馬車に乗るがいい」

「え──」


 その言葉に少年は放心した。

 ……しまった。貴族に慣れていないようだしいきなり過ぎたか? まあ、実際少年は俺と同い年くらいだろうし、あの魔女が選んだ早期入学制度の恩恵に預かる一人だろう。数少ない同い年が遅刻するというのも忍びない。

 善行とも言えないな。ゼノンくんに憑依しても未だ少し残る小市民性が同い年を逃すのは痛い、と囁いてるに過ぎないし。


「おい」


 固まっている少年を呼びかけると、彼は次の瞬間瞳を輝かせて詰め寄ってきた。


「良いんですかぁ〜〜!!!?? もうっ、人生詰んだかと!! ただでさえ田舎の村民一同が入学金やら何やら工面してくれたんですよぉ!! これで遅刻して退学なりました、とかだったら村民にぶち殺されますからね!」

「近い近い! 落ち着け。一先ず時間の余裕がそこまであるわけでもない。馬車に入れ」

「はいっ!」


 随分と情けない様子だが、まあそんな事情があるならば泣き言を言うのも無理はない。……にしても妙に既視感があるな。


 本当にどこかで見たことあるような。




「あ、俺の名前はユノです!」



 ──あれこいつ、主人公じゃね?



 



 

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