第12話 野盗Side

 俺にとってゼノン・レスティナータという存在は、その強さに敬意を評するとともに、薄気味悪い気持ち悪さを感じる者だった。

 ただの野盗でしかなかった俺を治療し、あまつさえ職を斡旋してくれたことに恩義は感じている。その恩義を仇で返すような真似は絶対にしないだろう。


 過去の俺は王都の騎士団に所属していた。

 国民を魔物から、盗賊から守るための誉れある職業だ。

 子どもは一度は憧れる。颯爽と危機を救う正義の騎士に。

 しかしながら俺はそんな願望とは無縁で、自分の剣の腕で手っ取り早く職に就けるから騎士団を選んだ。

 夢も希望もないが、そんなことを言っていられる状況下に俺はいなかった。


 俺には病気の妹がいる。

 治療には高額な薬代と、栄養を付けるための良質な食事が必要だ。


 とはいえ、騎士団所属ならば十分に稼げるはずの金だった。


 ──ある日俺は上司に責任を押し付けられクビにされた。

 どうやら違法薬物を常飲していたらしい。

 俺の部屋からは、あるはずのない薬物の証拠が見つかった。この時点で、同室だった友人が一枚噛んでいたことは明白だった。


 俺は裏切られた。

 証拠不十分で逮捕されなかったのは、上司の微かな良心か。いや、そんなわけないか。

 どのみち過ぎ去ったことであり、俺がその後犯罪に手を染めていたことは何も変わらない。


 俺の境遇を聞いて同情する者は沢山いるだろう。

 我ながら悲惨な人生だと思う。


 だが犯罪は犯罪だ。

 人を傷つけお金をせしめていたことは事実だ。そこに同情の余地はない。

 本来俺は裁かれる立場で。貴族の家で高い給金を貰って家庭教師兼護衛騎士をしているなんておかしな話だ。


 妹は薄々気づいていたのだろう。

 俺が真っ当な商売をしていないことに。だから、貴族家に召し上がられたなんて聞けば喜んでくれるに違いない。


 だがそれで良いのか?

 俺は犯罪者だ。冤罪なんかじゃない。


 そもそもゼノン・レスティナータは一体何を考えている。

 襲った相手を雇う? 正気じゃない。

 

 まだ性善説でできているような甘っちょろい人間ならば説明がついた。

 しかし奴は善悪の区別はハッキリとしているし、時によっては容赦なく他人の命を奪える心持ちだった。

 尚更理由が分からない。


 感覚的な理由なのか?

 奴は自分でも俺を助ける理論を咀嚼できていないような表情だった。


 それでも俺は助かり、妹の薬代や入院費も捻出できるようになった。俺の社会的地位も上昇し、好きなものを食える。


 ──忘れるな。俺は犯罪者だ。

 だからこそゼノン・レスティナータには薄気味悪さを感じる。人間の考えを超越しているかのような。理解の範疇に収まらない感触。


 理解の範疇に収まらないといえば、奴の強さや才能、ひたむきな努力の姿勢をも範疇の埒外にあると言える。


 ハッキリ言って奴は強い。才能もある。

 剣を教えるようになって一ヶ月。


 最初から下地があることも関係しているが、それを加味しても成長速度が尋常じゃない。

 一度覚えたことは体で吸収し、ただ従うだけじゃない……教わったことを自分流に昇華させて挑んでくる。

 

 教える側としては教えやすく、また熱意に満ちあふれているために、教えることに充足感を感じる。

 だがそれも成長速度が異次元ではそうも言っていられない。いつ抜かれるかとヒヤヒヤしている俺がいる。

 今はまだ騎士団としての経験のアドバンテージで何とかやっていけてる。これでも騎士団でも一、二を争う実力だった。そう簡単に抜かせてたまるものか、という思いもある。

 

 教える中で芽生えてきた負けたくない、という感情。

 相変わらず表情筋は動いてくれないが、この生活に楽しみを覚えてきたのも事実だ。

 

 故に、俺も自己研鑽を厭わない。

 俺はあの魔女に何もできなかった自分を許していない。魔法と剣で畑が違う? そんなことは関係ない。

 いつかあの魔女の魔法障壁を剣で切り裂けるように。俺は努力を厭わない。自分より一回りも歳下の少年が、死にものぐるいで努力しているのだ。

 これを見て熱くならない大人はいない。


 ……未だゼノン・レスティナータには、不信感と薄気味悪さがある。

 

 だが恩義と、その努力の姿勢は尊敬に値する。

 いつかその薄気味悪さを払拭できたとしたら、彼の一番槍になって戦いたいと思う。




 その時を俺は、楽しみにしている。



「レイさん? 何ニヤけてるんですか? 気持ち悪いですよ?」

「黙れクソメイド」


 こいつを何とかゼノンの元から引き剥がせないか常日頃から検討している。

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