第15話 入学式前の一波乱

「おー! ここが王立学園か! すっげぇな!」

「……そうだな」


 疲れた!!

 ユノのノンストップトークに付き合っていたせいで、ろくに休息も取れずに馬車の揺れに耐え忍ぶ時間だった。

 馬車も王都も初めてではしゃぐ気持ちも分かるが、同乗者の気持ちも考えて欲しいところだな。

 

 俺は半ばげっそりした顔で窓の外を見る。

 まあ、ユノが興奮する理由も分かる。


 王立学園は、ひたすらにデカイ。

 校舎だけでなく、幅広い分野を学ぶ、という学園の目的から、様々な施設が存在する。運動場、図書館、研究館、学生寮、更には娯楽施設まで揃っている。

 最早王立学園は、一つの街だ。十分にそこで暮らしていけるだけの施設が充備されている。


 これだけでどれだけ王国が王立学園に金を掛けているのか、その期待の度合いが分かるだろう。

 学園を卒業した生徒が、将来国の中枢を担うことになるかもしれないのだ。未来へと投資と考えれば分かりやすいだろうか。


 にしてもやり過ぎじゃねぇか、とたまに思うけど。


「これからここに住むのかぁ。村との生活水準の違いに慣れねぇだろうな」

「環境が変われば戸惑うのは当たり前だ。半年もすれば慣れるだろう」

「慣れるまでが大変なんだっつーの」

 

 ユノが呆れた表情で言う。

 その気持ちは分かる。

 前世じゃ幼い頃は山と森しかない場所で育ったからな。大学で東京に移り住んだ当初は、何もかも新鮮な代わりに不便なことも色々あって大変だった。

 まあ、学園生になればの生活は保証されるし、ひもじい思いをすることも……多分無い。多分。



「さあ、行くぞ。どうせ場所は分からないんだろう?」

「昨日いきなり入学が決まったからな。分かるわけねーわ」

「それもそうだな」


 愚痴を吐くユノを俺は馬車から降りて案内する。

 学園の入口には多くの人がいて列を成している。これに並ぶのは相当面倒だな、と辟易していると、前から学園生の制服を着た茶髪の女性が歩いてきた。

 

「ゼノン・レスティナータ様ですね。それと……そちらの方は」

「あぁ、こいつはユノ。友人だ」

「ユノ……あの、家名は」

「無い」


 その瞬間、ユノを見る女性の目つきが冷ややかになった。俺は眉を顰めつつも、やはり学園に根付く貴族主義はあるらしい、と認識を明確にした。

 と、同時に平民であることだけで線引をしたこの女とな分かり合えないだろう、と俺の中でも線引が済んだ。


「それで、何か用か?」

「はい、私はゼノン様を案内するように言われまして……」

「そうか。頼んだ」

「あの……ただ、そちらの平民は案内する対象に入っておりませんから」


 女はクスりとユノを見て嘲笑した。

 ユノは居心地悪そうに俺と女を見ているが、俺はある意味愕然とした。

 

 ──逆にすごいな!

 俺が最初に友人、と紹介したのにその友人を馬鹿にするのか。俺への言葉遣いから女が下級貴族なのは推測できるが、だからこそ良くもまあ平民というだけで差別できるな。


 俺は微かに笑みを浮かべつつ女に言った。


「ほう? なら俺は案内などいらん。大人しく列に並べば良い話だろう」

「そ、それは困ります!」

「なぜだ? 困るのは貴女だけだろう。俺は何も困ることなどない」

「それは……」


 女は顔を青くして縋るように俺を見る。

 ……あぁ、そういうことか。


「大方、派閥に俺を引き入れようという魂胆なのだろう。案内と称して、貴女が所属している派閥のトップの元へと向かう腹積もりか。まあ、案内は案内だな。

 ──随分、言葉遊びが過ぎると思うが?」

「──ッッ!」

 

 女は驚愕と恐れの含んだ表情で顔を歪めた。

 ……少し威圧したんだけど魔力が漏れてたか。

 やり口が少しイタいか……。口調が最初から矯正できないレベルでイタいんだから、行動はもう少しスマートにいきたいところだな。


 なんてどうでも良いことを考えていると、ユノがポツリと「派閥?」と疑問を呈した。


「あぁ、学園には派閥が存在するんだ。派閥のトップは主に伯爵位以上の、一般的に上級貴族と言われる面々が雁首を揃えている。簡単に言えば、卒業後の政界の縮図だな。学園で箱庭実験をしているとも言える」

「……どゆこと?」


 今一理解していないユノに、俺は女を放置したまま説明をする。


「王立学園に入学できなかった貴族家の長男は貴族学校に進学するが、能力や才のある者は、例え貴族家の長男だろうと王立学園に入学する。つまりは、将来の貴族当主がゴロゴロいるわけだ。その長男坊たちは、将来政界で戦うために仲間が欲しい状況にある。前当主に付いていた貴族たちが、代替わりした後も仲間でいる保証はないからな」

「あー、だから学生のうちに将来こっち側に付いてきてくれる仲間とか後ろ盾が欲しい、ってことか」


 存外理解が早いな。

 ただ知識が無いだけで頭の回転が速いのか。俺はユノの評価を幾分か上げた。……今のところクズ要素が一つもなくて、逆に疑ってる俺の方がクズのような気がしてきた。


「そういうことだ。だから、そこの令嬢は俺に接触してきた。大方派閥のトップに命令されたのだろうが」

「ゼノンってそんな偉いとこ出身なわけ?」

「レスティナータ家は公爵位だ。実質的な貴族のトップに位置する、が……俺は三男坊だし当主は兄が受け継ぐことになっている。派閥が欲しいのは俺という存在ではなく、レスティナータ家という名前だけだろう」

「ほへー」


 そして流し目に女を見ると「ひっ……」と怯えた声で体をビクつかせた。魔力で威圧したのが効いているらしい。

 

 ……にしてもユノは興味なさげだな。

 昨日まで貴族なんて存在に縁などなかっただろうしな。

 

「まあ、そういうわけだ。俺は派閥などに興味は無い、とそちらのトップに伝えると良い」

「くっ……!」


 悔しげな女を尻目に俺は考える。

 もし派閥に入るとしても兄上がいる派閥だな。あそこは安心安全で平穏だから。兄上の人柄の良さを慕って入ってくるような善人が多いし。

 俺が派閥を形成することも考えたが、別に将来政界で戦うわけでもない。却って邪魔になる。

 俺には派閥のメンバーよりも友人が必要だ。

 記念すべき第一号が主人公というのもなかなか面白い話だけど……。


「なぁ、良いのか? 別に俺に気を使わなくても派閥? だっけ。入っても良いんだぜ?」

「そ、そうよ!! 後悔することになるわよ!!」


 遂に敬語を捨て去った女がユノの言葉に同調するように声を上げる。

 ……流石にイラッとくるな。そしてユノは性格が良すぎる。


 俺は苛立ちを隠しつつ女に向かって笑う。


「ははっ、後悔? 後悔するのはどっちだろうな。あぁ……そちらの派閥のトップは、見目が良く気立ての良い令嬢を案内役にしたようだが……人選を間違えたな。俺は友人を馬鹿にしてくるような派閥に入ろうなどとは思わん」

「……」

「ユノ、行くぞ」

「お、おう……へへっ、なんか照れるな」

「……うるさい」


 俺は友人ユノを連れ立って列に並んだ。

 後ろ目に女を見る。

 女は歯を食いしばりながら一心に俺を睨んでいた。


 ……あの顔は平民風情が、とか思ってそうだな。


 それはそうとニヤけるなユノ。俺だって堂々と友人とか言うの照れるわ。ゼノンくんフェイスだから表に出さないで済んでるけど。



「入学式どんなんだろうな、友よ! なあ、友、おい友」

「知り合いに降格させてやろうか?」

「どういう仕打ち!? わりぃって! 老人ばっかで同年代の友達とかいなかったし、嬉しいんだよ」

「……そうか」

「正直いきなり王立学園に入学しろー、なんて言われてビビったし憂鬱だったけど、ゼノンがいるなら楽しみになってきたわ!」

「お前男色か?」

「違ぇよ!!!??」



 入学式が始まる。

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