第6話 運動せねば

 端的に言うと、魔法に狂った。

 そうとしか言いようがない状況に陥った。

 寝ても覚めても魔法のことばかり考える毎日。既存の魔法を覚えるだけでも楽しいには楽しいのだが、この世界の魔法というシステムは、新たに開発することも可能だった。

 複雑な魔法陣を読み解けば、どの場所がどの魔法を司っているのかが分かる。後はオリジナルの魔法陣を組み直し、魔力を注げば完成するという方式だ。


 とは言え、転生したばかりの俺にそこまでの技術はない。オリジナル魔法も実用段階に至らない未熟なものばかりだし、まだまだ覚えることも多い。

 だからこそ楽しい。元来俺は凝り性なんだよ。


「ねー、ゼノン様ぁ。そんなに毎日引き籠もってたら体鈍りますよー? 休み明けに剣術の講師にドヤされますって」

「……剣術か」


 突如として背後に現れたメイドのセレス。

 ニヤニヤしながら放たれたその言葉に、俺は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 ゼノンくんに憑依して、若干の性格が移ったのか、残酷とまではいかないラインの非情になることに躊躇いはない。争いの横行しているこの世界で、俺はきっと人を傷つけることに躊躇いを覚えることはないのだろうと直感的に分かっている。

 ゼノンくんを意識した言葉遣いも、今や違和感はない。

 

 変わってしまったな……。

 あ、ちょっと待ってこのセリフ原作ゼノンくんのイタい語録やんけ。危ない……肉体に引っ張られるのは良いけど、イタいセリフばっか口にしたら結局未来変わらねぇ。

 

 ──それはともかく、元はインドアな俺に剣術はキツイ。人を傷つける覚悟はある。だからこそ、学び、剣を振るうことに躊躇いはない。

 ……恐らく非宣言的記憶から、肉体が剣術を覚えている。恐らくそこらのブランクは知識が必要な魔法と違って無いだろう。

 ……だとしても。


「俺は魔法の方が好きだ」

「いや、好き嫌いとかじゃなくて。旦那様が講師の方にお金払ってるんですよ! お! か! ね! 平民がイッショウ遊んで暮らせるレベルのお金ですよ!! かね!! 無駄にするなら私にその分のお給金上乗せしてください! って感じなので真面目に受けてください」

「あ、はい」


 俺は思わず素で頷いた。

 セレスの青色の瞳はバッキバキに血走っていて、正直めちゃくちゃ怖い。

 平民上がりで、給金のほとんどを家族に仕送りしているのがセレスだ。お金の大切さは身に沁みているのだろう。

 まあ、正論だしそろそろ身体を動かさないとヤバいのも事実だ。丁度良い機会と評して体を動かすことにしよう。


「そうだな……。じゃあ、身体を動かすついでに街に繰り出すとしよう」

「……あのゼノン様が平民の街に……? マジですか」

「何か言ったか?」

「あのゼノン様が平民の街に!!!!??? マジですか!!!!!!!?????」

「……いや、そういう時普通は何でもない、って返すだろ」

「え、何言ってるんですか」

 

 異世界に日本のテンプレは通じないらしい。

 スンッと無表情になった顔が忙しいメイドに、俺の心もスンッとなる。

 にしてもわざわざクソデカボイスで軽くバカにはしないと思うけどな。稀有だろこのメイド。

 

「……別に気まぐれで街に行くことだってあるだろう。生憎と俺の顔は割れてないし変装せずとも叱られん」

「あー、三男のお披露目って学校入学と同時なんでしたっけ?」

「そうだな。士官学校や貴族学校に入学する予定ならもうお披露目しているが、俺は王立学園志望だからな。お披露目はまだだ」


 王立学園に入学することは、貴族であっても並大抵なことではない。我がレスティナータ家は寧ろ王立学園に入学しないという選択肢が存在しないからノホホンとしているが、普通の貴族は受験の難しさに絶望して軍志望の士官学校か、貴族家当主となるための勉学や見識を積む貴族学校に入学するのだ。

 まあ、ここまで高等教育を受けさせるのもレスティナータ家が代々ずっと王立学園卒業、という箔を付けさせるためだろうな。

 その点俺はすでに王立学園の受験勉強をカメラアイで終わらせているし、全く問題ない。


 魔法の勉強と並行してこの世界の常識や、王立学園へ行くための受験勉強をしていたのだ。そうでもしないと詰む。


「王立学園ですかぁ。私にはさっぱり想像もつきませんねぇ……。遠い世界って感じです」

「安心しろ。三年後には近い世界になってる」

「ほむ?」


 疑問符を浮かべたセレスが、可愛げな効果音とともに首を傾げた。  

 ……あぁ、ゼノンくんアホツンデレだから言ってないのか。


「俺は王立学園の付き人にセレスを指名する予定だ。最早確定だが」

「え!? そうなんですか!? めっちゃ初耳なんですけどぉ!!?」

「良かったな。給金も上がるぞ。今の4倍くらいにな」

「……へへっ、やっぱさすがですよぉ、ご主人様ぁ」


 急に揉み手で擦り寄ってきたセレスに、調子のいいアホメイドだな……と思いつつ、俺は歴史の変わる音を聞いた。

 本来であれば、付いてきてほしいと言い出せなかったゼノンくんが周りを買収してマッチポンプ&軽い脅しでセレスを連れて行くはず。……いや、ドクズか。

 これもガイドブックに載っていた情報だが、なんで本編で語られていないエグいシーンをピックアップして載せているんだ……。ガイドブックというより絶望ブックにチカイだろ。


「さて、では街に行ってくる」


 頃合いか、と部屋を出ようとした瞬間、俺の袖がクイッと引っ張られた。


「ちょ、ちょ! 何一人で行こうとしてるんですか! 護衛もなしに主人を外に出したらクビにされますよぉ!」

「……なるほど、面倒だな」

「まあ、私が一緒に行けば大丈夫です。デートですね!」


 紫紺の髪を耳にかけて、妖艶に微笑むセレス。

 しかし、口元がニヤけている。からかう気満々だな。


 勿論そんなセレスにしてやられるわけにはいかない俺は、ふっと笑って言い放つ。


「ふっ、子守の間違いだろ」

「あーーー!!!! ひどい!!!!!」

「ほら、さっさと行くぞ」

「むぅぅ……」


 むくれた顔は不覚にも可愛いと思えた。

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