第7話 原作との乖離

「随分賑わっているな」

「休息日ですからね〜。この街は王国内でも3本の指に入るくらい栄えてるんですよぉ」

「まあ、父上が統治している街だしな。当然か」


 作中でも冷たい印象を与えていたゼノンくんパッパだが、その実、戦闘能力や統治能力は凄まじく、当時それほど栄えていなかった街を繁栄させた立役者なのだ。

 原作ゼノンくんは是非とも見習ってほしかったな。


「当主さま、すごいですよね〜。私の母も当主さまが当主さまになった時……あれ、なんか混乱。……ともかく、当主さまが来てからすごい住みやすくなったって言ってました!」

「だろうな。当主になることはない俺でもその凄まじい手腕は理解できる。……そして兄様も当主としての才をお持ちだ。俺にはない、な」

「そうですか? ゼノン様も何だかんだ良い当主さまになりそうですけどね!」


 俺はセレスの言葉に気圧された。

 混じり気のない純粋な笑みでこちらを見るセレスの表情には、おべっかだったり嘘は感じられない。そもそも図太いセレスはおべっかを言えるタイプじゃないだろう。

 本気で言ってるからこそ反応に窮する。セレスの知っているゼノンと俺は違うのだ。


「……体も動かさず魔法に明け暮れる男が当主になれるわけないだろう」

「確かに!!!」

「おい」

「はえ?」


 ……こいつ。素直が美徳とは言うが、素直すぎてもただ失礼なだけだな……。まあ、それもセレスを気に入ってるポイントなんだけど。


「あ!! 美味しそうな串焼き屋さんありますよ!」


 今にも涎を垂らさん勢いで串焼きの露店を指差すセレス。確かにタレの良い香りと、肉の焼ける小気味いい音が食欲をそそる。

 俺はキラキラ瞳を輝かせるセレスにため息を吐き、露店に向かった。


「串焼き二本」

「あいよ。銅貨6枚な」

「釣りはいらん」


 銀貨を1枚ポイッと渡して、俺は若干テンションの上がった店主から串焼きを貰った。

 今の一連の流れは前世の価値観のある俺からしたら寒気のするテンプレだが、こと異世界の価値観に際した場合、こうしてチップを渡すことはかなり重要なのだ。

 サービスや商品の質。ここは日本と違って良心的ではない。騙される方が悪い、という考えも平然と横行している。

 多少のお金に色目をつけて、面倒事を回避できるならそれに越したことはないのだ。


「ほら、受け取れ」


 目を点にしてるセレスに串焼きを渡す。

 すると、みるみる瞳が輝きに満ち、満面の笑みのまま彼女は頭を下げた。


「うわぁ……ありがとうございます!!! 露店の串焼きなんていつ振りだろう……ふふふ。……はむ、はむ……はふっはふっ……美味しい……美味しいです!!!!」

「良かったな」


 こんなことで喜んでくれるなら主人冥利に尽きるだろう。……やっぱ素直は美徳かもな。


「ところで、もう一本欲しいです!!」

「素直じゃなくて強欲の域」

「もぅ、失礼ですねぇ。がめついと言ってくださいよ」

「なぜ言い方を悪くした……?」


 このメイドの価値判断基準が分からねぇ……。


「まあ、良い。気を取り直して鍛冶屋に行くぞ」

「鍛冶屋、ですか? 剣でも新調するんですか?」

「そんなところだ」

「ほへー」


 ……折角異世界に来たから行ってみたいとか言えない。

 剣や防具は一種の憧れだ。ドワーフやエルフだって、調べたところこの世界に存在する。

 存外俺はミーハーだ。決して誰かに言えないが、微かな願いくらい叶えても誰も文句は言うまい。

 

 そんなわけで近くにいる人に聞きながら、俺たちは腕のいいとされる鍛冶屋へと向かった。

 



☆☆☆


「おぉ……」

「あからさまに剣を見てテンション上げるゼノン樣可愛い」

「何か言ったか?」

「あからさまにテンション──!!」

「分かった分かった!! もう良い!」


 セレス相手にまともな回答を求めるのはやめよう。

 それはともかくテンションが上がっているのは本当だ。


 残念ながら人間の鍛冶師だったが、彼の打った剣はどれも良くできていた。

 ……剣の見利きがまだできないから主観でしかないが。

 鑑定なんてものがあれば便利だが、生憎と俺にそんな技能はない。


「ほへぇ、朝露の剣。装備時、水魔法の適性を微上昇ですかぁ……。これ魔剣ですねぇ」

「──は?」

「ん? どうしましたぁ?」


 サラッと隣でセレスが呟いた文言に、俺の思考は一時停止した。……しっかり止まって左右確認……じゃなくて。

 


「──お前、鑑定持ちだったのか?」

「言ってませんでしたっけ」

「言ってないな。恐らく」

「んー、まあ最近になって得たんですけど、不思議ですねぇ……」


 ……どういうことだ?

 原作のセレスにそんな技能はなかったはずだ。

 全てのキャラの能力が記述されている公式ガイドブックでも、セレスは能力無しだった。後天的に芽生える可能性があるとはいえ、原作に無い技能を持っていることは確実。


 俺はここに来て現れた原作との乖離に頭を悩ませた。

 ……おかしい。いや、原作アニメの世界……だが、俺にとって、セレスにとってもここは紛れもなくだ。

 ──そう言い聞かせたくても、俺が今までアニメの設定を絶対の指標として置いていたことは事実だ。

 

「これはマズいな……」


 こうなってくると主人公くんでさえもどうなっているか分からない。いや、あの腐った性根が改善するとは思えないな。一先ず放っておこう。

 

 ……切り替えよう!

 今はただゼノン・レスティナータとして藻掻くしかないんだ。


「……出ようか」

「え? 良いんですか?」

「あぁ。……美味いものでも食べに行こう」

「おぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「……うるさいな」


 俺はため息を吐いて進む。

 進む。俺は俺の道を進む。



 ……このクソメイドに奢りたくねぇな。



ーーー

次回で街デートは終了です。

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