第5話 主人の変化 Side セレス

Side セレス

 

 私の主人は冷たい。

 平民蔑視は当たり前。暴言舌打ちも日常茶飯事。

 たぶん所謂クズ貴族。それがうちのご主人様です。


 私だってガラスハートですし〜?

 傷つくようなこと言われればムカつくし、メンタルだってどんどん削れていきます。

 

「おはようございます☆」

 

 ってキャピッ☆て挨拶したのに「……チッ」の一言だけとかメンタルゴリゴリ削れますって!! 

 私は虚空に挨拶したんじゃありませんよ!? 人に挨拶されたら挨拶し返すとか誰にでも習いますよねぇ!!

 

 まあ? 私は優しいですし?  

 二歳歳下ですから、生意気な小僧だと思えば許すこともできますよ。私は寛大ですからね。


 やーい小僧、小僧。


 やれやれ。

 思春期拗らせたクソガキの相手も難しいですねぇ。

 

 あ、別にご主人様のことは嫌いじゃないですよ。好きでもないだけで。旦那様の金払いは良いし、まあ仕事なら我慢できるかなぁ……的な。

 だから私の素を出さないように心がけていたし、どれだけ無視されても一応丁寧な言葉遣いをしていました。


 旦那様の金払いが良いので!!!!

 クビにされたら故郷のママパパに仕送りできませんし!!


「……ふぅ、お貴族様も難しいですね」


 正直、ご主人様の境遇については……まあ、ドンマイと。

 兄のガノン様は良くできた人格者。父は感情を表に出すことが苦手なひっじょぉに分かりづらいツンデレ。

 

 優秀な兄がいる劣等感と、分かりづらい父の激励に気づかず不満を溜め込む……という構図。

 何も関係してない他人が傍から見れば、それなりに恵まれてる環境ではあるんですよね。当本人にそれを自覚しろ、って言うのはめっちゃ酷ですけど!!!!

 

 貴族の重圧なんてものは私にはサッパリですけど、まあ、色々ありそうですよね。そこのケアをするつもりはありませんが。

 私、お給金以上のことはしない主義なんで!!

 定時で上がりたい!! 住み込みだけど!!




 そんな日々を過ごしていた私ですけど、余りにも無視され舌打ちされが続いたからか、沸点の低い堪忍袋がプッツンしちゃいまして。


 やっちまったと思いながらも言ってしまったんですよね。


 ある日旦那様からご主人様を呼ぶように言われて、ノック後すぐ入室。この時点で私はかなり不満が溜まっていたと思います。


「兄上とお前といい、どうしてノックの後に入室の確認をしないんだ?」


 そしてこの言葉。

 すっっっごい久しぶりにご主人様が私に話しかけたものですから、復讐するなら今がチャンスと──


「はっははー、礼節ってのは目上か尊敬する人じゃないですかぁ。必要ない人もいるんですよね」

「は?」


 ──こんなトチ狂ったこと言っちゃったんですよ。

 普段なら絶対こんなこと言わないですからね!?

 ちょーっと不満が溜まっちゃって爆発しただけで!!!


 あらやだご主人様すっごい冷たい目!!

 濡れちゃう!! 目が!!


「そんな怖い顔をしないでくださいよぅ。冗談ですって」


 この日のわたしは無敵の人でした。

 真摯に謝罪することなくヘラヘラと誤魔化す。


「……まあ良い。何の用だ」


 ──怒りもしないし舌打ちもしない!?!?

 あれこれ本当にご主人様!? 入れ替わった偽物だったりしない!?

 いや、普通こんなこと言ったら普段のご主人様ならキレるか無視ですよ!!


「……っ。そ、そうですねぇ。旦那様が呼んでいますよ? と伝えに来ましたー」 

    

 私は動揺を隠して本題を伝えます。

 この狼狽えがバレてなきゃ良いですが。


「そうか。すぐ行く」

「了解でーす。部屋の前で待ってますね」

「あぁ」


 ……二度ならず三度、四度も返事を……。

 おかしい。ご主人様と会話が成り立ってることそのものがおかしい!!!!

 いや、自分の主人を珍獣扱いするのもどうかと思いますけどね。我ながら。




☆☆☆



 ご主人様が旦那様とお話を終えた頃、ご主人様は廊下で何かブツブツ呟いていました。

 また叱責されて不満を漏らしているのでしょうか。でも、今の変なご主人様なら何か違うことを考えている気がする……というのは高望みなんですかねぇ。


「理解した」


 ふむ、と何か頷いているご主人様。  

 気になった私は思わず背後から声をかけてしまいました。


「──何を理解したんですかぁ?」

「……お前一々背後から話しかけるの癖なのか?」


 ……おぉ、また言葉を返してくれた。

 これは奇跡……っっ。


「癖なんですよ、気配消すの。なんちゃって☆」

    

 また私はおちゃらけてみます。

 相も変わらず冷たい瞳ですが、その瞳はどこか暖かく呆れがほとんどを占めているような気がしました。


「何のお話だったんですかぁー?」 


 私がそう聞くと、意外なことにご主人様は素直に答えてくれました。


「最近の授業態度に関する叱責だ。もう少しレスティナータ家としての振る舞いをしっかりしろとのこと」


 ……あー、いつものお小言ですね。ご主人様が不満を溜め込む原因。    

 あれはあれで分かりづらいツンデレなんですがね。

 私は普段こんなことしない……所謂お給金以上のお節介をします。


「……旦那様のこと嫌わないでくださいね。ああ見えて──」

「分かっている。忙しい中わざわざ俺のために時間を取ってくれたんだ。どっさり書類の溜まっているテーブルを見れば否が応でも分かる。俺のことを何とも思ってないなら何も言うまい」


 ──私は思わずご主人様……ゼノン様の顔をまじまじと見てしまいました。

 本当にこの人ゼノン様!? 入れ替わった偽物……偽物ですよぉ! この人ぉ!!!


 ……いえ、冗談はともかく、ゼノン様は何か変わりました。

 会話に温かみがありますし、私に向ける視線も蔑視ではなく信頼……のようなもの。  

 ここまで短期間で劇的に変わるのも謎ですが、人生は些細なことで何が起きるか分からないものです。ゼノン様にとって何か重要なことがきっと起きたのでしょう。

 そしてその変化はゼノン様にとっても私にとっても良いことです。


 ……私もこのゼノン様なら……。


 私は思い切って素を出してみることにしました。



「ゼノン様……何か道端にあったヤバいキノコでも食べましたぁ?」

「クビにするぞクソメイド」

「わぁ、だぁ!」

「どういう意味だよ……」


 ご主人様ではない、

 

 ……何だか上手くやっていけそうです!

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