第20話 視線
──今日からいよいよ学園が始まる。
この二週間はいつもと変わることなく魔法の修練と、レイによる剣術指南を受け、自己研鑽を積み重ねた。
今更日常を変えるつもりはないからな。習慣というのはやめようと思ってもやめられないものだ。
特に魔法が好きな俺の場合は殊更に無理。
ただいつもと違うことと言えば──
「おぉー! でっかいですね、学園!」
「はしゃぐなクソメイド。俺たちは従者なんだぞ。常に冷静でいることが求められる」
──セレスとレイが従者として学園に付いてくることだろう。
相変わらずコントのようなやり取りを繰り広げる二人は、傍から見れば痴話喧嘩に見えるが、微塵もそんな甘い空気がないことを俺は知ってる。
普通に険悪っちゃ険悪だからな……。逆に仲良いな、とは思うけど。
「えー、そんな堅苦しくしてもダメですよぉ。それに、レイさんは護衛ですけど、私はメイド兼お世話係ですからね。主人の心を癒やしたりするのも私の役目なのです!」
ふふんっ、と胸を張るセレス。
透き通るような青色の瞳には、自信しか浮かんでいない。
だから俺は冷静に一刀両断した。
「いや、別にお前にそういう役割を求めていない」
「がーん!!」
馬鹿が近くにいると清涼剤になるからな!
難しく考えすぎなくて良い、というのは存外に助かるものだ。セレスはその点、会話に神経を使わないし。
悲壮な表情を浮かべたセレスは、唇を尖らせつつ愚痴を吐く。
「だって、ゼノン様私にお世話させてくれないじゃないですかぁ。着替えだって自分でしますし、紅茶だってゼノン様淹れた方が美味しいですし」
……まあ、それは仕方ないんだよ。
前世日本人の価値観と羞恥心から、誰かに着替えさせるのは申し訳ないし恥ずかしい。
とはいえ、一つの仕事を奪っているわけだからな。そこに関しては悪いと思っている。
「時間があった時に自分で淹れてるだけだ。セレスが淹れた紅茶も飲まないわけじゃないだろう」
「違うんですよぉー! メイドのプライドとして、紅茶くらいは美味しく淹れたいんです!」
「そこは精進あるのみだ」
練習してるんですけど、どうにも上達しないんですよねぇ、とボヤくセレスに、レイは視線を向けて鼻で笑う。
仲良くしろとは言わないが険悪なのも考えものだな。
セレスは無神経だが、あれで良く考えている。
レイはレイで出会い方がアレだから、セレスのことが気に食わないのも無理はない。
──さて、しかし今はレイの言う通り冷静でいることが求められる。
「──お前達。気を引き締めろ。背筋を伸ばせ」
その一言で、レイとセレスは無表情で俺の半歩後ろに付く。先程までの和気藹々とした雰囲気は消え失せ、貴族の従者として付き従っている。
俺の目線の先には学園の門があり、大勢の生徒たちが行き来していた。
中でも俺たちは異様な雰囲気を放っていた。
まずもって、レスティナータ家の家紋が入っている馬車から出てくる。それだけで注目を浴びる。
すでに歩く俺たちには様々な色の籠もった視線が飛び交っている。敵意を抱く視線も複数見受けられた。
レスティナータ家は公爵家だ。
しかし苛烈な貴族としても有名である。当然、敵対貴族なんて無数にいるわけだ。大方視線の正体は、敵対貴族の令息か令嬢。
三男だろうがレスティナータ家を背負っている以上、睨まれるのは仕方のない話か……。容赦はしないけど殺伐とした日々を送りたいわけじゃない。勘弁してくれると助かるんだけど。
「私達はここで。では、ご武運を祈ります」
「何かあればこの魔道具を使うと良い。すぐに駆けつける」
セレスからは珍しくまともな激励を。
レイからは鈴状の魔道具を貰った。鳴らすとレイに位置が伝わる特殊な道具だ。
「あぁ、頼んだ」
俺は声をかけて踵を返す。
目指す先は学園の教室。
在籍人数の多さから、前世の学校のようにクラス分けがされている。しかし、よくある実力順のクラス分けはされていなく、完全にランダムだ。
ここだけは平等を謳っている真の点だが、何かしらの忖度が働いている以上、意図的な部分がありそうなものだが。
少なくともユノと同じクラスだったら良いな、程度の感情しか湧かない。
一体同級生はどんな人たちなのか。
同じ早期入学制度を使用した生徒の実力。
それらを気にしながら歩いて、俺は教室に辿り着いた。
──扉を開ける。
「…………」
その瞬間、無数の目線が俺に突き刺さった。
扉を開ける前は人の声で溢れていた教室は、俺が入るや否や水を打ったように静まり返っていた。
──魔力とは感情だ。
魔力の質を見れば、ある程度は相手の感情を読み取れる。
微かに瞳を強化したところ、あからさまな侮蔑を浮かべている者が数人。怒り、憐れみも複数人。
そして何人かからは興味、期待のようなものが感じられた。
いずれにせよ歓迎はされていないようだ。
……さて、なぜか。
未だお披露目をしていない俺の情報は非常に少ない。
レスティナータ家の三男であることは伝わっているだろうが、他の情報を外に漏らした記憶はない。ゆえに、警戒や侮蔑を受ける謂れがないのだ。
だが現に厳しい視線を受けている今、何らかの情報が漏れているとみて間違いない。
そしてこの場合の情報は──
──なるほどな。
俺が早期入学制度を使用したことが気に食わないのか。
簡単な話だ。
彼らは15歳の時分に厳しい入学試験を突破してここにいる。
対して俺は試験を要せず12の歳でこの場に立っている。
教員にすら俺たちの実力が知れ渡っていないのだ。殊更に一般生徒には情報が行き届いていないだろう。
つまりは、何らかのズル、またはコネを使っている……と疑い、あるいは確信を抱いている。
まあ、仕方のない話だ。
俺だって校長と出会わなければ普通通り15歳で入学していただろうし、自分より年下の奴が試験もしないで入学していたら怒る気持ちも分かる。
そして別に俺はそんな視線など気にしない。
故に、問題ない。
俺は視線を無視して指定された座席に座る。
絶えず俺には厳しい視線が刺さっていた。
はて、俺以外にも早期入学制度の使用者がいるだろうが、まだバレてないのか?
俺はある意味有名だからな。
貴族の間で年齢と名前くらいは知られているだろうし。
そんなことより、だ。
俺が先程瞳を強化した際、明らかな強者が一人いた。
窓辺に座る女子。
腰まである銀髪に、透き通るような碧眼と琥珀色の瞳。
俗に言うオッドアイ、というやつだが。
……なるほどな。
分かった。彼女がもう一人の早期入学制度の使用者だ。この場にいる者に比べて1段抜けている。
俺は彼女のことが気になった。
原作にもいない。だが明らかに存在感がありすぎる。
俺を見ても尚、興味を示さなかった彼女には逆に俺の興味を引く要因になった。
俺は席を立つ。
再び視線が集まるが……俺の一挙手一投足に興味を示すな!
暇なのかお前ら。
視線を無視し、俺は窓辺に座る彼女の前に立つ。
彼女は自分の視界に影が写ったのを見て、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。
そして不意に──
「ナンパはお断り」
「違う」
無表情のまま手でバツ印を作って答えた。
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