第36話 宣戦布告

 対抗戦前の期間は、お互いの実力を確かめ、本番にどう動いて連携すれば良いのかを計るものだった。

 結果として精神的な相性は悪いものの、戦闘の相性は比較的マシだった……と言えれば良いのだが。


「揃いも揃って後衛しかいねぇ!!!!!」


 アノイが叫んだ。

 その通りである。俺たちのチームには前衛がいない。

 あれ、アノイはバリバリの前衛じゃない? と思ったそこの方。それは俺も疑問に思っていたが……。


「俺は身体強化も秘匿魔法も応用して、前衛として悪くないレベルまではできる。だけど、基本は秘匿魔法の防御を軸とした後衛なんだよ。決闘で前衛に回ったのは、てめぇが明らかな後衛だったからだ。そういう奴は得てして前衛に対する防衛知識が無いし、初手拳で試して……次第で後衛に切り替えようと思った。……が、最初の攻防で明らかに後衛勝負じゃ勝てねぇと思ったからな。そのまま身体強化で戦ったまでだ」


 ま、とはいえてめぇとの決闘の時に拳が俺の土俵だったのは間違ってねぇけど、とアノイは自嘲げに呟く。

 拳で戦う後衛か……なかなか面白いな。

 実際問題あの決闘でアノイが後衛になっていれば俺は間違いなく圧勝していただろうし、拳に切り替えて戦った判断は英断と言える。

 前衛として悪くないレベルと言っておきながら、格闘術は高いクオリティとセンスを誇っていたし、多方面に手を伸ばしつつ前衛……いや、前衛と後衛の間くらいのポジションを取っていたのか。

 

「オールラウンダーでも目指しているのか?」

「まあ平たく言えばな。手の内は明かしたくなかったし、俺が本当は後衛だってことは言わないでおこうと思ったが……まあ、チームで戦う以上は仕方ねぇ」


 アノイは半ば諦めたように薄く微笑んだ。  

 しかし、現段階で大多数の者がアノイを前衛だと思い込んでいるのは、状況によって武器になる。

 

「うーん、あたしもバリバリの後衛だしなぁ……。ゼノンはどうなの?」

「一応剣は師事しているが……まだ形にはなっていない」


 うーん、良いか。

 今回は連携点を求めるし、前衛後衛に重きを置きすぎるのも良くない。


「分かった。前衛は俺がやろう。アノイは後衛に回りつつ、適宜前に出て補佐を。ヴィヴィーは後衛から魔法を撃ち込んでくれれば良い……いや、待て。ダメだな」


 俺はアノイをジッと見つめる。

 んあ? と呆けた顔をするアノイに、俺は珍しく微かに微笑んで言った。


「作戦変更。ヴィヴィー後衛、俺は補佐。アノイ、お前は完璧な最前線だ。頑張れ、肉壁」

「はぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?!?!?!?」



 こうして肉壁が誕生した。





☆☆☆



 ──対抗戦の日がやってきた。

 クラス対抗戦ではあるが、上の学年も同日に行うため、体育競技を行うグラウンドには大勢の生徒たちがいた。

 クラス順、というよりはチーム順に集まり、開会式の時を待っていた。


 開会式では校長不在で教頭が挨拶……というのが通例だが、すでに教員席では校長の姿が見えた……退屈そうだが。

 自惚れではなく間違いなく俺の存在あってのことだろう。……案外ゼロに言われたから……というのも可能性としてはあるが。

 だが興味がないことにはとことん無視をするタイプだ。少なくとも今年の対抗戦は興味が引かれた、という認識でいいだろう。


「あの校長がいると何かやらかしそうだが……、まあ挨拶だけだ。問題ないだろう」


 俺は一人で頷いて納得、というよりは暗示をかけていた。散々な目に遭ったからか、ノヴァに関してはやらかす気配しか感じないのだ。

 

「よっ、ゼノン」

「ゼノン、おはよう」

「あぁ、おはよう。お前達のチームも仕上がっているようだな」


 声が掛けられ、振り向くとユノとパトリシアがいた。

 二人とも目に隈を作っているが、調子は良さげだ。最初の二日間を無理したのだろう。


「なあ、ゼノン。クラス対抗戦ってことは俺たち一応仲間なわけだろ?」

「そうだな」

「でもさ、それってつまんなくね? 俺は誰にも負けたくないと思ってる。ゼノンにもな。だからさ、パトリシアと話して決めたんだけど──」

「「──最終連携ポイントで勝負」」


 ユノとパトリシアは、不敵な笑みを浮かべてビシッと俺を指差す。掲げるは宣戦布告。自身溢れ、誰にも負けないという強い意志と、これからの戦いへの闘志。


 気概もある。実力もある。

 どこにそんな宣戦布告を受けない臆病者がいるというのだろうか。


「望むところだ」


 だからこそ、その一言のみを返す。

 言葉は不要だ。あとは結果で示す。


 ユノとパトリシアが去った後、俺は笑みをこぼしていた。


「……何をする」


 そんな俺の頭を、呆れた表情で見ているアノイが叩いた。


「何勝手に勝負してんだよ」

「……勝負は受けたが、だからといってお前達に無理を強いるつもりはない。あくまで練習したことを生かして、全力で挑む。結果で雌雄を決せば良い」

「違うんだよなぁ、ゼノン」


 チッチッチッと指を振って、ヴィヴィーはやけにニヤけ顔で。アノイはユノとパトリシアのような不敵な笑みを浮かべて言った。


「「──あんなの聞いて燃えないわけがない」」


「ふっ、奇遇だな。俺もだ」


 アノイはともかくとして、あのヴィヴィーがやる気を灯してくれたのは嬉しい限りだ。練習では何かに追われたように全力で尽くしていたし、この対抗戦でも熱い闘志が見えていた。


 一体何が彼女を変えたのか。








「……成績優秀で卒業しないと貴族の嫁……優秀で卒業しないと貴族の嫁……成績優秀で卒業しないと貴族の嫁……結婚したくない働きたくない」


 なんだ実家に脅されただけか。

 





ーーーーーーー

ヴィヴィーの内心「俺は貴族をやめるぞぉぉ!!パパぁぁぁあああ!!!」

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