第37話 伝統破壊の対抗戦
どうにもこうにもあの校長を見る度に嫌な予感がしている。虫の知らせとでも言うべきそれは大抵当たっている。
そもそもが俺を渦中に引きずり込んだ原因があの校長だ。結果的に俺がより強くなるために最適だったとはいえ、幼気な少年に固有魔法を撃ち込む時点で頭がおかしいとしか言いようがないだろう。
「諸君。例年、対抗戦は1チームずつ勝ち抜き戦で行っている。教師どもは伝統だのあーだこーだ言うが、実につまらないと思わないか?」
校長の挨拶は、そんな問い掛けと共に始まった。
俺と話す時とは違う、余所行きの口調だ。ある種、見た目にそぐわない威圧感と口調がマッチしているため、然程違和感はない。
ただ、その挨拶の切り口によって、俺の嫌な予感はますます大きくなる。
生徒たちにもざわめきが広がり、不安げな表情で辺りを見渡している。
「時間的にも、仕組み的にも非効率だ。正しく実力を測ろうと言うのならば……殊更にチームの連携を測るならば……そうだな、混戦や乱戦で光ると私は考える」
その瞬間、校長がニヤッと俺を見て笑った。
あからさま過ぎる贔屓だな、と苦笑しつつ、俺は校長の言い分には納得すべきだと感じていた。
確かに、チームとしての連携、という意味合いでは1チームずつ戦うことは非効率であり、試験の目的には即していないだろう。
実戦であれば、急拵えのチームで挑むことになる。そしてチームで挑むということは、単体では敵わない相手──敵も複数人であることが多い。
例えば大規模な盗賊討伐の際などが挙げられる。
この試験が、それらを測る目的でいるならば、確かに1チームずつ戦うのはおかしいだろう。
「あー、そういうことか。確かに行儀良く決闘方式の1チーム対1チームで戦うのはおかしいわな。一理ある」
「え、どういうこと? そういうルールじゃないの?」
アノイが納得したように頷くが、どうにもヴィヴィーはピンときていないようだ。
「あぁ、それが伝統だった。魔法学園は基本的に実戦を想定した試験や知識を学び、見識を広げる。この試験の目的は、急拵えのチームでどれ程連携を取ることができるか。しかし、俺たちには3日間の猶予が与えられた。その意味が分かるか?」
「大体、盗賊だとか悪質な宗徒を討伐する際の猶予か。チームアップから3日くらいで実戦だったはずだな」
「ってことは、相手はかなり大規模な集団だから、混戦とか乱戦じゃないとおかしいってこと?」
俺は頷く。存外ヴィヴィーも理解が早い。
簡潔に言えば、実戦を主としているならこの試験は目的に反している、ということだ。
この指摘には、堪らず教師たちは苦い顔をする。自覚はあったのだろう。しかし、伝統という言葉に踊らされ、革新を留まった。その結果、伝統に殉ずるだけの意味のない試験が出来上がってしまった。
「ちなみに伝統だった、って過去形にしたのは何で?」
ヴィヴィーの問い掛けに、俺は小さく苦笑して答えた。
「あの校長が動いた。公共の場で、問題に切り込んだ。それが意味することは革新だ。校長には、伝統を過去にしてしまえるだけの力がある」
……あの地獄耳、聴こえているな。
何らかの魔法でも使ったのか良く分からないが、現に俺の方を見ながら笑みを深める校長の姿があった。……俺の予想が合っている裏付けになると考えれば良いか。
「故に、今回の試験は色を変え、全チームのサバイバル戦にする。ルールは簡単だ。最後まで立っていたチームが勝利する。それに付随して、我々教師陣が連携の採点をし、勝利ポイントに加点する。まあ、伝統も少しは残してやろうという私の心優しい配慮でな、勝利するだけでは勝てない仕様になっている。各々が連携をしなければ、優勝は叶わない。そして、連携の採点基準は秘密だ。この言葉の意味を良く考えてほしい。以上」
校長はそれだけを言うと、壇上から降りて教師陣の席へと戻った。そこに駆け寄るご立腹の教頭ことゼロ。
後でゼロは叱るのだろうが、まあそれで校長が反省するわけもない。いつものメスガキを発揮しつつのらりくらりと躱すに違いない。
「つまりは乱戦を前提とした勝ち残り戦か。燃えてくるじゃねぇか。単純な勝利もポイントに反映されんなら、尚更やる気も出る」
「だが、連携が重要視されるのは間違いない……が、それだけではないな」
俺は少し引っかかる言葉があった。
いや、誰でも引っかかるような言葉を選んだのだろうが、それを解き明かすには判断材料が少ない。もう少し思考する時間が欲しいのもあって、俺は先を聞こうとするアノイを制し、試験へと臨むことにした。
試験の場は変更され、魔法の演習等で使用される森の中になった。
校長によって拡張魔法が使われ、外部から見た森の面積よりも何倍も広い。これなら上手くバラけることもできるし、より綿密な作戦が練りやすいだろう。
「良いか。最終確認だ。作戦は最初に立てたもので変わりない。アノイが肉壁。俺は中〜後衛の補佐。そして完全後衛のヴィヴィーだ」
「肉壁言うのやめろ」
「あたしが後衛なのは……まあ、文句ないけど。肉壁は大丈夫なの?」
「せめて名前で呼べや」
「行くぞ肉壁、ヴィヴィー」
「お前ら許さねぇ!」
そんな茶番を披露することで、緊張を解きほぐす。
アノイもヴィヴィーも変に肩に力が入っていた。実力を発揮するために必要なことは、平常心と自制心だ。笑いはそれを取り戻す一番の手段だと思う。
俺たちはいつも通りに、さも通学路を通るかのように森へも足を進めた。
────対抗戦、試験開始。
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