第12話
そんなに長い時間離れたつもりはないのだが、制服でプール掃除に戻ろうとすると、終わってしまったようだ。
戻ると、せっせとプール周囲を駆け巡りながら水を流している萌奈さんの姿が見えた。
「浩介、お疲れ様。俺、そんなに長かった?」
「いや、普通に水を流すのが遅れていただけだったぞ?」
「なるほど。そういうことか」
萌奈さん、暇とか言っていた割にサボっていたのが露見したらしい。
今一人で頑張っているのは、自己責任だな。
そういえば、鹿波さんの姿が見えない。
すると、鹿波さんがウィッカーバスケットを手に持って現れた。
中身は見えないが、お菓子っぽい甘い匂いは隠しきれていない。
「あ! 待ってよ、みんな! あたし終わってないよ!」
プールを
鹿波さんがプール隅に用意されたパラソル付きのテーブルに置いて風呂敷を広げると、幾つかのマフィンが入っていた。
全部で十二個あるので、二個ずつで等分できる。
「食べていいか?」
「本当は萌奈を待ちたいんだけど、元々労うためのものだしね。どうぞ」
「やったぜ」
「あ、でも待って」
千里がマフィンを手に取ろうとしたら、何故か鹿波さんが声をかけて手を止めさせた。
「先に謝らないといけないことがあって、萌奈がふざけて一つにだけ辛子を詰めたの」
「おお、ロシアンたこ焼きみたいなもんか。面白いな」
俺も面白いとは思うけど、せっかくのお菓子だし辛いのには当たりたくないな。
「えっと……伊織くんは辛いのって苦手じゃない?」
「大丈夫」
俺にだけ聞くということは、他のみんなも平気なのだろうか。
答えているうちに、みんなが急ぐように二個ずつマフィンを取っていった。
残りの四つの中から二つ選ぶことになった俺は、手を伸ばし直前で止まる。
一個だけ、マフィンを巻くカップ紙に折り目が付いているのが残っている。
萌奈さんの言っていたヒントとは、辛子が入ったマフィンの当たりのことだったんだろう。
「伊織、迷っていても当たる時には当たるもんだぜ?」
「ああ」
迷っているように思われてしまったらしい。
萌奈さんの自業自得で済ませることもできるけど、萌奈さんが辛いもの苦手かもしれない。
何となく可哀想だと思って、わざと辛子の入ったマフィンを手に取った。
鹿波さんが目を見開いたのが視界に入る。これが当たりって気付いているのか?
「えぇー! ふぇー! みんな食べちゃった?」
丁度、ホースを片付け終わった萌奈さんが戻って来る。
残り二個しか残っていないマフィンを確認して冷汗をかいたように見えたが、折り目がないことを確認して
しかし、俺の皿を見て
「それじゃあ、いただきます」
全員取ると同時に食べ始めることになったが、覚悟を決めて口にしたマフィンには、確かに
まるで一度入れた辛子が抜き取られて、少し残っているような程度。
「多分、俺当たったんだけど、全然辛くないよ?」
「本当? 中身残っていないか心配だったんだ」
「どういうことだ? そういうドッキリ?」
「はい。そういうドッキリです。昨夜、萌奈がこっそり辛子を入れたことを白状してきたから、朝早くに来て、探して取り除いたんだ」
朝早くから来ていた理由が理解できたが、ならマフィンは昨日作られたものだったのか。
もしや鹿波さんは萌奈さんに当てさせたかったのかな。
俺にだけ辛いものが苦手か訊いた事に、合点がいった。辛い物を苦手だと言ったら、回避させるつもりだったんだろう。
あれ、でも他のみんなは? まあいいか。
「結構、辛子が危なそうな雰囲気だしていた気がするけど」
「だって……スリルあって面白そうだから?」
苦笑いを浮かべ、何故か疑問を持ったような言い方をする鹿波さん。
実際スリルを感じていたらしい萌奈さんは、ほっと胸を
しかし、ここで真澄さんが何かに気付いたようで、声を出す。
「ふうん。それなら、鹿波はどれがハズレか知っていたことになる」
ぎくりと鹿波さんの笑顔が
「作った人はどれが当たりか知っているに決まっているじゃない!」
二の句が
「堂々と萌奈さんが言うなよ」
「私も……見て見ぬフリだったんだけどね」
でもまあ辛子を抜いてくれた事には感謝するしかないし、作ってくれたことにも感謝しなければならない。
「それにしても、本当にふわふわで美味しい」
「うん。天然
辛子のない方も口にしたが、鹿波さんの料理上手を実感した。
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