第5話
小笛さんに連れられたのは、書店の近くにある地味なビルの地下にあるお洒落な喫茶店。検索してみると評判が良く、穴場なスポットらしい。
飲み物は、俺がレモンティー、小笛さんがホットコーヒーを注文した。
「シロップ入れる? もっと甘々にしてみない?」
テーブル
「遠慮しとく。俺甘党じゃないし」
「ジュースにすればよかったんじゃない? あたしは気にしないよ。友達もジュース飲むし」
ジュースが子供っぽいってイメージで語るのは良くない。そして俺にそのイメージを押し付けるのはもっと良くない。
「カフェインが欲しかったんだ。もしかして紅茶が似合わないか?」
どちらかというと、ギャルにコーヒーの方が似合わない。
「あっ……ううん。ごめん、何て話を切り出せばいいのかわからなくて」
なんだそりゃ……。
「……飲み物選びといい、普通逆だろ」
「逆って?」
「仮にもギャルなのに、会話がおぼつかない感じが」
「そう? 幾らコミュ力が高い人でも、初対面ならこんな感じじゃない?」
初対面じゃないだろう。
あまり話をしたことがない程度の
というか、さっきまでガツガツ話していたじゃないか。
「そういや……ギャルは嘘だったか。悪い」
「何、その
不貞腐れるような言い方をしつつ、しおらしく笑う小笛さん。
気が抜けたのか露骨に離れた彼女との距離感がようやく戻ってきた。
「逆に、小笛さんはコーヒー好きなのか?」
「そうだけど、何、似合わないって~?」
「そうだな――」
回答に困る。
ギャルとして見ていた小笛さんには似合わないと思った。けど、教室では見たこともなかった彼女の素を知って、印象が九十度くらい変わった。
いや、やっぱり似合わないな。今の小笛さんは幼い子供みたいだ。
「ノーコメント。もしかして大人ぶりたい……?」
「それはノーコメントって言わないんじゃ……でも正解。どうしてわかったの?」
「俺も大人ぶりたくて飲んでいたらハマってさ。そうかなって思っただけ」
――嘘だ。
本当は、コーヒーなんて苦いだけ。でも大人ぶりたくて飲んでいるのは本当。
大人にならなければならない……そんな意志の表れのようなものだ。
「やや? じゃあコーヒー飲めば良かったのに」
そうかもしれないけど、気にする程のことかな。
なんで好きな飲み物の話になったんだっけ? まあいいけど。
「今はレモンを供給したい気分だったんだ。丁度ハレミカの発売前日だしな」
ハレミカもとい『はちみつレモンちゃんはみかんちゃんに負けたくない!』というラノベのタイトルにあるように、謎のレモン推しがコンセプトにある為、感化されたのだ。
まあ実際は好きな飲み物を選んだだけなのだが、内緒にしておく。
実は秘密の質問……パスワードを忘れた時用のセキュリティに俺がよく設定しているのが『好きな飲み物は何?』である為だ。
「えー、遠慮せずにコーヒー飲めば良かったのに~。あっ、もしかしてあたしがコーヒー頼んだから、同じのにしたくなかったとか? オタクってそういうところあるよね。同担拒否的な」
突然早口になる小笛さんの方がオタクっぽく見えるが、流石にそこは蛇が出てきそうで突かない。
「そんなんじゃない」
「でもレモンティー、加瀬くんに似合わないと思うなぁ」
今、小笛さんは俺に言ってはいけないことを言った。
「さっきの質問誤魔化されたけど、やっぱり似合わないと思っていたんじゃないか。小笛さんこそ、コーヒー似合ってないな」
「やっぱり~? 最初からそういえばいいのに」
「そしてツインテールが特に似合わないな。学校ではしていないじゃないか」
「なっ、なんやて?」
急に関西弁を使いながら、ジト目で見つめてくる小笛さん。
小笛さんは童顔だから、容姿だけで言えば実際にはツインテールは似合っている。しかし同時にギャルっぽさは半減。
俺の中にあったギャルとしての小笛さんは跡形もなくキャラ崩壊してしまったが、それでもこれまでのイメージから彼女にギャルっぽさを求めているのかもしれない。
「え、気に入っていたのか? 俺が知らないだけで学校でもその髪型だったことあったっけ」
いや、俺の記憶上なかった。
「ううん。それはないけど、これはあたしのカジュアルスタイル。オタクでいる時限定コーデに合わせて、この髪型なの。変装にもなるよ? 加瀬くんには見破られちゃったけどさ」
なんだ、その要らない情報は……と、思いながらも、意外と変装にも可能性を感じる。
「変装か……へぇ、俺も真似するか」
「ん? んん? ウィッグでも付けるの? えぇ、そういう趣味? オタクくんキツイよ。流石に引いちゃう」
勝手に勘違いして言いたい放題。
「そんな訳ないだろ。女装なんて真っ平ごめんだ。外出時に俺も細かい部分気にしようかって思っただけだって」
そもそもオタクなのは小笛さんも同じだ。
「ふふっ、絶対似合わないもんね~」
「変な方向に考えないでくれ。解せん」
俺が不満気な顔を見せると、対する小笛さんは仏頂面で返してきた。
「ふんっ! あたしにツインテール似合わないって言った仕返しだよ! これでもツインテールお気に入りなんだから!」
「コーヒーに似合うかを言ったんだ。小笛さんに似合うかどうかで考えるなら、その髪型は絶対似合っているって……」
訂正するように言い直すが、よく考えたら普通に褒めてしまった。
小笛さんは数秒フリーズして反応が遅くなる。
「え……あっ、ありがとう。加瀬くんも……違和感ないよ?」
「何故、一瞬言い
「うーん、地味だよ」
「……は?」
「え、怒らないって言ったよ! 怖い顔しないで」
もっと、シンプルだとか普通だとか、もう最悪加瀬くんらしいね、とかあると思うんだが。
いや、こんな事でムキになっても仕方ないか。
「冗談だ。俺が学校で取れる手段は少ないから心配するな」
「手段が全く無いって言わないのが怖いところだよ。こわこわ」
「いやいや、本当に何かする気はないって。てか、絶対そんな怖がってないだろ」
「さて、どうでしょう」
コーヒーを一口飲んでまた落ち着いた様子の小笛さん。
自分に有利だと悟るとすぐに調子に乗ってくるな。
「ま、カッコつけるのも嘘じゃないけど。あたしの場合はプライベートと公式キャラとでメリハリを付けるためにだから。加瀬くんもそういう理由があればいいのでは?」
公式キャラって、何処の芸能人だよそれ。
大体プライベートというか、オタク丸出しの時だろ? 自己暗示の類かな。
「そうかもな。機会があれば、是非参考にさせていただこう」
「まあ。変装したらあたしと同じだしね。加瀬くんはあたしと同じのがイヤで、コーヒー遠慮しちゃうくらい初心だし出来なそうだけどっ」
「煽って促しているのか?」
「別に~? 煽っているつもりはないよ? 本当だよ?」
……怪しい。
「まあでも、記憶力の良い小笛さんに中々思い出されなかったくらいだし、変装の効果は必要ないかもな」
「わぁ……うん! そうだね!」
記憶力がいいことを強調して卑下してみせるが、屈託のない笑みで肯定されてしまった。
「堂々と肯定されるとイラっとするな。
「真顔で言われてもわからないな~。もっとあざとく言うのが、乙女心の秘訣だよっ?」
「俺は男なんで」
「ふふっ、女装趣味があるみたいだから、勘違いしちゃった」
不敵な笑みを浮かべながら、冗談だとアピールする小笛さん。良い性格をしている。
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