第6話

 丁度飲み干してしまった為、店員を呼んでおかわりを注文する俺達。


 いつの間にか、くだらない話が変な方向へと変わっていた。やっぱり小笛さんはムードメーカーの気質があるみたいだ。


 喫茶店に入ったばかりの時の緊張は一体何だったのか。


「さてさて、話そっか」

「小笛さんの方から切り出してくるのか……嫌じゃないのか?」

「もう切り替えたから大丈夫」


 さようございますか。


「それじゃあ質問! この金髪でハーフって紹介されたら、加瀬くんはどんなイメージある?」

「うーん、英語が得意? 安直かもしれないけど」

「正解ー! 因みにボーイフレンドの件は英語力の高さ関係ないからね? 加瀬くんが勉強不足なだけだからね? というか、常識じゃない?」


 俺の弱みを攻めないでくれ。


「はぁ……何となく小笛さんの言いたいことがわかった。つまり君も英語ができない訳だ」


 ハーフというプロフィールが起因する先入観。

 如何にも同級生とかから英語を話してほしいとか迫られたことがありそうだ。


 もし英語が苦手なら隠したくなる気持ちも理解できる。


「うーん、半分正解で、半分不正解」

「煮え切らない解答だな」


 他に思い浮かばないのだが……。


「まず、あたしは英語得意な方だよ。いつも学年十位以内に入っていたから成績優秀者として張り出されているんだから、当然でしょ?」

「他人の成績を憶えることが常識のように語るな」


 というか小笛さんの場合は他人の成績を見ているのか? ……と考えたけど、彼女は俺の期末試験結果を知っているレベルの変人だった。


「普通はさ、他人の成績に興味持たないからな? でもまぁ正解じゃない理由はわかった。それで?」

「昔は、得意じゃなかったってことだよ。ご想像通り、英語を話せるかしつこく言われたから」

「過去の話なら、今は隠し通す理由がないんじゃないのか?」


 今は得意なんだろ? それなら、困ることはない。

 トラウマになっているような言い方じゃないし、不思議に思う。


「そこに気付くのは流石だよ。加瀬くん、やっぱり只者ではなかったんだねっ!」


 今の褒める必要あったか? 彼女の情緒は読めない。


「むず痒い言い方するなぁ。それで、その理由は?」

「どうしても、ネイティブになれなかっただけだよ。気付けば十二歳を超えていて、その時にはまだ希望があったけど……結果はお察し」


 ネイティブになれなかったから、失望されると思ったのか。

 でも、そんなこと気にする奴が何人いるというんだ。理想が高すぎる。


「因みに、十二歳の基準はなんだ?」

りんかいせつっていう説があるんだよ。知らない?」


 調べてみると、言語学ではそういう有名な仮説があるらしい。


 ――臨界期仮説 -Critical Period Hypothesis-

 言語習得に最も適した年齢が十二歳未満。臨界期の終わりは個人差ある為、十五歳までは一応希望があるらしい。


「まだギリギリ……希望はある話じゃないのか?」

「うん。だから、まだ隠し通すんだよ」

「なるほどな」


 クラスの中心でワイワイしている印象だったが、思っていたより苦労しているのかもしれない。


「高校生になってからはさ、この容姿もみんなギャルだって勘違いしてくれて助かるよ~」

「そうでもなきゃ、見た目一発でわかりそうだ」


 そう考えると、彼女の顔自体は母親似なのかな。

 ジョシュさんの面影も確かにあったけども。


「最初はあたしもギャルってウェイ系の陽キャと混ざって偏見あったけどね。でもみんなチヤホヤしてくれるし、悪くないかなって」


 言葉にはしないけど、チヤホヤされるのはギャル関係なく可愛いからじゃないんだろうか。


「……黙っていてくれるよね?」

「ああ。むしろ応援するよ。判っていると思うけど、俺も英語ができないから、共感できる部分はある」

「そ、そう? じゃあ秘密については、これでお互いお咎めなしということで――」

「え……?」

「ええっ?」


 お互いに驚いた顔で目が合う。


「いや、それはおかしいだろ。俺の才能と小笛さんのハーフという秘密をお互い守ることで相殺だ。小笛さんにはもう一つ隠し事があるじゃないか」


 何食わぬ顔をしているが、恐らく心当たりを探しているフリをして打開策でも出しているのだろう。


「ズルいよ! 加瀬くんだってオタクのくせに!」

「お、そうだな。じゃあお互い公言してみるか」


 ダメージが大きいのは果たしてどちらか、聡明な小笛さんにわからない筈もない。


「完敗だ! 加瀬くんがオタクでもあんまり影響無さそう」

「よし、乾杯!」

「乾杯! ……じゃないよ! 今更過ぎるよ」


 今更とか言うなよ。冷めるじゃないか……と思ったが、小笛さんはなんだかんだ乾杯してくれる。


 しかし、俺のレモンティー冷たい飲み物だから、乾杯してくっ付けたら小笛さんのホットコーヒーが若干冷めそうだ。


 小笛さんは溜息を吐いて、予想していたのか訊いてきた。


「……それで、加瀬くんは何が目的? 変なことじゃないなら聞いてあげてもいいよ」

「聞き分けがいいな。小笛さんって学校ではギャルだけあって、クラスの中心人物達と仲良いだろ?」

「中心人物って……まあそうだけど言い方……。逆に加瀬くんはクラスで普通だねっ! 誰とでも仲が良いイメージがある」


 可もなく不可もなく過ごしていることの何が悪いのか……平和じゃないか。

 誰とでも仲が良いと言うが、小笛さんの周辺とは接点少ないんだけどな。


「根に持つなよ……回りくどい言い方をしたけど、小笛さんの人間関係を利用したいんだ」

「ん? どういうこと?」


 言い渋ったことには、もちろん理由がある。

 俺の目的に巻き込んで悪いが、小笛萌奈は間違いなく俺にとって渡りに船……利用できる存在だ。


「その……さ。さんと仲いいよな?」

「ああ、鹿波のことね……って、ふーん、そうなるほどね~。名探偵萌奈ちゃんわかっちゃった! ズバリ訊くけど、鹿波のこと好きなの?」

「まあ、な。そんな感じだ」


 調子が戻ってくれて良かった。やはり鋭いな、小笛さん。


 小笛さんの親友――もろほし鹿なみ


 地元地域での評判もいいし何より可愛い彼女だが、まだ彼氏がいないらしい。


 だから、俺は彼女の恋人に立候補したい。

 たとえ俺の方に恋愛感情がなくても、俺は今、彼女が欲しいのだ。


「いいよ。協力してあげる。まずはメッセ交換だね」

「あ、ああ。なんか、あっさりしているな?」

「ん? 友達紹介するのって、そんなもんじゃない?」

「それもそうか」


 ……そうか?


「強いていえば、パパが加瀬くんのこと恩人って言ってたから。あたしが恩返しするのは道理かなって」

「……なら、お願いするよ」


 道理ではないと思うが、遠慮はしない。


「あ、鹿波に好かれなかったらそれまでだよ? 何となく、加瀬くんは人畜無害そうだし。何となく、あたしも仲立ちくらいは構わないかな……って程度だからね」


 二度も何となく……って、ふわふわし過ぎていないか?

 でも理由やら探ろうと踏み込んでこないのは、小笛さんの美点だと思う。


 スマホを渡しメッセージのやり取りができるようにして貰うと、即座に『よろしくね~』というチャットと、スタンプが連投された。


 クラスで連絡を交換する相手は多かったが、小笛さんを中心とするグループのだけは、繋がれていなかったので、謎に希少価値に感じる。


「このスタンプ、普通に使ったらオタクってばれるんじゃないか?」

「そんなこと言われなくてもわかっていますぅ。だから、加瀬くんにだけ使うよ。使い道が出来て丁度良かったよ~。いっぱい送るねっ」

「程々にな」


 送られてきたスタンプは、有名アニメのキャラクター。

 最近のスタンプは音声も出たりするから、スマホをサイレントモードにしておかないと少し怖い。


「しかし、小笛さんがここまで生粋のオタクだとは驚きだったよ」

「……そんなに意外かにゃ?」

「ここの店。最近出来たみたいだぞ。こんな穴場を知っている時点で、『通』ってことになるんじゃないか?」

「うわぁ、マジな推測じゃん当たってるし。ミスったぁ。流行には乗りたくなる性格があだになっちゃったかな。流石、加瀬くん鋭い」


 成る程、小笛さんの性格だからこそのさいはいだったらしい。

 俺は穴場を知れて得だったから、いいんだけども。


 気付けば黄昏時。

 電車にられ、俺達の住む町まで一緒だったことに違和感を覚えなかったのは、同じ趣味を持つ同志だったからだろう。


「それじゃあ、また学校で」

「うん。また明日~」


 駅を降りた俺達は、帰り道が違ったので解散した。

 形あるものを手に入れる事はできなかったけど、充実した日になったと思う。


 でも……新刊早く読みたかったな。

 それだけが心残りだったけど、気分は悪くなかった。

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