第7話

 眠い朝。あくびを我慢しながら俺が教室へ入ると、丁度鳴りだすチャイム。


 一気に騒がしくなる教室。不真面目なことにギリギリに来る生徒は多い。

 まあ俺もそうなので、他人の事は言えないが。


「おはよ。おそない?」

「そうか? まあ早くはないか」


 堂々と寄って来る小笛さん。

 学校でも華奢なことに変わりないが、昨日とは違う雰囲気。


 まあツインテールでない時点で、昨日とは別人のようだ。


「まっ、あたしはいいけどさ……うーん。ううーん」

「何だよ。訳有り気にうなって」

「はぁ……あのねぇ、これでもあたしは色々作戦立ててきたわけ。それなのに、のんに構えている加瀬くんを見れば唸りたくもなるの。わかる?」


 小笛さんの口から零れる呆れるような溜息。

 若干とげのある言い方も含めて、やはり教室での彼女はギャルっぽい。

 作戦って……諸星さんのことかな。


「まったくもぅ、しゃきっとしてよ。まずは鹿波と話す機会が無いとなんだから……あたし、もう鹿波やみんなに昨日加瀬くんと会ったことを話しちゃったからね?」

「もう話した!? いいけど、どこまで話したんだよ」


 小笛さんに話を聞くと、めはほぼ作り話。偶然出会って仲良くなったという可もなく不可もない説明をしてくれたらしい。


 ふと諸星さんがいる方へ目を向けると、彼女と目が合った気がする。


「マジか……小笛さんの行動力には感心するよ」

「ふふん。手段は任せられたと思っていたからね。驚いたか~?」


 してやったり……と、ドヤ顔を向けてくれる小笛さん。

 ギャルモードの彼女に素を出されると、初めて感じるギャップがあった。


「驚いたよ。でも、これからは事前に連絡くれると助かる」

「かしこま~。んじゃ事前連絡。みんなにあることない事吹き込んでおくから。おっけ?」

「のっとおっけー。あのなぁ、一応俺も小笛さんの秘密を知ってるって忘れてないよな?」


 調子に乗った小笛さんに、汚いと思いつつ投げかけた言葉。すると、彼女は頬を膨らませてくされる。


「むう~っ。その脅しはズルじゃん」

「こっちも穏便に進めたいだけなんだ。俺だって秘密を盾にされたら何も言えない」

「そっか。そうだよね。ある意味じゃ脅し合っているもんね、あたし達。うん、気を付ける」


 失言かと思ったが、小笛さんは切り替えが早くて助かる。

 そこで予鈴が鳴ってしまった。


「ほら、席に戻ろう。素行が悪いのは感心しない」

「それじゃっ、昼休みにでもよろしくね?」

「ああ」


 昨日は平気だったのに、ギャルモードの小笛さんと話していると変な気分になる。

 かもし出る彼女のオーラ故か、俺が意識し過ぎているのか。


 仮の馴れ初めとしては、小笛さんが落としたハンカチを俺が偶然拾って話す内に意気投合したというストーリー。


 俺のことを美化して話してくれていることを期待するが、どうなんだろうか。

 実際の話、俺は小笛さんにハレミカを先に譲った恩があるはずだが、どうにも信用がない。




 ***




 昼休み。約束通りではないのだが、俺は小笛さん達に合流。

 したのだが――。


「伊織もいるなら、今日は六人席だな。伊織はいつもどこか混ざって食べていた気がするけど今日は俺達って感じ?」


 俺の事を名前呼びにしてきた男子はもりこうすけ

 気さくに話しかけてくれるが、残念ながら森田に限っては名前呼びがデフォルト。


 誰に対してもフランクな性格で、且つ爽やかな雰囲気だから、当然彼はモテる……というか、既に彼女がいる。


「そんな感じ。特定の誰かとつるんでいる訳じゃないからな」

「意外だよなー」

「そうかな。どの辺が?」

「ほら。何て言うか、伊織ってサブカルチャーに興味あるってイメージあった。そういう連中とつるみそうなのに、そうじゃないから」


 遠回しな言い方をされているが、素直にオタクのイメージといってもらいたい。


「オタクって面倒臭い生き物なんだよ。同種とは相容れないっていうかさ」


 同種のオタクとも馴染める自信はある。

 でも、その後深い関係になるのは、どうにも違う気がした。


「だから、いつも賑やかそうな連中に混ざらせてもらってる……薄情かな?」

「そうは思わないけど、賑やかそうで言うなら俺達のところが一番じゃないか。なのに、これまで一度も誘われた記憶がない気がするけど」


 その通りなので、返答に迷う。


「……既に形成されている仲良しグループに割り込むほどのきもわってなくてな」

「へえ、伊織ってそういうクラスの空気とか気にするタイプだったのか。千里に見習ってほしいところだな」

「んあっ?」


 間抜けな声を零したのは、頭を掻きながら気怠そうな様子を見せているむらせん

 体格の良い体育会系の男子だ。


「俺がどうしたよ。現代社会の安眠効果でうつらうつらしていたぜ」

「千里お前、授業中先生から凝視されていたぞ」

「ふぁぁっ。いつもあの先生の顔は怖いだろ。でもまぁいいか」

「いいのかよ……」


 よくはないだろう。


「それで、加瀬と二人で何の話していたんだ?」

「伊織と違って、お前は空気とか考えないタイプだよなって話。さっきも。お陰で先生がピリピリして授業中の空気最悪だった」

「うぉっ、冗談だよな? えぇっ、マジかよ。いびきとか掻いてなかったよな!?」


 問題は寝ていたという部分だと思うが、小村とも仲良くしたいし助け舟を出すか。


「他にも何人か寝ている奴いたし、小村一人が悪いって訳でも無さそうだしな」

「なんだ。俺のせいじゃないじゃん。浩介、適当言わんでくれよ」

「責任問題の話ではなく……いやもういい。いくら口を酸っぱくして言っても変わらんし」

「おいおい。俺だって彼女が言うんなら、変わるぞ」

「あの人はお前に甘いから、無理だな」


 小村にも、小笛さん同様に先輩の交際相手が他校にいるらしい。年上の女性なら、後輩には甘くなってしまいそうだ。


 男子二人を青春しているな、と眺めた俺は、小笛さんがいる女子同士のわいない話へ耳を傾ける。


「萌奈はカレーか。私はスープかな。マイルドなのがいい。真澄は?」

「豆腐かな。味薄いのが食べたい」


 諸星さんが尋ねた相手はがみすみ。森田のだ。優等生でもくなイメージがあるが、表情が硬いだけでその認識が誤っていた事を知る。


「その心は?」

「ぼぉーっと何も考えたくない気分……萌奈のせい」

「えっ、あたしのせい? 真澄に対して何もしてないはずだけど」


 瞬間、俺の方を一瞥してくる最上さんの視線。小笛さんもその視線に気付いたようだ。


「いやいや、加瀬くんとは何もないから」

「……そう」


 もう一度俺に向けられた、最上さんのいぶかしげな視線。


 まさか小笛さんが俺に浮気とか、そういう事を疑っているとかなのだろうか。


 だとしたら弁明したいが、俺が話に割って入れない空気がそこにあった。空気を大切にするのも良い事ばかりじゃない。小村みたいにマイペースでいるのも大事なんだろう。

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