第8話

 学生食堂に着いて、俺が昼飯に選んだのは久しぶりの和麺うどん。


 ちょくちょく具材が変わるのが人気なメニューで、いつもは俺が来る頃に『売り切れ』のシールが貼られていたから、今日は運が良い。


 さっそく味わうと、テーブルの向かい側で蕎麦をすすっている小笛さんと目が合う。


「ずずっ……ふっ、美味しいし」


 さっきはカレーを食べるとか言っていたくせに、彼女が今食べているのは蕎麦そば


 和麺うどんが買えることに気付いた瞬間、俺の後ろに並んできた彼女だったが、丁度俺で売り切れてしまった。


 ショックのせいか、同じめん類を注文したみたいだ。


「どう考えても俺がにらまれるのは理不尽だ。蕎麦もいいじゃないか」

「そんな事わかっていますぅ。だから、黙って食べているのにさー」

すねねないの。そういう時もあるでしょ」


 小笛さんを慰めるのは、彼女のとなりに座る諸星さん。

 何故か俺の方を見てクスリとほほまれた。


「それにしても意外。加瀬くんには心を開いたんだ。他人にはあんまり素見せないのに」

「昨日、成り行きでな」

「話は聞いたけど、ここまでとは思ってなかったなぁ」


 俺はむしろ、プライベートだとか言っていた素を友達に見せていることが意外だった。


 いや多分小笛さんがオタクであることまでは知らせていないのかな。

 まあギャルを演じ続けていくのも気苦労だろうし、そんなものか。


「……二人とも、うるしゃいにゃ」

「やさぐれないで、萌奈。スープ飲む? この麺つゆ、かなりイケるよ」


 コンソメスープからとり肉と共にすくい見せる諸星さん。


 小笛さんの目線は当然そのスープに向けられ、同時に諸星さんは俺に向けて数回ウインクしてくる。俺にうどんを分け与えて欲しいという意味の合図だろう。


 元々少し分け与えることは、やぶさかじゃない。諸星さんと話しだすきっかけにもなるのなら、それは願ったり叶ったりだ。


「鹿波~。でも、せっかく頭冷やしたのに、いいの? あったかいもの食べたら、また不機嫌になっちゃうかもしれないよ」


 なんか非常に面倒くさい女みたいなこと言ってる小笛さん。

 さすがの諸星さんもしかるのかと思えば――。


「そうなの? でも八つ当たりは加瀬くんに飛んでいきそうだし、私は無害そう?」


 あれれ、諸星さん……?

 俺に飛び火するのは構わないのか。いや俺に話を繋げようとしてくれているのだろう。


「八つ当たりされたくないし、小笛さんも少し食べるか? はしは自分の使ってくれ」


 俺はそう言って、和麺うどんを差し出すように見せる。

 小笛さんは飛びつくように奪取してきた。


「やった! いただきます!」

「おい、器ごと持っていくな。おいおい、それは奪いすぎだろ」


 半分は食べ終えていたが、俺だってまだたんのうし切れていないというのに。ああ、このままではなくなってしまう。


 一口目を食べ切り返してくれるのかと思えば、再びつまみ上げられる二口目。


「箸は自分の使っていいんだから、当然食べる量もあたしの自由だよね~」

「そんなわけあるか! 俺のうどん返せ!」

「美味しぃほほとろけてしまいそ~。ふふっ、まんまとあたしと鹿波のコンボに引っかかったのが運の尽きだったね!」


 そう言いつつも、手の力を少し緩めてつまみ上げていた麵の内半分を落とし、返してくれた。

 しかしうつわのぞけば残りわずか。


(こやつ、食べ物の恨みは高くつくぞ)


 一方、諸星さんはぎこちない表情。まさかここまで食べるとは思わなかったんだろう。


「待って、違う! 私関係ないからね? コンボとか知らない」

「大丈夫。諸星さんがそんな腹黒い性格でないことも知っている」

「……ほっ」


 小笛さんが勘違いさせる事を言ったお陰で、俺が怒ると思ったのだろうか。

 俺が否定すると、諸星さんはわかりやすく胸を撫でおろしてくれた。


「まるであたしが腹黒い性格のような言い方はやめよ! ハラスメントだよ? ハラハラだよ!」


 小笛さん目線ハラスメントハラスメントではないだろ、と思ったが、腹黒ハラスメントのことを言っているのか……。


「俺のうどん必要以上に食べたやつにだけは言われたくない」

「それは……ぷいっ」


 反論を思いつかなかったのか、再び蕎麦を食し始めた小笛さん。

 俺も残りを食すと、横から小村に話しかけられる。


「なあ、相性良いんだな、加瀬と萌奈」

「……いや、そんなことないと思うが」

「なんでそんな嫌そうな顔するんだよ。喜ぶべきところじゃねぇの? 相手は萌奈だぞ?」


 言わんとすることはわかる。小笛さんは表向きギャルだし人気のありそうな女子だ。


 そんな子と相性がいい……つまり仲が良いことは喜んでいいことなのかもしれない。


 けど、それは一般論だ。

 天才の俺からすれば、そんな彼女のステータスは付加価値にならない。


 結果それらをはぶいてしまうと、俺にとって小笛さんはただのオタクなのだ。


「人を見た目で判断しちゃいけないんだ。俺はまともだ」

「おお、言うねぇ。そうやって気ねなく言えるところ、相性良いって思うんだけどな」

「んー? 加瀬くんは鹿波の方が相性良さそうだと思うけどね……恋愛的な意味で」


 小笛さんがフォローを入れてくれた……けど、脈絡がない。

 標的になるのを回避するのに必死なのか?


「うーん、そうかな。ピンとこないけど」

「告白したわけでもないのに傷付く反応なんだが……」


 言わんこっちゃない。小笛さんは俺の諸星さん攻略に協力的なのかもしれないけど、俺はそこまで急いではいない。


 俺は悲しさを隠しながら、コップに入った水を飲み切った。


「あっ、恋愛的な意味じゃないよ! 相性の良さについてだから」

「あ、いや……俺が変な風に捉えた。すまん」

「ううん。元を辿たどれば、千里くんが余計なこと言ったからだし、加瀬くんは悪くないよ」

「俺のせいなのか!? 萌奈はお咎めなしかよ」

「ふっ」


 不満げに小村が呟くと、鼻で笑う小笛さん。すぐに煽るのは彼女の悪癖だ。


「すまん加瀬。相性良いって言ったの撤回するわ」

「お、おう」

「ほー、なぜ撤回したのか詳しく訊きたいなぁ」


 俺と違って小笛さんが腹黒いということを暗に意味するような発言は、あっさりと見抜かれてしまった。


「え、ええっと……浩介! お助け――」


 小村は最後の手段として俺とは逆側に座っている森田に話しかけた……が、本人はスマホを弄って何やら忙しい様子。


 そして、森田の対面位置に座る最上さんも同様だった。


「今、真澄と協力プレイしてる。邪魔しないで」

「あ、はい。ごめんなさい」


 目も向けず、声を低くして小村にちゅうこくする森田。

 結局のところ、黙って二人でけんにもならず黙々と協力できるこの二人の関係が、一番相性良いのだろう。


 まあ二人は恋人なのだから、そうでなくては困りものなのだが。

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