第9話

 放課後。掃除を終えた俺は、一人になった小笛さんを校門でそくする。


「小笛さん……今帰り?」

「うげっ」


 俺に会いたくなかった事がひしひしと伝わってくる。その理由に察しがついていた。


「諸星さんとかは一緒じゃないのな」

「かっ、鹿波は部活あるからね」

「なるほど。それで、うげっ……と発言の真意について本人の口から訊きたい」


 彼女の反応を見て、確信犯だという直観が働く。

 俺と小笛さんは昨夜、ハレミカについて約束をした……昨日は小笛さんが、今日は俺が読むという順番の約束。


 なのに、一向に彼女から連絡が来なかったので待っていたのだ。

 ひとまず校門を越えて足を進めると、申し訳なさそうに彼女は付いてくる。


「そのあの……あのねっ、昨日は身体が疲れて読めなくて……ごめんね?」

「読書にコンディションが大切なのはわかる。でもまあ譲るという発想は――」

「なかった! でもね、聞いて? 昨夜、パパから電話かかってきたんだよ」

「めっちゃ話変えてくるじゃん」


 急に距離を詰めてきた小笛さん。

 そういや、俺はジョシュさんから娘の彼氏だとかんちがいされていたんだっけか。


「関係大ありだから。長電話したから時間なくなったんですぅ。よって、あたし無罪!」


 仕方ないという主張をだるそうに言ってくる。

 すじは通っているが、さっき身体が疲れているって言っていなかったか?

 電話で身体は疲れないと思うが……まぁいいか。


「わかったよ。仕方ないな……明日には譲れよ?」

「うーん、ぜんしょする~」

「やる気のない返事……次は小笛さんの家にけこむからな?」

「そっか~、知り合いが警察に捕まるのは、悲しいねぇ。しくしく」


 他人事のように話すな。というか、サラッと怖いこと言わないでほしい。

 非は小笛さんにあるはずなのに、いつの間にか俺の方が悪者扱いされそうだ。


「冗談だから忘れてくれ。ただでさえジョシュさんに勘違いされたままなのに、今度は母親にも勘違いされたら、堪ったもんじゃない」

「お、検証する? しちゃう~?」


 なぜ小笛さんは乗り気なんだよ。

 俺より小笛さんの方が嫌だろう、そんなこと。


「するわけないだろ! まだ死にたくも逮捕されたくもないよ」

「まだとは? いつかその日が来るご予定がおありで?」

「揚げ足を取るな。本当に押し掛けたりはしないって。大体、家の場所知らない」


 俺は人畜無害に生きている。

 そんならちな真似はしない。


「この先の大通りを左に曲がって突き当りにあるマンションあるでしょ?」

「ああ、白い大きなごうていの隣にあるやつか。いや、なんで教える!?」


 俺は大通りを右曲がりだから、逆方向。ご近所さんとは言いにくいけど、結構近い。


「あ、その白い屋敷の方があたしの家だよ。よくご存知で!」

「マンションのくだり前置きしなくても通じるだろ。あそこかよ」


 見覚えのある家だった。

 なんか複雑な気分になる。


「どうせ地図アプリでも出るよー。あと、勘違いしているみたいだから言っておくけど、一人暮らしだからね、あたし」


 少し俯いたような顔をした小笛さん。ジョシュさんの背中を見た時と同じ表情だ。

 ジョシュさんがいなくて小笛さん一人ってことは母親がいないってことだ。


 彼女の両親は夫婦別姓。複雑な事情があるのは何となく気付いていた。


「……悪い」

「しんみりしているけど、何? ママは生きているよ? あっ一人暮らしは他のみんなにも内緒にね?」

「わかった。内緒にする」


 てか、ママ呼びなのか。

 まあパパ呼びもしていたし、俺に対して取り繕う事を諦めたと考えても良さそうだ。

 信頼感なのかは、まだわからないけど。


「勘違いさせること言ってごめんだよ。今度、来ていいから、ね?」

「え……? いやいや、それはダメだろ……逮捕チャレンジか?」

「加瀬くんは、逮捕されたいの!? そんなに腹黒くないんだけどなぁあたし」


 そうではなく、一人暮らしなら家に招く異性は彼氏くらいにしとけよ……と思った。

 しかし小笛さんの趣味部屋について、興味が無いと言えば嘘である。


「わかっているよ。ここまで協力してくれている身だしな」

「ふふん、協力については、たっぷり感謝していいよ!」


 正直、小笛さんは心強い。

 何だかんだで森田達とも接しやすかったし、諸星さんとも少し会話できた……かなぁ?

 そっちはこれからか。


「でも、能力があってもその態度は、どうなんだろうな」

「むっ、喧嘩売らないでくれる? 普段はこうじゃないことくらい知っているでしょ」

「ああ。今はカジュアルスタイルか?」


 ツインテールではないけど、何となく俺に接する態度だけは他と違う気がした。


「そういうこと。だから今は、加瀬くんだって遠慮もいらないよ? あたしが家に招くって言ったら、大人しく招かれればいいんだよ」


 石ころをって、軽くスキップしだした小笛さんは、自由気ままで子供っぽい。

 ギャルモードの時よりは、接しやすいけど。


「そっか。ことさら、遠慮しているつもりはなかったんだけどな」

「そうかなぁ……あっ、そういえばさあ!」

「うん?」

「あたしのこと、小笛さんって呼ぶんだね。昨日は、下の名前で呼んでいたのにさ~」


 思い出したかのように突然の話。

 昨日の電話でジョシュさんに色々言われて思い出したのかな。


「あそこで小笛さんが友達じゃないとか言い出したら、ジョシュさんにとって俺が不審者にしか見えないと思わないか?」


 あれがあの時の最善手だったと思っている。


「えぇ、そんな風に見ないと思うけどな~。だって加瀬くん、パパの落し物ひろってくれたんでしょ? 一応恩人じゃん」

「ああ、そういえばジョシュさんとはそんな初対面だったな。でも、ほぼ初対面の人相手にしていたんだから、わかんないだろ」


 結果、優しかっただけであの人も娘が一番だろう。

 あの場で小笛さんともっと険悪になっていたら、恩人だろうとどうなっていたかわからない。


「それもそっか。けど、もーいいんじゃない? 遠慮しないようにって言ったよ?」

「確かに、いつまでも他人行儀だと諸星さんに疑われるかもしれないしな」

「何その動機付け。いる? いらなくない? はっ! もしかして……照れてる~?」

「照れてない」


 ごく真っ当な言い分だったと思うのだが、本当に察しがいい。

 肯定しちゃった訳だけど、素直に彼女の名前は呼びにくい。


「…………」


 沈黙の時間。やべぇ、言葉が出ない。


「もー、もっと軽くいこうよ! 普通に他のみんなだって、気にしないと思うよ。というより、今のままだと浮いちゃうから、逆に気にしちゃうかもしれない」

「はいはい。アドバイスありがとう、萌奈さん」

「ふっ、ふうん。呼び捨てで良かったのに……まあ初めてで斬新かも!」


 意外な反応。普通は呼び捨てなのか? 距離の詰め方ヤバいだろ。

 そんなコミュ力は俺にない。

 しかし、軽いスキップが少しリズミカルになった彼女は気分が良さそうだ。


「じゃああたしも伊織さん……って呼ぼっと~」

「伊織くんだろ、そこは」

「何~? 照れてる~?」

「……新刊返せ」

「おおっと! その話に戻すのは良くないよ、伊織さん」


 その呼び方恥ずかしくないのかな。空のあかね色で、彼女の顔の色はよくわからなかった。


 後にそれぞれのに別れた訳だが……正直、俺の顔は赤くなっていた気がした。

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