第10話

 数日が経ち、萌奈さんの周辺にはずいぶんめた気がする。

 まあ鹿波さんとの交流よりも男子同士の仲が深まったと思うが。


 そして今朝、ちょっとややこしいことになった。

 ホームルームにて、学校のプール掃除が終わっていない事が議題にがり、ボランティア活動の立候補がつのられたのだ。


 給金が出ないためか誰もやりたがらないところで、鹿波さんが立候補。


 そこからとんとんびょうに萌奈さん達も挙手し、俺も参加することにした訳だ。


「明日は暇だからいいけど、鹿波も真面目だね? プール掃除の件」

「浩介くんは積極的じゃなさそう? ボランティア活動で見かけたことあるけど」

「それはボランティア活動参加者にうちの母がいて、浩介は手伝ってくれているの」


 あまり乗り気では無さそうな浩介に鹿波さんの冷静な返答。

 更に言い返したのは浩介ではなく真澄さんだった。


「そっか、そういうことなら納得」

「鹿波こそ、萌奈が関わってないのに、あそこで挙手するのは意外だった」

「そうかな? みんなもありがとうね。私は、この学校をより良くしたいだけだよ」


 裏のない純粋な真っ直ぐな顔。この地域で評判良いだけはある。

 近くで接してみて、鹿波さんは本当に善人なんだと思った。


「それに、生徒会とかに入らない分、こういう時貢献したいって思うからさ。生徒会は、やっぱり地元の人間じゃない私がするのも、なんかな~って感じだからね」


 鹿波さんは中学までは地方で暮らしていたが、高校進学をに都会に来たらしい。


「そんなこと、全然思わないけどね」

「ねー。鹿波が前に言っていたムラ社会っていうの? で、敏感になっていたかもしれないけど、ここじゃそんなこと気にする人少ないよ?」


 浩介が述べた感想に便びんじょうする萌奈さん。

 俺もここが地元だから、理解に難しくて右に同じく頷いた。


「もー。萌奈は私が生徒会に入って一緒にいる時間が減ってもいいの~?」

「どうせ放課後は部活あるでしょ……って、鹿波、ちょっと頬を触るのはやめ、やめい」


 鹿波さんは料理研究部だっけ。行けばお菓子が頂けるらしいので、今度お邪魔したい。


「真澄、助けて……頬が落っこちちゃうよぅ」

「頬は落っこちないから大丈夫」

「しょんな! 伊織さん、ヘルプ!」

「何故俺に頼るんだよ。嫌だよ」

「伊織さんの裏切り者! 信じていたのに!」


 何を信じていたんだよ。というか、真澄さんに対しての反応と雲泥の差だ。


「ねえ、私も伊織くんのこと、伊織さんって呼んだ方が良いかな?」

「やめてくれ……萌奈さんの悪ふざけだから」

「なんやと?」


 萌奈さん、たまに関西弁みたいな返しするのは一体なんだよ。

 ここ最近、萌奈さんの俺への二人称は冷やかしの種だ。




 ***




 放課後。千里に校庭へ駆り出され、渡されるサッカーボール。

 嫌な予感はすぐに察知した。


「なあ伊織、根性試しに一試合、参加しろよ」


 萌奈さんが鹿波さん攻略のために千里へ協力をあおいだ事に起因する話。

 俺は何故かサッカーをやらされるみたいだ。


「俺は千里みたいに体育会系じゃないんだけど」

「伊織が割と運動できることくらい知っているんだよ」


 体育の時間は、団体競技ならアシストにてっして個人種目はマイペース。

 頭は良くない割に、目敏いな。


 だけど俺は体力がある方じゃない。陸上で短距離はできても、長距離はからっきしだった。


「まあ、な。サッカーの試合って、何分だっけ」

「校庭全面使うなら二十五分ずつかなぁ。でも、今日は半面で十五分ずつだな」

「なげぇ」

「まあまあ。とにかく伊織がそれなりに頑張れる奴ってわかったら、俺は鹿波の件に協力するぜ。友達だしな」


 なんだ、その脳筋理論は。


「友達なら、無条件で手伝ってくれてもいいんじゃないか?」

「うるさいな。伊織とサッカーしたいっていう理由じゃダメか?」


 まっすぐな眼差しが物語る本音に、拒絶しにくい。

 俺だって身体を動かすのが嫌いってわけじゃない。ただ、久々でどうなるか。


「参加するよ。見ての通り準備はできているだろ。ところで浩介は?」

「あいつは致命的に運動できないだろ。いつも真澄とゲームばっかりしているから、ひょろくなるんだ」


 そうなのか。初めて知った。

 今回協力を仰いだのは千里だけだから、別にいいけどさ。


「ウォーミングアップ如きでへばるなよ?」

「これでも中学までは陸上部だ。早々にフェードアウトはしないさ」


 夏が近づいているだけあって確かに温かくなっている。運動するのには向いたコンディションかもしれないな。


 幾つかのミニゲームの後に校庭の半面を使った大きな試合。その後半戦になれば、きんの得点に荒れる戦局で相手チームの一挙一動が見逃せず、途中で集中力が切れた。


 終わってみると、意外と楽しかった。

 身体を全力で動かしたことによって感じる熱が、久々に心地いい。


 過去の出来事を想起するのは昔から得意だ……それが身体の動かし方だったとしても。


 昔、俺がいた陸上部ではあくまで個人種目だったからか、本気の団体競技に参加して新しい運動の楽しさを知った気がする。


 部活動の解散後、千里と合流すると同時に、居合わせた鹿波さんが寄ってきた。


「あっ、鹿波……帰り?」

「うん。家庭科室から見ていたんだ。伊織くんも、ね」

「料理部で、何か作ったのか?」

「うーん。すぐに食べられそうなものは作ってなくて、労われなくてごめんね?」

「いや、大丈夫」


 欲しいとは言っていない。くれるなら受け取ったけど。


 なんて考えていたら、遠目に萌奈さんが覗いているのが見える。ニヤリと何かが計画通りに上手くいったような表情。余所見していると鹿波さんに声を掛けられる。


「ん? 伊織くん、どうしたの?」

「ああ。何でもない。鹿波さんは……また明日だよね?」

「うん。プール掃除、忘れないでね? 特に、千里くんね」


 千里はよく眠そうな顔で登校してくるし、寝坊を懸念するのは理解できる。

 しかし、千里の顔は自信に満ち満ちている。さっきの試合が始まる前の時と同じ顔だ。


「俺だけ念を押すな。大丈夫だって。最近入れた目覚ましアプリが凄くてさ。なんと、毎朝ランダムで電話帳の誰かに電話を繋いでくれるんだ。伊織も登録しておいた」

「本気で迷惑だろ、それ」


 全然凄くないし、酷いアプリだ。

 まず、相手が自分よりも前に起きている前提なのはどうかと思う。


 目覚ましをもっと早くにかけるべきだ……まあそこは人それぞれなのかな。


「昨日は後輩の女子にモーニングコールしてもらった」

「それは――」


 自慢かな? でも後輩ってことは中学生だ。問題じゃないか。


「一昨日は俺のおばあちゃんにかかっちまったけどな」

「羨ましくないな!」

「ほれ、こんな感じ」


 スマホの画面を見せてきたと思ったら、電話帳の画面を映す。

 モテそうな顔だとは思っていたが、結構な数のアドレスが登録されていた。


「てか、彼女いるのに大丈夫か?」

「その彼女が提案して入れてきたアプリだぞ。俺は悪くない」


 あ、自分でもやっぱりどうかとは思っているのか。

 確認した鹿波さんは顔を上げて、かばんを肩にかける。


「それなら、安心だね。遅刻厳禁だよ? じゃあ、また明日よろしく」

「安心なのかな。ああ、また明日」


 俺が平然とさよならを告げると、千里はぎこちなさそうに後から続いた。

 そうして鹿波さんを見送ると、背後から足音と共に聴こえる大きな溜息。


「……はぁ~。おいおい、そこのヘタレ伊織さん!」

「あそこは一緒に帰りませんか? ……って言うところだったよな」


 千里も追い打ちをかけてきた。いやいや。


「一緒に帰る……って、俺と鹿波さんが帰り道の方向違ったらどうするんだよ」

「あたしの家の少し向こうだよ」

「それを俺は知らなかった。だから俺は悪くない」


 急ぐこと事態には賛成だが、それなら先に計画を教えてほしかった。

 そもそも、千里がフォローしてくれるかどうか、で話も変わっていたのだから。


「というか、萌奈さんは鹿波さんと一緒に帰らなくて良かったのか?」

「だから、後ろから二人で帰る姿を見守る予定だったんだって!」

「……ストーキングじゃないか」

「見守りだよ! 何かあったら偶然を装ってフォローできるし、あたし天才!」

「まあそういう事なら、むしろ俺が感謝するところなんだろうけどさ」


 鹿波さんから下校を誘われなかったのかな。

 まさか、鹿波さんにも気付かれず学校に残っていたのか? まあ待つ時間は勉強でもしていたのだろうけども。


「おいおい、お二人さん。俺達も帰ろうぜ? 因みに俺は逆方向だ」

「そうだな。千里は協力してくれるってことでいいのか?」

「おうよ」


 それなら、後に改めて計画を練って鹿波さんとの時間を作ればいい。


「帰り道、伊織さんにはじっくりと説教しなくちゃ。まだ根性が甘々みたいだから」


 千里が快諾してくれたし、根性試しの結果なら合格じゃないか。甘々じゃないぞ!

 というか疲れているから、今日のところは勘弁してほしい。明日のプール掃除に影響でないか心配だ。


「お前ら、楽しそうだな。じゃあ俺も帰る。また明日な」

「おい、逃げるな、千里! というか、なんでまだ走れるんだよ」


 流石体育会系。よくバテないな。

 かばんを持って帰りの支度を整えると、何故か差し出してくる萌奈さんの手。


「ん!」

「なんだよ……手を握ればいいのか? ほい、握手」

「違いますぅ。ほらっハレミカ返して! もう三日経っているんだけど」


 そういえば、火曜日に借りてずっと俺が所持していた。

 でも、レンタルに期間は設けていなかったような……。


「今二周目だから」

「にっ、二周目!? 狡い。そんなの聞いてないもん。有罪!」

「言ってないからな。萌奈さん、一応一周はしたんだろ? いいじゃないか」

「あたしも二周目読みたいぃ」

「初日、萌奈さんは俺に貸すのを忘れたよな」

「むむむっ……帰ったら、読み切ってね?」

「疲れているのが見てわからないと?」

「知らぬ!」


 今度は武士喋りかよ……バラエティ豊富だ。

 その後の帰り道も、萌奈さんは相変わらず煩かった。殆どの言葉が耳から耳に抜けていったが、結局明日には持ってくる事を約束させられた。

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