第23話
その後も、俺達は二人きりで小物を買ったりしながら行き当たりばったりで歩き回った。
自分に出来る事を考えて俺は荷物持ちを引き受けているが、この時期はやはり暑い。
ショッピングモールを出てからも、町内を散策しようとしたが、その前に限界がきた。
南中時刻を避けても外の暑さは変わらないようで、早々に近場の喫茶店に入り込んだ。
「やっぱりモール内って涼しかった方だったね。ここも涼しいな~」
「そうだな。外は暑かった……人も多いし」
飲み物はセルフサービスではないので、午前のように間違えたりすることはない。
俺は当然のようにコーヒー。暑くして仕方ないが、鹿波さんへの嘘を貫くためだ。
欲する水分は配られた二人分の冷水があった。
「昼食、それで足りる?」
「十分だよ。鹿波さんの方が少ないけど?」
映画館で食べたポップコーンが口内の水分を奪っていたためか、水分欲に気を取られて食欲はあまりない。夏バテじゃないといいけど。
「私は女の子だもん。デザートは別腹だよ?」
「なるほど。それなら大丈夫か」
「ふうん、甘いものばかり食べていると太るぞ……とか言わないんだ」
「どうして言ったら怒りそうなことを指摘するんだよ。そんなに性格悪くないよ、俺」
「あはは、だからデリカシーあるね、って言いたかったんだよ」
鹿波さんなりに褒めてくれたらしい。わかりにくい。
彼女は何かを誤魔化すようにジュースを勢いよくストローで吸って、あっという間に量を減らしていく。
「あ、ありがとう? あれ、単純に意外だって思われただけ?」
「そう。意外だなーって思ったかな。萌奈には言いそうだったから、私にも言うのかなって」
「萌奈さん相手にもそんな酷いこと言わないよ。まったく、心外だな」
何か勘違いをされていたようなので、わざと不貞腐れた表情を見せつけてみる。
女心の一つや二つ、わからないコミュニケーション能力に欠けるような奴なら、そもそも萌奈さんにさえ突っぱねられていた筈だ。
「そうなんだ。じゃあ、私が読み違えたのかなぁ。うーん、萌奈と同じくらい仲良くなれたのかなって調子に乗ってみたんだけど、失敗?」
「失敗。自虐する必要はなかっただろ」
「自虐は拡大解釈じゃないかな……単純な勘違いだって」
指摘されたのが嫌だったのか、鹿波さんの顔色が若干悪くなった。
「それもそうか……ごめん。もちろん、俺も仲良くなれたとは思っているよ。そんなに自信なかったんだけどな」
「ふうん、私がアクション系の映画が好きだってこと知っているくらいなんだから、自信もっていいんじゃない?」
「あー、それはまあ……うん」
ちょっと歯切れが悪くなってしまった。
というのも、それは鹿波さん本人から聞き出した事でもなく、俺は本来知らないことだ。
否定すべきだったけど、咄嗟のことで肯定するしかなかった。
不機嫌になられても困るし、いいだろう。
「どうせ、萌奈が口を滑らせたんでしょ~」
「あ、ああ」
「やっぱりそうだ。本当は私も恥ずかしいんだよ? それでも今日あの映画を選んでくれたのは、素直に嬉しかった。正直、伊織くんだって変だと思ったでしょ?」
お口が潤ったのか、鹿波さんは中々饒舌になってきている。
本当は萌奈さんに教えてもらったんだが、自己解釈で納得してくれるなら好都合。
「まあ、そうだな。異性と見に行くにしては、ちょっと偏ったジャンルだと思った。そこは隠す気はないよ」
「あはは、正直者だなぁ。本当に正直…………まんまと引っかかったね?」
「えっ……?」
突然鹿波さんの雰囲気が変わり、俺は二の句が継げぬ状態で固まってしまう。
聞かずともわかる。俺は選択を間違えた。
勝手に彼女の中で整合性が出来上がっているものだと思って、油断していた。
「ふんふん、その反応……私の予想通りかな」
「何の……話をしているんだ?」
「今回の企画者は、やっぱり真澄じゃなかった」
「どうして、そう思うんだ。さっきから何を言っているのか、よくわからないんだが」
俺の声は震えていたと思う。
鹿波さんの中では、今日の企画者は真澄さんで、俺は予定に関与していなかった。
それも、二人と別れてからの計画性の薄さで、逆に真実味を増していた筈なんだ。
「えー、取り繕うんだ。負けず嫌いなところも意外」
「確信があるなら、どうしてそう思ったのか説明してくれないか?」
「しょうがないなぁ。私は真澄がアクション映画を選んだと思っていた。真澄が誘ってくれた訳だしね。伊織くんだって、真澄が誘ってくれたんだよね?」
「……そうだな」
事実確認をしてしまえば、自ずと俺の発言のおかしさが浮き彫りになってくる。
「なのに、伊織くんはまるで自分が選んだかのように言った。私よりも後に真澄から誘われた伊織くんが、選んでいる訳がないのに。ねっ? おかしいでしょ」
「それでも、他にも解釈のしようはあるじゃないか」
例えば、真澄さんに『鹿波さんと遊びに行くなら』と仮定の話をされて、俺が今回の計画に一枚噛むような事を言った……みたいな話もあり得るだろう。
「だから、こうやって鎌をかけて引っかけてみたんだよ。反応を見たかったんだ。普段見えないような顔を見せてくれたから、確信できた」
「俺の……顔?」
「そう、顔。伊織くんって結構考えていることが顔に出ているんだよね」
油断が顔に出てしまい、伝わってしまったんだろう。
「はあ、そうだな……認めるよ。俺が進行役だった。鹿波さんともっと仲良くなれると思って計画したんだ」
まずは恋愛目的であるかどうか、当たり障りのない表現で有耶無耶にした。
あくまで俺が今日のことを提案したと思ってもらおう。
しかし疑問はまだ残っている。
彼女の推察は……最初から疑っていなければ不可能なことだ。
「でも、どうして……いつから疑っていたんだ?」
「私が伊織くんを疑った理由?」
「ああ。絶対に気付かれないと思っていたから」
「ほら思い出してみて。レストランの時とか、明らかに私と話す機会が多かったでしょ? 何となく変だなぁって思って」
そうか……企画者が違う時点で、浩介達も俺とグルなのはわかっているんだっけ。
あっちから疑問を持たれたなら、納得がいく。
「でも、浩介達とは映画の後別れたじゃないか? 態々演技してまで大胆な計画を立てるなんて、普通思うか?」
「うん。流石の私もそれは思わないよ。だから、あれは想定外のハプニングなんでしょ? だけど、あまりにも違和感だらけで気になってたんだ」
「違和感なんてあったか?」
「浩介くん、幾ら真澄が大事でも人手は欲しかったはずじゃない? 浩介くんが本気で真澄の事を考えて行動する時は、素直に助けを求めてくるんだよ」
俺は目を見開き驚いた。
まさか……鹿波さんが心配だと言っていたのは、真澄さんの方ではなく浩介に対してだったのか。
「だから、あの時私を頼ってくれなかった時は、ちょっとショックだったんだよね」
「随分と思慮深いな。ミステリー系映画も好きなのか」
「そうだね。ぼちぼち、趣向を変えたい時に、かな」
冗談なのかわからない。俺が鹿波さんを侮ってただけに、疑心暗鬼になりそうだ。
「……意趣返しってことになるけど、俺の方からもいいか?」
「あはは、何だろう」
「萌奈さんがコーヒー好きだって、本当は知っていたんだろ?」
それは俺が鹿波さんに一つ目の貸しを作った時の話。鹿波さんは萌奈さんがコーヒーを好きだなんて知らないと言っていた。
俺も口を滑らせたと思っていたが、彼女の嘘だったのだ。
レストランでドリンクを受け取った時に「萌奈は知っていたから、いつもの調子で頼んでいた」と鹿波さんは言っていた。
主体的にドリンクを選ぶ権利を持つ萌奈さんは、コーヒーを選んだに違いないのだから。
「うん、知っていた。いつか見抜かれる嘘だとは思っていたけど、このタイミングかー」
「負けず嫌いなんだよ、俺は。さっき知ったことだけどさ」
天才の俺にとって、出し抜かれたことなんて無かったから、今日初めて知った感情だ。
まさか鹿波さんにこんな気持ちを味合わされるとは、思ってもいなかったが。
「そっか。じゃあ貸しは一つなかったことにするね」
「まあ、これに関しては俺にも嘘があるからお互い様ではあるんだけどな」
「ええっ……自分から白状してくれるのはいいんだけど、そうなの?」
気を遣っている訳じゃない。結構前のことを掘り返した訳だし、少し卑怯だと思った。
だから俺も、本当のことを話したくなった……いや、俺の事を知ってほしくなっただけだ。
「ああ。でも貸しは減らしておいてくれよ」
「仕方ないなー。それで?」
「別にたいしたことじゃないんだけど――」
俺は話し出そうとしたが、丁度コーヒーが無くなってしまい、空腹を実感した。
やっぱりポップコーンじゃ足りなかったらしい。
腹の虫が鳴る前に気付けたのは、幸いした。
「まあその前に、食事をしないか。あまりに手が付かなすぎる」
「もったいぶらせるね。あ、ジュース無くなっちゃった」
余った氷がカランと音を立てるグラスを見せてくる。
「そっちも、か。いや、丁度いいと考えるべきか」
「……?」
鹿波さんはまったく同じジュースのおかわりだったが、俺はコーヒーではなくレモンティーの方を注文した。
勿体ぶっている訳ではない。
俺は見せ返すようにガランと音を立て、グラスを手に持った。
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