第22話

 揺れるような浮遊感。

 牧歌的な回想の一つでも休憩としてなければ、目まぐるしいアクションに翻弄され続けて本当にシーンの中にいる感覚を覚えた。


 それが今見た映画の、素直な感想……いや内容が頭に入って来なかった事への言い訳だ。

 スタッフロールまできっちり見送る中、横から鹿波さんの言葉がボソッと聞こえる。


「……面白かった」


 鹿波さんの感想はたった一言。頭の中でまとまった言葉に収まらない様子。


 シネマを出た後の予定は、ショッピングモール内を回り、昼食を取ろうという計画だった。

 しかし、予測不可能なことは起こるものらしい。


「ごめん浩介、肩借りる」


 ふと見た真澄さんが、少し平衡感覚が鈍そうにして彼氏である浩介に寄りかかる。


「真澄、大丈夫? もしかして映画酔いした?」

「そうみたい。くらくらする」


 ダイナミックなアクションムービーを見た後では無理もない。

 映画酔い……そういえばそんな『酔い』もあったな。


「おっと。ちゃんと立たないと重…………たくないです」

「何でもいいから、休ませて」


 顔色の悪さは演技には見えないが、浩介に対して随分と体重をかけている様子の真澄さん。

 まるで甘えているような、学校では見た事のない弱弱しさを伺わせる。


「二人とも、悪いけど俺は真澄が心配だから、ここで解散しないか?」


 このまま惚気を見ていたいとは思わないが、俺だって真澄さんの事は心配になる。


 体調が悪そうなのに放っておく友達はいない。

 ただ俺と鹿波さんを二人きりにさせようとしているのなら、気分の良い作戦じゃない。


「えっと……私も心配なんだけど」

「わかっているよ。それでも、あとは二人でデートってことにしてくれない?」


 必死に懇願する浩介の顔は、とても真っ直ぐだった。


「真澄が恥ずかしがると思うから……それに、偶には彼氏としてカッコつけさせてくれ」

「浩介、変なこと言わない」

「はあ、わかったよ。後で連絡寄越してくれよ。行こう、鹿波さん」

「う、うん」


 返事をしてくれるが、その場に立ち尽くしていた鹿波さんの手を取る。

 浩介は落ち着いた態度を貫いたけど、本当は心の中で焦っていたんだろう。


 声の震えが、伝わってきていた。

 真澄さんに悟られないように、強くあろうと取り繕ったんだ。


 きっとこれが二人の恋人としてあるべき姿であり……俺の心にグサリと刺さる。


 俺はこんな純粋な恋を諦めていたはずなのに……心の何処かで未練が残っているのかもしれない。憧れさえも、俺は忘れることができないのか。


(何の映画を見に来たんだよ、俺はっ!)



 俺は、逃げるようにあの場から去った。

 鹿波さんは文句ひとつ言わずに付いてきてくれたものの、何も話さないのは気まずくなる。


「あ、ごめん。手、引っ張って」

「ううん。あそこにいても、気まずくなるばかりだったと思うし、ありがとう」


 鹿波さんも真澄さんが心配で、悩ましい気持ちがあったんだろう。

 不安があったのは俺だけじゃないという事実に、少しだけ安心する。


 本来の計画が頓挫した以上、ここからは全部アドリブ。やってやろうじゃないか。萌奈さんに約束した通り、勇気を持って鹿波さんを落としてみせよう。


「今から昼食にするには早すぎるし、何処か寄ってからいかないか?」

「あー、そうだね。折角来たんだし。そうじゃないと損だもんね」


 戸惑う鹿波さんも、普段の萌奈さんに慣れているだけあって切り替えが速かった。

 内心ではまだ浩介達の事を考えていたらしい。友達思いなんだろう。


「鹿波さんは行きたいところとかある?」

「うーん、そうだなぁ。エスカレーターで上がる時、チラッと見えたんだけど、三階のジュエリーショップとかが気になるかも」

「じゃあ、そこ行ってみるか」


 俺はアクセサリーには詳しくない。

 リード出来ないことは残念に思うが、彼女の趣味にも興味を持ちたい。


 連れられた先には小さなテナント。お洒落なネックレスやイヤリング等が陳列している。


 最も目を惹きつけるのはそれらだが、端には手に取れる安価……とは言いにくいが比較的リーズナブルな価格のものもある。


「これとか、どうかな。ピンクトルマリンでかわいい」


 鹿波さんは小さい宝石型のペンダントを手に取って、首元に付けるように見せた。


 なんか、女の子っぽい……なんて思ってしまう。

 慣れない雰囲気の中、意識を正すために宝石の説明について読んでみる。


「えっと、石の効果は知識欲か」

「ねえ、それよりも石言葉見てみて? 思いやり、だって。これいいんじゃない?」


 石言葉を一つ挙げてくれるが、他にも恋愛運という意味もある。


 言わないのは、恥ずかしいからなのかと思ったが、態々いう必要もなかった。

 どうやら俺の方が意識してドキドキしているみたいだ。


「いいと思う。でも、他にも色々見ようよ。例えば、このアクアマリンなんてどう? 特に夏の季節で薄着にピッタリだと思う」

「石言葉……幸福。見た目は綺麗だけど、私に似合う色かな? こういうのは萌奈の方が、似合うんじゃない?」


 そうかな。確かにあの碧眼に似た色だけど、萌奈さんのセンスで言えば、もっと鮮やかにしてくるだろう。そう例えば――。


「萌奈さんで考えるなら、そこのローズクォーツのような色合いが髪色に合いそうだ」

「それ、石言葉が愛の告白だよ?」

「へ……? あ、本当だ」

「いいの? 告白?」


 宝石は恋愛運の効果を持つものが多いのは知っているが、その意味は不味い。

 というか、態々言葉にしなくていいじゃないか。逆になんで恋愛運の時は無視したんだ。


「よ、よくない。色合いだけ見て選んだ。本当に他意はないんだ」


 決して俺にそんな意図はないと、慌てて見せると楽しそうに笑いだす鹿波さん。


「あはは、焦り過ぎ。そんなに否定しなくてもわかっているって」

「鹿波さん、萌奈さんみたいな顔しているよ?」


 正直、そっちの方が接しやすいというか、俺も気楽になれるので悪くない……気がする。

 でも、萌奈さんと鹿波さんって、知れば知るほど全然趣味とか違う。


 今回の映画、萌奈さんが来なかったのは、実はダブルデートに集中させようとしたかったからじゃない。単純に、アニメーション系に興味がなかったからだ。


「え、本当? そうかなぁ。想像して重ねちゃったんじゃないの?」

「まったく。深読みはやめてくれ」


 女の子は恋愛話が好きなのかもしれない。鹿波さんは恋愛系の映画を見ないって聞いたし、そういった話があまり好きじゃないような気がしていたのにな。


 まあ鹿波さんはいつも萌奈さんのことを考えている節があるし、その延長線上で気になっただけなのかもしれない。


「ごめん、ごめん。それもそうだね。でも、伊織くんが選んだアクアマリンは個人的に気に入ったから、買おうかな」


 個人的には、鹿波さんに似合っていると思って選んだので、結局選んでくれるところに、俺も嬉しくなった。


 白いワンピースとかと一緒に付ければ、シックなコーデになって良さそうだ。


「……あっ!」


 会計に向かおうとした時、鹿波さんが何かに気が付いて立ち止まる。

 宝石を取り付けたやけに華奢なアクセサリー。その宝石は先ほど見たものと同じだ。


「ローズクォーツ……えっと、このアクセサリーは、何か特別な物なのか?」

「これ今のトレンドなんだ。とても流行りのヘアゴムでね、友達同士で交換するんだって」

「……交換?」

「あっ、ごめん。仲のいい女の子同士でプレゼント交換するのが流行っているんだ」

「今、女の子同士を強調したのは何故だ?」

「さてはて、なんでだろうね」


 彼女の瞳に吸い込まれそうになった。

 確かに俺は今、残念に思っていたからだ。女子同士限定なら、俺は鹿波さんと交換できそうにない。


 淡い希望が刹那にして砕かれた。尤も、俺の髪は結ぶほど長くないけど。


「でね、ブランドが元々ペア物を作っているところで、結構人気なんだよ。オーダーメイドもあって、気になっているんだぁ」


 鹿波さんはその後の話も長かったが、最近の流行りの話は面白かった。


 とてもご機嫌だが、萌奈さんにプレゼントしようとでも考えているのだろうか。


(そういえば、どうしてピンクっぽい色が萌奈さんに似合うと思ったんだっけ)


 何処かで似たようなアクセサリーを見たことがあった気がするのに、妙な感じだ。


 絶対的な記憶力を持っている俺でさえ、何処で見たものか思い出せなかった。

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