第21話

 そんな訳で、鹿波さん含めた四人でダブルデート……遊びに行くことになった。


 真澄さんが映画のチケットが四枚あるからと募り、映画のジャンルがアクション系だったことで、見事に鹿波さんは釣れた。


 当の俺は数合わせ要員として付いていくという、結局他人任せになってしまったが。


「おはよう。待ったかな?」

「いやまったく。鹿波さんがギリギリなのは意外……いや集合時間には間に合っているのか」


 それにしても今日は朝から暑い。

 これっぽっちも意識していなかったけど、そういえば季節はもう夏か。


 付いていくだけだからと、責任感がなくて気楽に考えていたが、俺も気が緩んでいるな。

 全員揃ったので、行く準備が整っている事を確認する。


「チケットは予約してあるから、受け取ったら時間まで映画館の下にあるレストランで軽く過ごさない?」

「いいね。そうしよっか」


 映画館は、近場のショッピングモールの中。

 ぶらぶらとモールの中を歩き回っても楽しそうだが、夏の暑さがその気を奪った。


 レストランで落ち着くのは、俺としても賛成である。

 こんな気温でも元気なのは丁度、今回来ていない千里と萌奈さんくらいか。


「誰も触れないけど、鹿波珍しくいつもより気合入っているよな?」


 移動しようって時になって、俺を一瞥して呟く浩介。

 わざとらしいにも程があるけど、言っていることは正しいので便乗する。


「確かに普通に見たら、いつもよりお洒落だと思う。陽射しが眩しくて、気付かなかった」

「ふうん。眩しくて……かぁ。萌奈を見て目が肥えたの間違いじゃなくて?」


 鹿波さんの返答に俺は狼狽えた。どうして萌奈さんの名前がここで挙がるのか。


 萌奈さんがお洒落上手なのはわかる。しかし俺が即座に想像できる彼女の姿はツインテールで自分らしさ全開の印象。なので、お洒落というにはベクトルが違うようにも思った。


「いやいや、それはないな。ないない」

「そこ、断言していいの? 萌奈が聞いたら残念がりそう」

「…………」


 つい気が抜けて、バッサリと言い切ってしまった。失言だった。

 告げ口されてしまったら小言を言われるのは、既に容易に想像できて冷汗が出る。


「貸し二つ目だね」


 鹿波さんに対する貸しが増えてしまった。

 ふと、浩介の方を見るが、目を逸らされる。助け船は無しと。


「うーん、自分で言うのは変だけど、貸しを思い出してもらうために難癖付けて増やしただけだったりするんだけどね」

「なんだそれ。鹿波さんにも腹黒いところがあるんだな」

「そう思われない為に、はっきりと言ってみたんだけど? あっ、それじゃあ試しに、ちゃんと褒めてみてくれないかな」


 事後報告されても腹黒いことには変わらないと思うけどな。


「褒めてって……さっきのリテイク?」

「そそっ。場合によっては不問に付すかもしれないし、ダメかな?」

「鹿波さんが判断したら、どちらにしてもダメとかいうオチはないよな」


 なんだか不味い状況。とりあえず緊張を拭うためにも浩介たちを巻き込もうと試みる。


「ん? じゃあ、浩介くんと真澄に採点してもらっていいかな?」

「なんか面白そうだしいいよぉ。はいどうぞ」


 真澄さんも同意だと頷いて見せるが、こっちは暑さで既に力が抜けている気がする。

 まあ浩介がいるんだし、大丈夫だろう。


「鹿波さんは雰囲気がいつもと同じだから、とても自然に溶け込んでいるような……そんな魅力がある」

「……?」


 返ってきた鹿波さんの反応は、首を傾げるだけだった。

 限界で目を逸らすと、その瞬間に声を出して笑い声をあげられた。


「あはは、伊織くんそんな褒め下手だったんだ。動揺しすぎだと思うなぁ」

「さ、採点は……?」


 下手ってことはないはずだ。萌奈さんならこれで喜んでくれる。間違いない。

 真面目に採点が気になって浩介の方を見たら、今度は顔すら逸らされた。


「いや、もう鹿波が言ったし、その見捨てられた小鹿のような顔はやめない? あ、真澄はどう思った?」

「諦めないでくれよ。まあいいや、真澄さんの感想に期待するよ」


 矛先を変えると、同様に困った顔をし出す真澄さん。

 俺が寂寥感を漂わせると、真澄さんもぎこちなく答えてくれる。


「小鹿みたい」

「……今の俺の顔についての感想じゃないんだよ」

「マシな方だったと思うよ」

「おお、良かったな、伊織。これは高評価だ!」


 瞬く間に浩介がフォローしてくれた。

 間違いなく真澄さんへのフォローだけど、及第点と捉えれば悪くない。


「わ、わーい?」

「あはは、何それ。萌奈の真似?」

「萌奈さんだったら喜びのあまりその場で踊り出してるよ」

「あははっ、しそー。ということで貸し二つだからね。ドンマイ!」


 畜生。これなら予め練習しておくんだった。

 しかし鹿波さん……何でもかんでも萌奈さんと結びつけてくるけど、気のせいかな。


 予定通りに待ち時間を過ごそうとすれば、レストランの中は冷房が利いていた。


 ショッピングモール内と比べても居心地が良く、リラックスする。


 注文したドリンクバーを真澄さんが全員分持ってきてくれるそうなので、俺だけは何となくコーヒーを頼んだ。他の皆の飲み物は適当に選んでくれるらしい。


「ごめん、何でもいいって言ったけど、私アイスティー飲めない」


 しかし適当に選んだ結果、俺以外の三人分は全部アイスティーだった。一体適当とは……。

 鹿波さんにも、好き嫌いなんてあったんだな。


「……いつも通りにすれば良かったね」

「ううん、いつも萌奈任せで、私が伝えてなかったのが悪かったから。本当にごめん」


 二人の会話から察するに、いつもは萌奈さんが持ってきてくれる役割だったようだ。


「選び直しに行ってくるね」

「じゃあ、戻すのも面倒だし、俺が鹿波さんの分も飲むよ」

「ありがとう、伊織くん」


 返そうとしたグラスを鹿波さんから受け取って、手元に置いた。

 その冷気でコーヒーが冷めてしまう前に飲み始める。


「そういえば伊織くん、コーヒー好きなんだっけ」

「あれ、言った事あったか?」

「えー、貸し一つ目を作った時だよ? それも忘れちゃった?」

「ああ……すっかり忘れていた。そういえば、そんな事あったな」


 プール掃除の朝に、そういえば伝えていた。

 結構慣れた嘘だからか、意識できていなかった。


「ふうん、忘れていたんだ」

「あ、いや……なんか悪い」

「ううん。別に怒ってないよ。そういう無頓着なのとこ、萌奈と似ていて嫌いじゃないしね」


 そんな訳ない。俺のことが間違ったように伝わって、あまりいい気分にはなれなかった。

 コーヒーの味が、嘘の苦さが……口の中に広がってくる。


「いや、暑くなってきたから、酔ってしまったのかもしれない。単純な失念だよ」

「え、酔ったって大丈夫?」


 まじまじと俺の顔を見ながら、心配してくれる鹿波さん。

 暑いからって言っているんだが……まあ熱中症だと思われても困るか。


「あれだよ、カフェイン酔いってあるだろ? 頻繫にコーヒー飲んでいるから、それだ」

「本当に? 目が泳いでいるように見えるけど」


 そんなつもりはなかったが、もしや俺の顔を見れば感情がわかりやすいのだろうか。


 ふとした疑惑だったが心当たりがある。紺乃にも「顔を見ればわかる」と言われていたな。


「いや、大丈夫だから。感覚わからないと思うけど、そんな支障ないから」

「ううん、わかるよ。発想を逆転させてみて? 私はカフェイン酔いに弱いから、コーヒーも紅茶も苦手なの。だから心配にもなるって」


 先ほどアイスティーを飲めないと言った理由は、そういうことか。

 じゃあ、俺の言い訳は墓穴を掘っただけということになる。


「そっか。それは心配かけた。でも本当に大丈夫だから、気にしないでくれ」

「わかったよ。誤魔化されてあげる。でも、そっか……羨ましいなぁ」


 目を細めた鹿波さんは俺の方を向きながらも、目が合わなかった。


「カフェインに強いことに? 特に、無理して飲むものでもないと思うけど」

「うん? あー、それもあるかな」

「え……?」

「ふふっ、やっぱり伊織くんは見ていて面白いと思うよ。普通のトーンで声にしちゃっただけで、羨ましいなって言ったのは独り言だったんだ。気にしないで?」

「あ、ああ」


 本当はどういう意味で言ったんだろうか。

 「それもある」って言うくらいだから、他に意味があるんだろうけど、ここは鹿波さんの言葉に従っておこう。


「随分ゆっくりしていたけど、あと数分だよ?」


 真澄さんが教えてくれた。俺も自分の腕時計とチケットの上映時間を照らし合わせる。


 おや、思った以上に寛いでいたらしい。

 暑さで思考が鈍った……なんて言い訳はできそうにもないし、俺はコーヒーを飲み干すとアイスティーに手を付ける。


「映画途中、トイレ行きたくなるよ。程々にしておきなよ」


 浩介の言う通りだ。

 カフェイン酔いは知らなかったけど、利尿作用くらいは知っている。

 シアターを途中で抜け出すのは他の観客の迷惑だ。


 一理あると思った俺は、紅茶を飲むのを浩介にも手伝ってもらった。

 鹿波さんを気遣うつもりでグラスを受け取ったのに、やはり現実はままならないな。

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