第20話

「話はわかった。なるほど、そういう構図になっているのか」


 ある日の放課後。

 萌奈さんが呼び出した図書館には先に浩介と真澄さんがいた。


 最近、千里が部活で忙しいので、鹿波さん攻略の為に俺は二人にも協力を求めようと説得にかかった。


 俺自身、萌奈さんからアピールが少ないと指摘されたことからも、もっと計画的にその機会を作りたいと思っている。


「その言い方……なんか心当たりがあるみたいだな。もしかして気付いていたのか?」

「……あー」


 浩介の反応に引っかかりを覚え訊くと、俺の問いに答えたのは、真澄さんだった。


「やけに、萌奈が鹿波を避けていたから、その理由に納得いったみたい」

「そうそう、そう言いたかったんだ」


 言いたかったことが上手く代弁されていたらしい、浩介は嬉々として頷いていた。

 一方俺は困惑する。萌奈さんが鹿波さんを避けているなんて俺は気付いていなかった。


「わかりやすかったか~。ほら、鹿波はあたしにばかり気を遣うじゃない? 少し距離を置いた方が伊織さんともコミュニケーション取りやすいと思ってね」

「……そこまでしなくても、良かったんじゃないか?」

「そうかなぁ」


 あっけらかんと返答する萌奈さん。

 言う事は理解できるが、それでも鹿波さんは周囲にも気を配っていたと思う。


「俺は伊織に同意。心配なくても、鹿波は萌奈よりも恋愛経験あると思う。だって――」

「浩介、それは鹿波の許可を取っているの?」

「おっと、そうだな。伊織が鹿波のことを好きなら、直接訊くべきことか」

「え、何のことだ?」


 真澄さんに注意された浩介が、言葉を止める。何だ?

 恐らく俺以外は知っている内容なんだろうと察しは付くが、だからこそ気になる。


「その……鹿波に他言無用と言われている事で、さっきは俺が口滑らせかけただけだから、伊織が気になるのはわかるけど、ごめん。何も言えない」


 頭の中で様々な憶測が生まれる。同時にイヤな予感も。


 鹿波さんは本当に彼氏がいないのか? ふとした疑問が頭から離れない。

 萌奈さんの方を一瞥し、答えてくれることを期待する……が、苦い顔を見せた。


「伊織さん、しょぼくれているけど勘違いしないで? 鹿波は今誰とも付き合ったりしていない筈だから。ううん、今までも、って方が正しいけど……ごめんよ?」

「わかった。萌奈さんを信頼しているから、大丈夫」

「うん。恋人になってから、直接訊いてみるといいよ」

「そりゃ……そうだな」


 萌奈さんの大胆な発言に対し一瞬言葉に詰まった。


 もう既に、萌奈さんの中では俺と鹿波さんが付き合う想像が出来ているらしい。

 それは嬉しいようで――なんだか無機質な感情を覚える。


 鹿波さんはいい人だ。付き合えたら、きっと本当に好きになれそうなのに、憶測以上の感情が生まれない。


「それで……話をもどすけど、二人は協力してくれるの?」

「うーん。一応確認しておきたいんだが、千里はそっち側なんだよな?」

「ああ。何となく、察しついていた?」

「鹿波からの応対を、伊織に繋げていたからな。気付くよ」


 日頃から千里は協力してくれていたけれど、二人にはバレていたらしい。

 浩介と千里の付き合いは長いのだろうし、不思議ではなかった。


「真澄、いいよね?」

「ええ。協力する。だけど、鹿波に告白して断られても、責任取らないから」

「俺も同じく。別に恋に破れたって、グループから追い出すような真似はしないから安心してほしい。鹿波もそんな奴じゃないだろうし」

「それは……助かるな」


 正直、萌奈さんが頼もしかったこともあり、俺はあまり失敗の後を考えていなかった。


 過去に盛大な失敗をしても学ばないのは、俺の悪癖かもしれない。

 だからこそ、そこをカバーしてくれるのは素直にありがたいと思った。


「じゃあ、早速だけど作戦会議しよう!」


 明るい声と共に、図書室に用意されていたホワイトボードの前に立つ萌奈さん。


 マーカーペンを持って箇条書きに何かを書き始めた。

 上から順に水族館、遊園地、博物館――。


「なんだ? それ」

「デートプランに決まっているでしょ。どれがいい? 追加もありだよ」

「待て待て。誰と誰のデートプランだよ!?」

「当然、伊織さんと鹿波のだよ?」


 何食わぬ顔でそう言ってのける萌奈さんに、俺は戸惑いを隠せない。


 というか、どうしてデートすることになるんだよ。

 機会を作るために二人を引き込むことは了承していたが、これは初耳だし飛躍し過ぎでは?


「いやいや、こういうのはもっと慎重に事を進めなければ……だろ?」

「えー……前に言ったけど、もっと脈アリだってアピールする必要があるんだよ!」

「いきなりデートはないだろ。ほら、鹿波さんだって迷惑かもしれない」


 俺だって、紺乃に対する牽制の為、彼女は今すぐにでも欲しい。


 でも、ちょっとモーションかけた程度で鹿波さんが俺のことを好きになる筈がない。

 むしろ、逆効果にもなりうる可能性を考えるべきだ。


「むぅ大丈夫だよ。鹿波はそんな風に思わない」

「そうだね。でも、萌奈の案はどれも友達として行くにしては、ちょっとあからさまかもしれない」


 浩介は俺の考えも汲み取ってくれたみたいだ。


「そう言うなら、浩介の案をどうぞ!」

「そうだね……映画館なんてどう? 結構前に、鹿波の家にお邪魔したら、確か充実していた気がするよ」

「あー、そんなこともあったね。萌奈が興味津々だったのも覚えている」


 浩介と真澄さんは懐かしそうに言う。それが趣味なら、確かに役立つ情報だろう。

 案も悪くない。映画館なら、後々の話題にだって困らない。


「浩介の案いいな。よし、そうしよう」

「それで良いんだ。じゃあ映画館に決定! 因みに鹿波の好きなジャンルはアクション系ね」

「……本当に?」


 好きなジャンルを教えてくれるのはありがたいが、ちょっと意外だった。


「うん。鹿波の家にあった円盤は、アクション系が多くて、恋愛系が極端に少なかったから、そうなんじゃないかな」

「うわぁ、わわわ。鹿波には似合わない、って顔しているね。失礼な伊織さん」


 同意したつもりだったが、萌奈さんがじっと目を合わせてくる。

 いや、素直に偏見だった。


「鹿波さんの好きな事を否定したりはしないよ。むしろ、アクション系なら男子である俺は相性いいと思わないのか?」

「それ、男子なら伊織さんじゃなくてもいいじゃん」

「…………」


 元も子もない。


「それにあたしは男子だからとか、そういった先入観を持ち合わせていないので」


 萌奈さんは、少しだけ舌を見せて誤魔化した。

 俺が先に誤魔化した事に気付いたから、やり返しなんだろうけど。


「ともかく、鹿波はアクション系が好き。で、浩介の言う通り恋愛系の映画も見ないから恋愛には疎いの。つまり、ちょっとモーションかけたところで、鹿波は気付かないかもしれない」


 別に恋愛系の映画を見ないからといって恋愛に鈍感とは限らないと思うけど――。


「はいはい。つまり、積極的にアピールしろと?」

「その通りだよ。多分、伊織さんはこのまま行っても成果が出なそうだから、ここはあたしがビシッと言わないとね」

「わかった。萌奈さんの根気に負けたので、頑張ってみるよ」


 敗北を宣言すると、相変わらずの慣れたドヤ顔になった萌奈さんがムードを戻す。


「うんうん。約束だからね。さあさあ、頑張ろう!」

「それじゃあ、次はどうやって俺が鹿波さんをスムーズに誘えるのか、が議題だな」

「はい?」


 しかし、俺の言葉に萌奈さんが疑問符を浮かべた。

 あれ、何か間違えたこと言ったか? やっと積極的になったというのに、どうして対照的に士気の下がるような表情を浮かべるのか。わからない。


「何のために、この二人に協力を仰いだと思っているの? ダブルデートなら、きっと違和感ないよ!」

「……は?」


 萌奈さんの事を決して侮っていた訳じゃないけど、それは流石に奇想天外だった。

 二人はその為の人員だったらしい。

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