第24話
「話の続きだけど、俺の嘘はこれ。レモンティーの方が好きなんだよ」
「……注文する時に教えてくれてよかったんじゃないかな」
焦らしたことで気分を悪くさせてしまったらしい。
案外せっかちなのか。
「それは、ごめん。気になっていたのか? ムスッとした顔しているけど」
「焦らされたら普通こんな顔になると思うけど。それはさておき、嘘っていう言い方はおかしくない? コーヒーも好きなら、別に嘘じゃない」
「ん……? ああ、そうだな」
言い方が悪かったらしい。
俺はそれならば、と詳しく話そうと思ったが、鹿波さんが考察を述べる方が速かった。
「だから、そういう叙述トリック? で、私を騙したかったんじゃないの? 少し時間を空けたのだって、そうなら納得できる」
「いやいや、まったくそんなつもりはないよ。幾ら一度騙したからって、考え過ぎだ。ただコーヒーも最近は好きになってきたかもしれないだけだよ」
最近好きになってきたどころか、萌奈さんの家で飲めるのに限っては、レモンティー以上に好きかもしれない。
「あ、本当っぽい。でも、最近は……か。じゃあ、プール掃除の時はコーヒー好きじゃなくて、その時点では、レモンティーの方が好きだったってことかな」
本当っぽい……って、何だと思ったら鹿波さんと目が合う。
なるほど、俺の表情が信頼性高くて良かった。
(信じてくれなくては困る。この事を白状したのは……保証だしな)
鹿波さんを彼女にしたところで、紺乃に紹介しても、本当に交際しているか疑われるだろう。
紺乃ならば関係を探る為にこの点から詮索してくると、俺は踏んでいる。
その際、俺の変化について鹿波さんが説明できれば、紺乃への牽制としては十分だ。
「たいしたことじゃないだろ……って、おかしいか?」
「ううん。そうなんだなーって思ったら、なんかシンパシー感じちゃったかな。そういうことあるよね」
意図した訳ではなかったけど、通じるものがあったらしい。
まったく検討つかないので教えてほしい。そんな風に言われると気になってしまう。
「シンパシー……って、例えば?」
「ふうん、気になる?」
「そりゃ、気になるよ」
「どうしようかな。何の意味もなく焦らされたから、意地悪したくなったなー」
急に面倒くさくなったな……萌奈さんに通じるものを感じる。
いや、萌奈さんの真似をしているような気がする。なら、俺も遠慮なく訊きだそうか。
「なら、ここの会計全部俺が支払うから教えてくれ」
「ちょっ……待ってそんな手段は狡いよ、伊織くん。答えるから、支払わなくていいよ」
「そうか。じゃあ教えてくれ」
「うわぁ。そういうやり方をされると言い返せないのが悔しい。まぁいっか。私ね、アクション系の映画が好きだって言ったけど、恋愛系の映画も好きなんだ」
とてもタイムリーな話題を挙げてくれた。
いや、単純に心当たりがあるから出しただけかもしれない。ところで……だ。
「そうなのか。でも、恋愛系の映画はあまり持ってないって聞いたぞ」
「へー、私の知らないところで、随分盛り上がっていたんだね」
「あっいや」
そこを突かれるとは思ったが、鹿波さんの顔に圧倒された……目が笑ってない。
更に、変に口を滑らさないようにしようと思ったら言葉が出なくなった。
情けない俺の動揺に、鹿波さんは苦笑して話を続ける。
「ふふっ、別にいいよ。元々ね、恋愛系の映画を嫌いになりたくて、見始めたんだ」
「そ、そうだったのか。変わった趣向だなーって思っていたけど、それでも、恋愛系じゃなくて、アクション系を選んだ理由は?」
他のジャンルに乗り換えるやり方で。恋愛系の映画を嫌いになろうとしたのはわかった。
でもアクション系を選ぶのは中々に変……個性的な気がする。
「目新しいものが見たかったからかな。あ、同年代の男子が話題にしていたからかも」
「あ、そこは案外安直な決め方なんだ」
「えー、自分では結構突飛な発想だと思っていたんだけどなー。それで見始めたら、気付いた時にはハマっていたんだ。男の子が見るからって、遠ざけていたけど、面白かった!」
それが、俺に通じるものがあるということの正体か。
別に、俺はレモンティーを嫌いになりたくてコーヒーを好きだと自己暗示したわけでもないが、多少似ていることは理解できた。
「そうだったんだな。鹿波さんがアクション系の映画を好きになった理由がわかって、スッキリした気分だ。それに、やっぱり女の子だから、恋愛系の映画も好きなんだな」
「男の子が見るアクション系の映画を遠ざけていた、って話したばかりなのに、白々しいまでの先入観だね。まあそうなんだけど」
「安心したんだよ。鹿波さんの女の子らしいところが、異性の俺には刺さるっていうか、そっと腑に落ちるイメージだからさ」
自分で言っておいて気持ち悪い表現だった。
たまに不手な言い訳をするのは、俺の悪癖なんだろう。萌奈さんに指摘されたことも多い。
「ごめん。今の忘れてくれ。鹿波さんの話の続きを聞きたい。恋愛系の映画のこと」
「あ、はい。えっとね。その、恋愛脳? ……っていうのかわからないんだけど、結構重症なんだよね」
空気を読んでくれた鹿波さんは、苦笑交じりに自分のことを話してくれる。
「わざわざ嫌いになろうとするくらい?」
「うん。この人とあの人がくっつく……みたいな感じで、序盤から自分の中で定めて、実際にくっついたらその時のカタルシスが凄く堪らなくて、好きなんだ」
「…………」
本格的に自分の嗜好をノリノリで話す鹿波さんに対して、俺はやや引いていた。
それでも、見抜かれないようにポーカーフェイスを保っている。
「えっと……何となくわかったけど、それは現在も健在なのか?」
「褒めているのか馬鹿にしているのかわからない言い方だね。もしかして煽ってる?」
「まったくそんな深い意味はないよ。今でもそうなのかな、って好奇心で思っただけ」
「今でもそうだよ。だから、恋愛系の映画も好きだって先に言ったでしょ」
胸張っていってくるのが、新鮮だった。多分、これが鹿波さんの素なのかもしれない。
「そっか、納得した。でも、そんなに夢中なら、どうして嫌おうだなんて思ったんだ?」
「あー、そこに繋がっちゃうのかー。その調子だと、みんなにも聞いてないんだね」
「何のことかわからないけど、聞いてないと思う」
そう言いつつ、一つだけ心当たりはあった。明らかに隠されたような話がある。
鹿波さんの恋愛経験についての話。直接本人に訊いてくれと、確かに言われていたな。
「そっか。他言無用って言ったけど、伊織くんになら話しても良かったのにね」
「秘密にしてほしいって言っていたなら、軽々しく言っちゃダメだろ」
「ふふっ、それもそうだね」
恐らく俺の予想は当たっている。やはり恋愛経験の話が絡むだろう。
引っかかるのは、萌奈さんが言った、鹿波さんが誰とも付き合った事がないという部分。
萌奈さんが口を滑らせた訳ではなさそうだけど、気になっていた。
「じゃあ、どういう事なのか説明を求めても?」
「まあまあ落ち着きなさいな。ちょーっと長い話かもしれないよ」
「構わないさ。興味があるからな」
「ふふっ、じゃあ教えてしんぜよう」
「何か萌奈さんっぽい言い方」
「ふふっ、言ってみたかったんだ。私の中学時代のお話になるんだけどね。とある恋愛がきっかけで、一時期自分の嗜好がイヤになっちゃったんだ」
ジュースをストローで一回吸って一息を吐く鹿波さん。
俺も、いつの間にかレモンティーを飲み干していた。もう一杯飲みたい。
飲み物を再度注文して、改めて体裁を整える。
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