第25話
「……あのさ、暗い話じゃないからね?」
「そんなことはわかっているよ。鹿波さんの顔が真剣だったから身構えただけ」
一息吐く鹿波さんに、俺は目を逸らしたけど、優しい口調で語り掛けてくれる。
「ううん。むしろ気分が軽くなった気がするから、伊織くんも緊張しないで。えっと、まずは、私が中学の頃は、地方に住んでいたって知っているよね」
「ああ。聞いたことがある」
何度かそんな話をしているのを小耳に挟んだことがあるため、記憶に残っている。
「その頃……というか、それまでかな。仲のいい親友が二人いたの。一人は男の子で、もう一人は女の子」
三角関係ってやつが繰り広げられるのだろうか。
だとしたら、修羅場があるのか。
そう考えただけで、少しウキウキしてしまう。最近のラノベで、そういう流行りがあるからだ。しかし顔に出ないようにそっと心に仕舞い込み、耳を傾けなければ。
「私はずっと、二人がくっ付けばいいな……って思っていて、女の子の方から恋愛相談してきてくれた時は、人生で一番興奮したと思う」
「そ、それで、協力したんだよな? その相談に」
表現の仕方に突っ込みたいが、ドン引きしていることを表情に出さないように我慢するだけで余裕がなかった。
一先ず話の続きを促すと、鹿波さんは頷いてくれる。
「うん。でも、中学三年生になる時にね……男の子の方から告白されたんだ」
「暗い話じゃないって言ったよな? 修羅場じゃないか」
「話は思わってないよ?」
「すみません」
俺の言葉に真顔で返されて俺は固まってしまう……怖い。
「私は告白を断ったんだ。それでも親友でいたかったから、告白を無かったことにしたんだよね。だから、関係は変わらずに済みましたと、さ。ね? 全然暗くないでしょ?」
「……それだけ?」
「冗談。続きはあるんだ。私はね、結果的に二人をくっ付けることに成功したんだよ」
「……は?」
展開に驚きを隠せない。
鹿波さんに告白された男子は、同じく親友の女子と付き合った。それだけなら簡単だけど、その間には結構な時間が空いている筈だ。さらっと言わないでくれ。
「それでハッピーエンドだったら良かったんだけど、二人が付き合った後で、男の子の方が私に告白したことを女の子の方に口滑らせちゃったんだ」
「やっぱり修羅場じゃないか!」
「こらっ、修羅場を望んでいるの? 続き話すから、ご清聴ください」
「……はい」
鹿波さんは「だったら良かったんだけど」って逆接の接続詞を使っているので、俺はハッピーエンドを否定された気分だが、言葉の綾なのだろうか。
こういう時、早く知りたいような、知りたくないような、アンビバレントな感覚に陥って心が揺す振られる。
「それでも、二人は仲睦まじくなっていたし、私は相談に乗ってくれた。というか、二人を実際にくっ付けた立役者として、許されたんだよね」
「あー、そういう感じになのか。……一件落着?」
残念ながら修羅場にはならなかったらしい。
「えーっと、二人との関係は一件落着したかな」
「なんかぎこちない答え方だな」
「……多分、私の方が気にしちゃったんだよね。二人が恋人になって、浮かれてすっかり忘れていたけど、あっ、私告白されていたんだ! ……って、つい思い出しちゃってさ」
「普通、忘れないよな?」
「だって、私は二人をくっ付けることで頭がいっぱいだったの! 無かったことにするんだから、気にしないためにも忘れるよ」
忘れようと思って忘れられるほど、告白はコンビニに行く感覚で行われるイベントじゃないと思うが。
鹿波さんも、笑い話にする為に話を脚色しているだけかもしれない。
「それでね、このことが理由で、逃げるように都会の高校に進学したんだ」
「……話がいきなり飛んだな。しかも、そんな理由で進学したのか」
「元々、候補にはあったんだよ。ただ、地元の進学候補もあったからそっちに行く予定だった。それをこっちに乗り換えたきっかけになった……かな」
なるほど。ここで鹿波さんと話せていることも、紆余曲折あってのことだと考えたら、少し運命的に思えた。
その分、現実はテレビドラマよりも前途多難で、それこそ映画のようだけれど。
「あ、そうだ。話はその続きになるんだけど、萌奈から聞いた? 入学式のこと」
「何それ。聞いてないよ」
「そっか。実はね、私も萌奈も、入学式に遅刻しちゃったんだよねー。懐かしいな」
笑っていうことか? 鹿波さんって、そういうところは真面目だと思っていたんだけどな。
「あっ、勘違いしないでね。私は、土地勘がなくて迷っただけなんだよ?」
「なら……まあ仕方ないか。それで、萌奈さんとどう関係があるんだ?」
「そこで萌奈と初めて出会ったんだ」
「……つまり、萌奈さんは純粋に遅刻したのか」
「あー、それは……そういうことになるね」
まったく、萌奈さんや。
俺に早起きを促してきたけど、元は同じ穴の狢じゃないか。
どうせ、夜遅くまでアニメでも見て寝坊したんだろう。いつからあの家に一人暮らしなのか知らないけど、そんな気がした。
「私、ボランティア活動とかも時間あると参加しているんだけど、元々、この町を知らなかったから始めたことだったんだ」
「それでも積極的だと思うけどな。プール掃除を立候補した時から、思っていたよ」
「ほら、自分の住む町くらい好きになりたいでしょ? 伊織くんみたいに地元ならわからないと思うけど、私はそう思ったんだ」
やはり、それは偉いことだと思う。
俺が引っ越しをして、その立場だったとすれば、そうは思わない筈だ。
進学のためならば、その町にいるのは僅か三年間。
それでも構わずに、地域へ貢献したいという想いは、限りなく善性のものだろう。
「そんな訳で、今は楽しく生きているから、過去の事は吹っ切れてる。だから、あんまり心配しないでね?」
「あ、ああうん、わかった」
「……って、いけない。話を戻さないとね」
「話を戻すとっていうか、話を始めたのは鹿波さんだけどな?」
「気にしない気にしない、口を挟まない。わかった?」
「はい」
強引だなぁ……。
「私が恋愛系の映画を嫌いになろうとした理由は、進学高校と同じように、逃げようとしたからなんだ。掘り下げれば、二人が互いを一途に想い合ってほしいっていう執着が原因かな。これで一通り説明できたかな」
確かに、恋愛系の映画はドラマチックを演出するために、客を焦らしたりするからな。
鹿波さんはその部分が嫌いだったのかもしれない。
まあ単純に焦らされることが嫌いなだけかもしれないけど、注文して時間を空けた時の鹿波さんの顔を思い出す。
圧を感じるところが怖い。
鹿波さんのことは、知れば知るほど腹の底が見えないみたいだ。
「できたよ。凄く理解できた。共感はしたくないけどな」
「えー、お世辞でも同情しないんだ?」
「なんで驚くんだよ。お世辞だったら、何も言わないものなんだよ。同情は少なくともお世辞ですることじゃないだろ」
「ふうん。そうなんだ。なんか、大人みたいな考え方」
褒めているようだったが、鹿波さんの顔が不貞腐れていた為、素直に喜べなかった。
「…………」
「それで、ご感想をどうぞ」
鹿波さんはじっと俺と目を合わせて見つめてくる。
そういう部分、俺が口下手なのは今朝のやり取りで知っているだろうに。
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