第26話
まあ感想が何も無いって言ったら、嘘になる。
「感想ではないんだが……」
「へぇ何だろう。教えて?」
今度は嬉しそうに見つめてくる。まるで、物事に無知で興味津々な子供の目。
恋愛系の映画を好いている時も薄々感じていたことだが、鹿波さんの嗜好には実を言うと……心当たりがあった。
「鹿波さんの性質というか、執着の名前に宛がある。鹿波さんは、カプ厨だと思う」
「何それ、カプ厨?」
「ネットスラングだよ。正式名称はカップル厨か、カップリング厨か俺もよくわかってないけど、そう呼ばれる人たちがいるんだ」
馴染みないとは思う。ネットでよく使われる俗語に過ぎないのは確かだ。
それでも、何を伝えたいかって問われれば、それは鹿波さんだけがそうなんじゃなくて、一定数は同じ執着を持っている筈だってことだ。
「へえ、そうなんだー。聞いたことないけど、私だけじゃないってことなのかな」
「ああ。まあ一般常識ではないし、市民権があるかなんて知らない。本当はそんな人少数かもしれない。でも、俺は鹿波さんのそれを異常だとは思わない。だから――」
俺は、何を言おうとしているのかな?
彼女のことを肯定して、承認欲求を満たしてあげて、そのままの勢いで告白してしまえばいいと……そんなふざけた考えが脳裏に過った。
それなのに、何故か言葉が続かない。代わりに相応しい台詞を適当に繰り出す。
「それは鹿波さんの個性なんだから、恥じることじゃないと思うよ」
過去というキズを舐め合っても、どうにもならない。
俺の場合は現在進行形だ。
まあ俺のかさぶたは、時間と共に治らなかった。
剥がし続けているのは自分だっていうんだから、笑える話だ。
「萌奈と似たこと言うんだね」
「ええっ、どんな風に?」
唐突な言葉に驚いた。
度々言われていた気もするけど、具体的な部分はわからない。
「私が引き摺っていることを気にするなー……って部分。もう長い付き合いだし、嫌いにもなれなかったんだから、今ではもちろん、アイデンティティだよ」
鹿波さんの中では、既に向き合った後だったらしい。
別に、鹿波さんを慰めたかったわけじゃない。
これも最初に出し抜かれたことへの仕返し……という事にしておこう。
「でも、ありがとう。たとえ俗語でも、これに名前が付いていることは知らなかった。……萌奈も知っているかな?」
「どうかな。萌奈さんは博識だし、知っていそうだ」
オタクだし、そういう俗語に疎いとは思わない。
もしかしたら、俺よりも詳しくて、発祥とかまで知っている可能性すらある。
すると、鹿波さんは拗ねた顔をする。
「それ、私は博識じゃないと?」
「白状すると、程よく頭が良いイメージでした。今はちゃんと頭が良いと思っているよ」
「そ、そう。改めてくれたなら、なんとなく嬉しいかもしれないね」
博識であることと頭が良いことをさり気なくすり替えて、納得させることが出来た。
でも……もっと喜んでほしい。これでも俺は、昔は天才だって呼ばれていたのだから。
誇ってくれないと、出し抜かれた俺がなんだか情けなくなってしまう。
俺もまた、自分が天才であることをエゴとして感じているらしい。
「そうだ……貸しを作ったのは、何のためだよ」
「あ、それについては素直にごめん。悪ふざけの一環に過ぎなかったんだ」
申し訳なさそうに、しゅんとした態度になる鹿波さん。
悪ふざけと供述しているが、本当は何かと便利に使おうと思っていそうだ。
油断してはいけない……まだ腹の底は見えていないだろうから。
「私ね、萌奈と伊織くんをくっ付けようと思っていたんだ。二人が楽しそうに話すようになった最初の日から」
いつの日からなのか曖昧だけど、鹿波さんとも話すようになったあの日からだろう。
しかし、それは俺の中で明らかにおかしな事だ。
「えっ……? そりゃ、一体……どうして?」
「伊織くんはさっき言ってくれたことじゃないの。私がカプ厨だからだよ」
胸を張って、鹿波さんは答える。カプ厨という名前は気に入ったらしい。
「どうして……って訊いたのは、そういう意味じゃない。萌奈さんには彼氏がいるだろ」。
俺と萌奈さんをくっ付けようという発想そのものが異常なのだ。
それとも、もし鹿波さんの発想が正常だとするなら――。
「驚いた。萌奈から信頼高そうだったけど、教えてもらってないんだ」
「待ってくれ、萌奈さんには……彼氏いないのか?」
自分で疑問に思って、鹿波さんに確かめようとしているのに、俺は最早確信していた。
浩介が言っていた「鹿波は萌奈よりもよっぽど恋愛経験あると思う」という言葉を思い出してみよう。
鹿波さんの過去は、確かに恋愛経験と呼べるものだった……が、彼氏を作った訳じゃない。
萌奈さんに彼氏がいると仮定すれば、あんな言葉は出てくる訳がないのだ。
ああ、わかっている……それはあくまでも、俺の持ち合わせた情報だけで立証されたことであり、外発的な影響が他にもあるかもしれない。
「あー、そういうことは、察しても言われると困る。私が暴露したみたいになる」
「……答えていたようなもんだろ」
「んー、そうだけど、秘密だよ。萌奈に直接訊いて初めて知ったってことにしてね?」
「わかったよ」
本当は紺乃に対して鹿波さんを盾にしたいだけという後ろめたい想いが脳裏に浮かぶ。
俺は即座に了承して、これ以上考えると頭が痛くなりそうな真実に蓋をした……はずだったのに、鹿波さんが次に蓋を蹴り飛ばしてきた。
「うーん。でも、いい機会かもしれないよね?」
「は? 何が?」
「私は、伊織くんと鹿波をくっ付けたい。伊織くんはそうでもなさそうだけど、好きになったら協力は惜しまないよ。どうかな?」
「どうかな……って、別に萌奈さんとは何かを望む関係じゃない」
それは、今まで俺と萌奈さんが結んできた協力関係を、鹿波さんとも結ぶという話だ。
どう転んでも俺の都合の良くなる……だなんて現実は甘くない。
鹿波さんがこんな提案をしてくるという事を脈ナシと決めつけるべきなのかどうか。
いや、鹿波さんとも自分のことを話せる関係になったのだし、一途に好きだという形にするのも、一つの手ではある。
そもそも俺は本当に……萌奈さんとの関係に何も望んでいないのだろうか。
「――だから、保留で」
「そっか。急ぐことでもないし、いいんだけどね。あ、今までの貸しを全部免除してあげるよ?」
「そこは、貸しが増えるところだろ……協力したがりかよ」
「そりゃ、もう生粋のカプ厨ですから~」
鹿波さんの器の大きさに感謝しながら、俺はそっと悩む……が、ふと疑問に思いだす。
そういえば、そもそもどうして、俺は萌奈さんに彼氏がいると思ったんだっけ?
あ、ああ……違う。萌奈さんが肯定したことなんて一度もない。
カチッとパズルのピースが当てはまるように。萌奈さんが言いたかったことを理解する。
何故、萌奈さんは遠回しにこの事実を隠したのか……俺が鹿波さんと結ばれる物語に、余計なことだから以外にない。
萌奈さんの中で、これは俺と鹿波さんを結ぶ恋のシナリオだった筈だ。
(もしかして、自分の存在が邪魔になってしまうとでも考えたのかな?)
ああ、結果的には、なってしまっただろう。
だって、俺の中では萌奈さんだって彼女作りの選択肢に加わってしまうのだから。
でも、そんなこと萌奈さんに見据えることはできやしない。
だからこそ、純粋に応援してくれていたことが、俺にもわかってしまう。
もしかしたら、一人暮らしの家に招く間柄でありながら、俺に気を遣わせたくなかったのかもしれない。
他にも、教えてくれなかったことには、何か事情があるのかもしれない。
それでも、俺はこの小さな秘密を優しさだと捉えたい。
ならば、まずは萌奈さんに俺の……本当の目的を伝えるべきだろう。
大丈夫だ、きっと協力してくれるに違いない。そう、信じてみよう。信じてみたいから。
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