第37話

 ホーム到着後、構内から外には出ずに、直接駅ビルへと足を運ぶ。


 事前に鹿波さんが、駅ビル内で最も品揃えを期待できるところを幾つか調べて送ってきてくれた。


 まずはジョシュさんへのプレゼント選びをしなければならない。

 脳内でフロアガイドを広げ、最適な経路を模索する。


 あくまでも萌奈さんの見たいところを中心にしたい。


「じゃあ、萌奈さんが見たいところから行こうか」

「あ、うん。まずはねぇウェストモールの一階から見たいな」

「じゃあ、こっちだな」


 今度は俺がリードしたくて、萌奈さんの手を取った。


 向かった店内は広大。じっくり見ていたら日が暮れてしまいそうだが、それもやぶさかでない程に雰囲気が良かった。

 この店だけで何かしらの発見は期待できそうだ。


「あ、これは……!」

「これは……マトリョーシカ人形じゃないか。確かにコンパクトではあるか」


 と二人で見て回ることになり数分、萌奈さんの目に留まる物があったらしい。


 鹿波さんからのリークでジョシュさんがミニマリストなのは知っている。

 置き場所に困らない物としては丁度良さそうだ。


「いやいや、ちょっと気になっただけだよ。流石にこれをプレゼントにはできないよ」


 萌奈さんはそう言いつつ、手に取って分解し始めた。

 確かに丁度良さそうだが、元が日本発祥のものではないし、贈り物になるのだろうか。


「伊織さん。その顔をしている時は無粋な事を考えている」

「……なんで、わかるんだよ」

「さて、何故でしょ~?」


 にやけ顔を浮かべる萌奈さん。

 俺の顔がわかりやすいのは承知しているが、今のは完全に上の空だった。

 そこで、一つの可能性を提示してみる。


「俺の癖でも見抜いたのなら、直すから教えてほしいんだが」

「ふふっ、何となく、そんな気がしたんだよ。強いて言えば、女の子の勘ってやつかな」


 経験則がデジャヴと化して見抜かれたのか。

 俺も萌奈さんの顔も見慣れていたから、多少の機微で考えがわかってしまう事があった。


「あっ、見てこれ。説明みたい」


 品々の値札の横には丁寧にも説明が書かれていた。

 ありのままマトリョーシカ人形のことが書かれているが、その歴史には諸説あるらしい。


「母と娘の関係……この人形は一族を表わしているのか」

「意味合いとしては、惜しいかも……これじゃ、足りないよ」


 的外れだったと言わんばかりに、人形を元通りに片付けて棚に戻した。


 ジョシュさんは萌奈さんの父親だ。

 『母』を意味するマトリョーシカ人形は父親への贈り物として適していないのだろう。


 しかし、そこで俺は理解した。

 萌奈さんがどういうものを探しているのか、何となく伝わってきた。


「ちょっと単独行動していいか? この店内にはいるから……何かあったら探してくれ」

「う、うん。わかった……あたしも店からは出ないと思う」


 足早で店の中を徘徊する。探し物は特定の何かではない。

 俺の中のイメージに沿う物であるが必ずあると信じた。


 その甲斐あってか歩き巡った末、顔を上げると何か反射する微光が目に入った。


「……見つけた」


 マトリョーシカ人形は一族の歴史を追うものだった。


 だから、萌奈さんが求めているのは、きっと家族を隠喩するような何かだと思う。


 何かが「足りない」と言うなら、父親と娘だけでもきっと足りない。

 家族全員が揃っている物でなければならない。


「萌奈さん、こんな感じなのはどうだろう? 常夏のメキシコでも、涼しさの感じられるインテリア雑貨だと思って――」


 萌奈さんへそれを見せると、彼女は俺の言葉を遮って俺から奪い去った。


 小さなスノードーム。

 両手の手のひらサイズで、ミニチュアのレッサーパンダが三匹、箱庭の中で暮らしていた。


 一匹サイズが少し小さめなのが、子供で、他二匹が両親と構図がわかりやすい。


「これだぁ! これにしよう!」


 目がキラキラと輝かせながら、半球型のスノードームを様々な角度から覗く萌奈さん。

 どうやら気に入ってくれたようだ。


「どうして、あたしが探している物がこういうのってわかったの?」

「勘だよ。萌奈さんと同じだ」

「そっか。そういう事にしておいても良かったんだけど……気を遣ってくれているの、これでも気付いているんだよ?」


 服の裾を摘まみ、俺と目を合わせる萌奈さん。


「何のことだ?」

「あたしのパパのこと。伊織さん、あんまり訊いてこないじゃん」

「別に。夫婦別姓ならデリケートな話があると思っただけだよ」

「そうなんだ。じゃあ、気にしないで聞いてね」


 内心、気になってはいたことだった。


「気にしないでって、言われる方が緊張しそうだが」

「そう? あー、でも正確には、あたしの方が伊織さんに対して気を遣うような話なのかも?」

「そうなのか?」


 萌奈さんの家族の話で、俺が気を遣う話など思い当たる節はなかった。

 しかし、小笛家の問題と置き換えれば、幾らでも可能性は出てくる。


「まずは聞いて。親戚に聞いた話なんだけど、この地域に血筋に厳しい名家があるらしいのね?」

「…………」

「小笛家はみんな、その家との仲を悪くしたくなかったんだって」

「仲を悪くさせるような何かが、あったのか?」

「うん。だってあたしのパパ、この国の人じゃないでしょ。だから、パパの存在を知られたら不味いって言われた」


 つまり、ジョシュさんの存在は隠されていたのだ。

 それが夫婦別姓の理由。

 元々そういう話があったのなら、俺に気を遣うと言った意味がわかった。


 一昨日まで、萌奈さんは俺の家が名家だって知らなかった筈だから。もしかしたら、俺の一族かもしれないと考えたに違いない。


「あたしもその名家とは関わらないように言われて……何処の家かも知らなかったんだから、関わりようがなかったのにね」


 どうやら萌奈さんは、その血筋に厳しい名家が紅葉家だと察したらしい。

 実際――萌奈さんの予想は当たっていた。

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