第38話
「紅葉家は、血統主義が強く、異国の人を排斥するような事をしていた歴史がある」
「……本当のことだったんだ」
「加えて、紅葉家と加瀬家の騒動を知れば、その犬猿の仲に肝が冷えるだろうな」
紺乃の父親はともかく、祖父の方は完全な血統主義者である。
他家に口出しをする事など、日常茶飯事だ。
加瀬家との因縁が始まったのも、血統関係が理由だという噂を聞いたことがある。
曰く、加瀬家の人間が異国の人と婚約したらしい。
俺が生まれる前の話らしいので詳しくないけど。
「あー、やっぱり、紺乃さんの家だったんだ。娘を大切にする祖父の話を聞いて、漠然とそんな気はしていたけど」
俺とは違い親戚が優遇されていることで、逆説的に加瀬家が血統主義でない事に気付ける。
『分家の少なさが血統重視の因果応報』
加瀬家の親戚がよく口にする煽り文句だ。
紅葉家の分家が少ないというのは、必然性からなるものだった。
「萌奈さんは、それに納得いかなかったんだな」
「どうなんだろう。でもまぁ、紅葉家の考え方は好きじゃないよ」
「それは俺や紺乃だって、同じだよ」
「そうなの?」
「心配しなくても、古臭い考え方を持った世代は、もう退いた。紅葉家も、段々と変わっていくと思うよ」
「そうだったんだ。でも、両親と一緒に暮らすことを冷ややかな目で見られた原因になったから、多少思う事は残るよ」
思わせぶりな言葉。
されど憎しみや悲しみといった類の感情を抱いている様子はない。
きっと萌奈さんにとっては慣れたことで、もう乗り越えているんだろう。
ただ、過去は消えない。
「それが、一人暮らしの理由か?」
「さぁね。そっちも家の都合だけど、あたし、詳しい事は知らないんだ」
萌奈さんが心の底で、両親と一緒に暮らすことを夢見ているのはわかってしまう。
飢餓にもならない淡い欲求が、家族というものを求めるように見えてしまったのか。
しかし暗い表情は一転し、萌奈さんは笑顔を見せてくれる。
「でもね、それはパパも同じなんだ。だから、これはとても良いプレゼントになると思う。この中にいるレッサーパンダはとても仲睦まじい感じがするもん!」
「……そうだな」
「あのね、本当は初めて伊織さんの才能を垣間見た時、パパと重ねちゃったんだ……なんて、なに言っているんだろうね」
「考えすぎなんだろう」
それは、俺も家族のように認識しているということだろうか……流石に考えすぎか。
すると、今度は苦笑いをしながら、俺の顔とスノードームを交互に見た。
何か訊いてほしそうな顔をしている。
「どうした? 意味あり気に見て」
「いやぁ、話が変わるんだけど、実は……去年プレゼント選び失敗しちゃったんだよね。だから、良い物になりそうだな~って」
そう言えば、鹿波さん経由でその話は聞いていた。
予想以上に気に入ってもらえたのは光栄だけど、実は一つ引っかかりを覚えていた。
「なあ、今言った去年のプレゼントって、もしかしてブレスレットじゃないか?」
「え……? どうして知っているの? 鹿波にだってアクセサリーとしか、言ってなかった筈なのに」
「俺がジョシュさんの落とし物を拾ったって話は知っているだろ? 落とし物が何だったのかまで……聞いていなかったんだな。ブレスレット、サイズが合わなかったんだろ」
ジョシュさんと出会ったきっかけである落とし物。
あれがプレゼントだったのなら、失敗ということに頷ける。
明らかな女性用のアクセサリー。
鹿波さんとジュエリーを見た時、萌奈さんに似合うと思っていたローズクォーツの色は、あのブレスレットと同じだったのだ。
「嘘……? そんなまさか、持っていたの? ……あの日も?」
「ああ、萌奈さんの選んだプレゼントをジョシュさんは大切にしていたよ……って、どうして泣くんだよ」
頬を伝い流れていく萌奈さんの涙。
最初は彼女も気付いておらず、次第に構わないというように、萌奈さんは想いを漏らした。
「良かった。ちゃんと、大切にしてくれていたんだ。ちゃんと、意味があったんだ」
女の子の涙を見せられ、俺はかける言葉に困った。
とりあえずハンカチを取り出し、萌奈さんの目元に持っていく。
「自分で拭けるよ。でも、ありがとう……!」
嬉し涙であることを示すように、明るい顔を見せつけてきた。
「普通、泣き顔は恥ずかしがるものだろ」
「伊織さん相手には、いいかなって……変だね」
そりゃ、なんだろう……信頼とは少し違う。
まるで家族として見られたような、温かい気持ちが伝わってきた。
「後で思い出して、恥ずかしくなっても知らないからな」
「そうはならないもん! 伊織さんは、まだまだあたしのことがわかってないなぁ」
込み上げたものが緩やかに沈むように、彼女の涙は止まった。
まだ若干しゃくりあげているけど、いつも通りの顔に戻り始めていた。
「まずは、会計に行かないといけないだろ」
「そうだね。あ、そうだ、あたしと伊織さん二人からパパへのプレゼントってことにするね」
「萌奈さんがそうしたいなら、異議はないよ」
俺もジョシュさんへお返しがしたかったし、満足してくれると嬉しい。
なんて思いを馳せながら落ち着いた俺達はレジへと向かった。
「うわぁ、列結構並んでいるね」
「日曜日だからな。どうする? 二人で並ぶのも、邪魔になりそうだ」
床に表示されている誘導テープが、間隔を開けて一人ずつ並ぶように指示している。
二人で並ぶと良い目で見られる気がしない。
すると、萌奈さんがスノードームを持たない方の手で、小さく挙手した。
「はい。ここはあたしが並ぶよ。伊織さんは、選んでくれたから」
こういうのは、先に俺が申し出るべきだった。
しかし、萌奈さんの気持ちを無碍にするわけにもいかない。
「……それなら、頼む。沢山喋ったから、喉乾いただろ。俺は自販機で飲み物でも買って来るよ。何が良い?」
手持ち無沙汰がイヤだった訳ではない。
萌奈さんに頼るだけ俺も出来ることをしたいと思ったのだ。
「じゃあほうじ茶がいい! 最近の流行りみたいだから」
「売っていなかったら……適当に選ぶけど、いいか?」
「それでお願い。あ、できれば小さいがいいかも。重たくなっちゃうから」
「了解したよ」
その場を離れて真っ直ぐと足を進めた。
中身までは流石に知らないけど、自販機の場所は事前に覚えている。
むかった先の自販機では、本当にほうじ茶が売られていた。ほうじ茶ラテもあったが、気にせずご要望通りの物を買う。
迷っている時間はない。萌奈さんの元へ戻る前に、俺には他に行かなければならない場所がある。
腕時計を確認すれば、充分に間に合う。
でも、なるべく早く萌奈さんの元に戻りたい。
気持ちが溢れるように、急ぎ足になった。
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