第3話
すぐに察した。この人が小笛さんの彼氏なのだろう。
何故か目を逸らし緊張している様子の小笛さん。
まるで、俺に知られたくなかったことのように、その場に固まって静かになった。
「この人が小笛さんの彼氏……なんていうか、すごいイケメンで驚いた」
「…………」
声をかけてみるものの、彼女はだんまり。無言は肯定の意として受け取る。
「あれ? 親切な人じゃないデスカ。奇遇デスネ」
「え……? 知り合いなの?」
「さっきちょっとね」
驚く顔の小笛さん。まあ無理もないか。
「萌奈、彼は恩人デス」
「先ほどぶりです。貴方は小笛さんの彼氏さんで合っていますか?」
俺は確信して小笛さんを指し示して訊いてみるが、彼氏さん? は戸惑った顔をする。
「ノー。カレシ? は、わかりませんけどワタシは萌奈の父デス」
「……? なるほど」
父親? えっ、この若さで? 脳の理解が追い付かない。
というか、この人明らかに日本人じゃないんだけど、これはどういうことだ?
(だってこの人が父親だとしたら、小笛さんも純粋な日本人じゃないってことになる)
え、小笛さん、ハーフだったのか? 意外な真実に動揺を隠せない。
ギャルらしくお
嘘だろ? 見知らぬ他人を父親と呼ぶ商売とかじゃなくて?
「はははっ、とても若々しいですね!」
「ハハハッ、日本では何回か同じように言われて驚きマシタ。あなたのお名前は? ワタシはジョシュア・フォードと申しマス。ジョシュって呼んでください」
憶えやすい。愛称の読み方が日本語でそのまま『助手』になるからかな。
「加瀬伊織と言います。え、ジョシュさんは本当に小笛さんのお父さんなんですか?」
「いいえ、コブエは妻のファミリーネームデス」
夫婦別姓なのか。
何か複雑な事情がありそうだし、安易に触れることはやめておこう。
「もしかして、伊織は萌奈のボーイフレンド、デスカ?」
「あー、はい。ボーイフレンドで合っています」
ボーイフレンドの部分だけ、やけに
小笛さんとはただのクラスメイトだが、友達と名乗っておいた方が都合良さそうだ。
すると、隣の小笛さんは信じられないものを見るような顔で俺を見る。なんだ?
「良かった。萌奈は友達すら紹介してくれないので、いないんじゃないかと不安デシタ」
まさか。小笛さんはクラスでも人気が高い。何しろギャルだからな。
すると間に入って来る小笛さんの姿。
「あ、あの、パ……お父さん。やめよ? えっと、彼はボーイフレンドじゃなくて――」
「ボーイフレンドです! 萌奈に心配なんかいる訳ないじゃないですか。これからも仲良くしますって!」
遂に話へ割り込んでくる小笛さん。
友達であることを否定したいみたいだが、ここで口喧嘩していただけだと知られたら大変なことになってしまうだろう。
父親を味方に付けてハレミカを奪う魂胆か? 俺は負けない。
「い、いや……だから! もー、こんなのおかしいよぉ……」
「まあまあ、落ち着こうよ。な? 萌奈」
「オウ、これは何のピクチャー?」
腕を伸ばし小笛さんを抑えつけると、俺が持っていたスマホを彼に見られてしまう。
スクリーンを確認すると、アングルが悪くて俺の顔も写ってしまっている写真が画面にあった。
「あ、はい。さっきも仲良くツーショット撮ろうとしていたんです。あ、彼氏ではないのでそこは勘違いしないでくださいね」
「ん? またカレシ? でも安心しマシタ。久しぶりの日本はもうお腹いっぱいデス」
ユーモアのある日本語も言えるのか、頭良さそう。というか、言い方からして日本へは旅行できたのかな。
辻褄を合わせるため、小笛さんの近くに寄り小声で話しかける。
「小笛さん、もしかしなくても、連れってお父さんだよね? 家族での睦まじい空間を邪魔しても悪いし、俺はここで去ることにするよ」
「……新刊置いてけ」
「断る!」
華麗に逃げようとしたが、見破られてしまった。
同じような手は通じなかったか。
「この期に及んで目敏いな……仕方ない今日のところは譲――」
もう降参だというようにラノベを手放そうとしたら、背後からジョシュさんに肩を叩かれる。
「本当に仲がいいみたいですね」
ジョシュさんの言葉と共に、俺の肩へ置かれた彼の手に少しだけ力が加わった。
な、なんだ……? 俺は退路を失いながらも、腕時計へと移る彼の目線を見逃さない。
「萌奈。突然デスが、急用が入ってしまいマシタ。本当に申し訳ないですが、ボーイフレンドがいるなら安心デスネ」
寂しさを一瞬見せたジョシュさんは、俺と目が合うと柔和な顔つきに戻った。
「え……? ちょっ、待って……そんなの急すぎるよ、パパ!」
「また会いに来マス。今度はあの家にも帰りマス」
「でも…………うん、わかった」
しゅんと
ジョシュさんとはもうお別れらしい。
細かな情報の断片しかないが、二人が中々会えない関係であることが伺える。
彼女から
「あまりゆっくり出来ないのが残念デシタ。伊織も、また会いたいデス」
「あ、はい。機会があれば」
機会……か。多分ないだろうな。
無粋なことを考えながらジョシュさんと握手を交わした。
そして沈黙の時間が生まれ、彼は去って行ってしまった。
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