第2話

 明らかにどうようを見せる小笛さん。

 似ているとは思ったが、その反応で俺は確信した。

 対して彼女は俺が誰かわかっていないように見える。ちょっとショックだ。


「え……? いやいや、人違いだよ。そんな人じゃないよ。ひゅ~ひゅひゅ~」


 上手く吹けていない口笛。こんな変な子だっただろうか。

 彼女は教室でもひときわ目立つギャル。

 いつもクラスの中心にいるイメージが強いの

だが――今の彼女はまるで別人のようだ。


「わかったわかった。じゃあ人違いな」

「本当にわかってくれた?」

「ああ。それで小笛さん。聞きたいことがあるんだけど――」

「わかってなくない!?」


 何故か他人をよそおう小笛さん。

 彼女の容姿は可愛いから目を引くし、ぶんぶんとなみつツインテールも目立つ。


 実際、チラホラと周囲の……特に男性の目線がこちらに向いていた。

 何はともあれ――。


「……一人でこんなところに来たのか?」

「え……? ううん、違うけど」


 違うのか。こそこそと何かを隠している雰囲気から、てっきり一人で来たのかと思っていた。

 ここは裏路地の書店。

 可愛い女子が無防備で歩くには危険だし忠告しようと考えたけど、要らぬ心配だったようだ。


(じゃあ連れがいるのか……誰だろ。小笛さんのこんな趣味は周知されていないし、彼氏かな?)


 割とすぐに見当は付いた。

 彼女には先輩の彼氏がいるといううわさを聞いたことがある。


「それで連れの彼氏さんは何処に? ああいや会いたい訳じゃないし、いない内に俺は退散させてもらうよ」


 そう言ってラノベを手に握りさっそうと去ろうとしたが――。


「なんで勝手に妄想して去ろうとしているの!? 待って!」


 腕を掴まれてしまった。残念。

 しかしその顔を見れば、何故か気まずいご様子を見せる。


「あのさ……今、思いだしたよ。加瀬くんだよね? おりくん」


 ふと俺の名前が呼ばれた。

 ――そう。俺こそがクラスでも可もなく不可もないじんちくがいという二つ名をたまわりし加瀬くんである。


「やっと気付いたか。てか、よくフルネームまで知っていたな。俺は小笛さんみたいに目立つ生徒じゃないのに。もしかして、で?」


 名前を知ってもらえていたことは嬉しいけど、クラスのギャルに目を付けられるなんてろくな目に合わないと思い、訊いてみる。


 目立たないとは言ったが、俺は地元で一応名家の出身。お見合いの候補として知られていたら、俺だって気まずくなる。


 現代でも許嫁いいなずけやらお見合いなんて概念は。案外……身近にものだ。


「え、何の話? 一学期の数学期末試験、大問七番を唯一解けていた加瀬くんだよね?」

「は? いや……え? そんな……あ、ああ」


 よくわからない事を言われ戸惑う。

 そういえば答案返された時、皆の前で教師から褒められた記憶がある。


 だがを持っている俺でさえ数秒思い出すのに時間がかかった。何故覚えている?


 小笛さんといえば学業成績も良いハイスペックギャルだが、そういう細かい所を一々悔しがったりするのだろうか。

 なんていうか……やっぱりキャラが違う。


「確かに、その加瀬であっているけどさ。どういう覚え方なんだ、それ」

「ふっふん。あたし、記憶力が良いからね~」


 バカにしたのに、ポジティブ思考を展開されてしまった。


「俺の顔見てすぐに名前思い出せなかった癖に」

「影が薄いのが悪いんだよ!」

「目立ってないだけで別に影は薄くない」

「え、そこムキになるとこ? 同じじゃない?」


 いやいや、これでも友達はそれなりにいる。

 俺はぼっちオタクではなくモブオタクなので、そこは間違えられたくない。


「てか、小笛さんがオタクだったことに驚きだ」


 オタクに優しいギャルはいるとは思っていたが、オタクのギャルを見つけてしまうとは、思ってもいなかった。


「ん? んん? 何のことかにゃ? あたしが加瀬くんの知る小笛さんだなんて一言も――」

「俺の名前知っている時点で諦めろよ。双子でも言い訳できないだろ」


 すると自分のミスに気付いて「あっ」と声をらす小笛さん。

 おっと、優勢を取ろうとして自滅したな。


「ごほん。でもだから何かな? 加瀬くんだって、動揺が隠せてないよ」

「動揺? 一体何のことを言っているんだ?」


 冷汗が出てくる。

 ポーカーフェイスを見せていたつもりだったが、おかしいな。


「名探偵萌奈ちゃんは気付いちゃったよ……加瀬くん、頭良いの隠しているでしょ。な~んか、指摘されたくなさそうだったし!」


 察しのいいギャルだ。

 確かに俺は天才。そして彼女の言う通り隠している。だが、俺にも事情ワケというものがある。


 クラスで影響力の高い小笛さんに弱みを握られる訳にはいかない。

 話が新刊かられて好都合と捉えるべき状況だが、落ち着かない。


「黙ってどうしたの~?」

「大袈裟だな。数学の問題のことを言っているなら、偶然解けただけだろ」


 あくまで誤魔化そうとする。

 どうにか、話を逸らして――。


「はいはい! それダウト! その他の教科でも不可解な点がありました~。そして、それが弱点だってことも、その苦虫をかみ潰したよう表情を見れば一目瞭然だよ!」


 しかし、思っていた以上に小笛さんの追求は粘りを見せる。


「逆にそこまで存じて貰えておいて、顔をすぐに思い出せないってどうなんだ……」

「それはそうだけど、そうじゃないんだよ。むーっ! いいもん、加瀬くんが頭良いって明日学校で言いふらしちゃうもん」


 ムキになって言い返してくる小笛さん。

 でも態々褒め回ってくれるって……俺にとっては困るけど、それってただの良い奴じゃないか。

 小笛萌奈というギャルのイメージからどんどん離れていくな。


「って、そうだ新刊!」

「気付いたか……だが諦めろ。これは俺が先だった。クラスのみんなに小笛さんがオタクだってばらすぞ!」


 どうしようもないなら、こっちもこういう手を使うしかない。


「ええぇっ、脅すの!? ヒー、コワイヨー……」

「なんだ、そのあからさまな棒読みは」


 俺の演技も見抜かれていたようだが、これほどわざとらしいことこの上ない下手な演技があるか。


「ちぇーっ、迫真って言ってよね。大体、演技でもあたしの言うことの方が信頼度高いし! 否定すればいいだけだしぃ!」


 困ったことになった。残念なことに、それは小笛さんの言う通りだ。


 クラスの俺は、陰気なオタクということもあって皆から一線を引かれている。

 友達がいないという意味ではなく、広く浅い人間関係を構築してきたという方が正しいだろう。


 つまり、小笛さんのようなギャルによって妙なレッテルを張られることは正直避けたい。


(仕方ない。悪いな小笛さん。きょうこう手段にださせてもらうよ)


 ひそかにスマホを取り出しカメラを起動させた。

 物理的な証拠。それさえあれば、小笛さんに口止めをできるはずだ。


「萌奈! ここに居たんデスカ」


 カメラを小笛さんの顔へ向け証拠撮影しようとした瞬間、横から大きな声が降りかかる。


 驚いてカメラボタンを押せたかどうかわからず、スマホを隠した。


 振り向くと見覚えのある金髪。先ほどブレスレット落としていたイケメンがいた。

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