第13話
プール掃除を終えて解散した後、萌奈さんと鹿波さんと共に下校。
歩きながら、萌奈さんがタオルを持って背後からゴシゴシと髪の毛を拭いてくれる。
「あの、萌奈さんや。それ、普通にやめてくれないか?
「ちゃんと触ってみなよ! 伊織さんの
「身長差あるんだから、無理するなよ。水かけられたことは気にしてないから」
横目で鹿波さんが見ているのに、何がしたいんだかわからない。
辛子の件すら、俺が自分で選んだうえに中身は無かったというオチだったのに、俺に対して気を
「そう。じゃあ仕方ないね。鹿波、代わりに拭いてあげてくれない?」
「伊織くんがイヤじゃないなら、しよっか?」
「お願いします」
横から頭部を触られているのに、とても優しい感触が伝わってくる。
そこには
鹿波さんは手先も器用みたいだ。マフィンの件といい家庭的な女の子だという印象が強い。
これを見越していたのなら、萌奈さんは中々の策略家なのかもしれない。
と一瞬思ったが――。
「あたしには嫌がったのに、どうして鹿波には喜んでされるのかな~」
「別に萌奈さんがイヤなのではなくて、身長差があってそれをされると、荒くなるんだよ」
「鼻を伸ばしたような顔で言われると、一種の
やけに絡んでくる萌奈さん。
萌奈さんはもう十分役に立っているんだけど、何か意図があるのだろうか。
「鹿波にされるのは、そんなに違うの?」
「ああ、撫でられているような感覚で心地いいとも!」
「かぁっ! あたしだって、もっと身長が高ければ、腕が長ければ……ぐぬぬ」
感情を仕舞い込むような萌奈さんの
彼女は協力こそしてくれるけど、それ以上に私情で動くことが多い気がする。
すると、静観していた鹿波さんの手が止まる。
「大分拭き切ったと思う。あの、伊織くん。マフィンの件、ごめんね」
「ん? ああ、美味しかったよ。辛子の件なら、萌奈さんに言い聞かせてくれ」
「勿論そうするよ。それとね、萌奈が辛子入れたこと、二回目なんだよね」
つまり……お手上げってことですか。
「そうだったのか。言い聞かせて無駄だったのなら、反省していないだけだから、もっと強めに言ってみる所から始めるとするか」
「伊織さん? それは危ない人の発想だよ! やめておこうよ。ねね?」
危ないことをした萌奈さんに言われたくはないし、冗談に決まっているだろう。
あと、痛くないけど鹿波さんから見えない位置を叩くな……暴力反対だ。
「でも、一回痛い目見ることが必要な時があるとは、思わない事もないかもね」
「鹿波まで!? わかったって。わかりましたー。もうしない。それでいいでしょ?」
最早、やけになっているようにも見えるが、約束はちゃんと守るだろう。
「反省しているなら、私は萌奈を信用するよ」
「そう? ありがとう鹿波……でも辛子、よくも抜いてくれたよね!」
手のひらを返し合う二人。
食い気味に
鹿波さんは口を
「あっ、そうそう、それ! あのね、伊織くんにとっては初回なんだから、折り目に気付かなかった時、可哀想だよ? 実際、当たりを引いちゃったし」
「伊織さんが気付かない訳ないよ……なんて言ったって、このあたしがヒントと評してこっそり教えてあげたんだからね!」
萌奈さんは、胸に手を当てて堂々と声高らかに言った。
「あれ、そうだったの?」
「ああ……折り目が当たりだっていうのは、知っていた」
そうか、以前にも同じようなことをしていたのか。
俺以外は一度体験しているのだから、警戒する訳だ。
きっと前回にも同様にヒントがあったに違いない。それなら俺以外のみんなが気付いて避けたのにも
辛い物が苦手かどうか、俺にだけ聞いたのはそういうことか。すると、千里が食べることを急いでいたのは打算だったのか?
いや、あいつは朝飯抜いて腹を空かせていたらしいから違うか。
「背景が見えると、萌奈さんのヒントは恩着せがましい事なんだけど、自覚ある?」
「ない!」
「ないのか……やっぱり腹黒いな」
「ちぇーっ、言いたい放題だ」
「あれ、でもそれなら、どうして伊織くんは辛子の入った方を選んだの? 知っていたんだよね?」
「辛いのが好きだったんだよ」
「……ふふっ、そうなんだ。そういうことにしておくね」
鹿波さんは笑って俺のわかりやすい誤魔化しに付き合ってくれた。
ちょっとした出来心。萌奈さんの為を思ってとか、変に勘違いされないといいけど。
「へぇ。伊織さんは辛いものも好きなんですな~」
「まあ、な」
「……も? 萌奈は伊織くんの好みとか詳しいんだね。相性ばっちりだ」
これは、変に勘違いされていないだろうか。
「相性は関係ないだろ。確かに甘いものが好物だと萌奈さんに言った事があるような気もするけど。なあ?」
「うんうん! 苦い物も好きなんだよね! ……あれ?」
俺と萌奈さんの回答が異なり、鹿波さんは困った表情を浮かべた。
しかし逆転の発想をすれば、この食い違いは利用できる。
「鹿波さん、俺と萌奈さんの相性は、見ての通りだよ」
「う、うん。そうなんだ。なんか、ごめんね」
鹿波さんのぎこちない表情。そこで、ふと自分の間違いに気付いた。
俺が下手をうった。
今朝、鹿波さんに対してコーヒーを好きだと嘘を吐いたじゃないか。
ここで意地を張ったのは、、否定してしまったのは印象が悪くなってしまったのだろう。
俺は静かに肩を落とした。
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