第29話

「なあ萌奈さん、突然だけど大事な話があるんだ」

「ん、何……どうしたの?」


 俺の真剣な形相を見て、すぐに姿勢を正す萌奈さん。

 まだ何も言っていないのに大袈裟な態度……何かがおかしいと気付く。


「間違えた……えっと、俺達の目的について、大事な話だ!」


 告白する時の定番の台詞だったことに、遅れて気付いた。

 変に焦って空回りしてしまったようだ。緊張が吹き返してくる。


 対して笑いを堪えようとしていた萌奈さんは、堪え切れず吹き出す。


「ぷ、ぷふっ……顔真っ赤にして勝手に照れるのはおかしすぎ! あはっ、自分で言っておいて、告白するみたいだ……ってなっちゃったんでしょ。絶対にそう!」


 度を越して浮かれるような萌奈さんの姿を見て、不思議と俺の緊張が和らぐ。


「まったく……察しが良いな」

「もー、このあたしに対して改まったように大事な話とか言われたら、怖いよ?」


 そうだった。萌奈さん相手に、遠慮することはなかった。


 本当は鹿波さんのことを好きじゃないこと。

 今まで隠していた事実に対する罪悪感が俺の中にはあって、大分時間を要してしまった。


「そうだな。堅苦しい雰囲気は、似合わないよな。コーヒーを飲む何処かのツインテールさんくらい、似合わない」

「うわっ、またあたしのツインテールを馬鹿にしたなぁ! むかむか」

「冗談だって。えっと、コーヒーとの組み合わせが妙だと思っているだけで、馬鹿にしている訳じゃない」


 最初からそう言っているのに、掘り返してくるのは萌奈さんの方だ。

 いや、それも冗談なのはわかっているけど。


「先に似合わないって言っていたよね。いいよ、もう諦めたもん。それよりも、大事なお話があるんだよね?」

「そうだな……俺、今まで萌奈さんに嘘吐いてたんだ」

「……そうなんだ。どんな嘘?」

「萌奈さんはさ、俺が鹿波さんと付き合いたいっていう目的があったから、今まで協力してくれただろ?」


 俺から依頼したことだ。

 それ以外には……ハレミカの貸し借りくらいしか、彼女と関わるキッカケはなかった。


「そう、だね……もしかして、本当は別の目的があったりする?」

「流石、察しがいいな。実は俺、家の都合で幼馴染と許嫁関係にされそうなんだ」

「……え? い、許嫁!?」

「ああ。俺はそれに反対で、阻止するためには先手を打って彼女を作る必要があった」


 驚くと同時にテーブルに手を突いて前のめりになる萌奈さん。

 こんなに大きなリアクションをされるとは思っていなかった。


「ごめん。許嫁って……普通の家庭にあるものなの?」

「俺の家は普通じゃないんだよ。やっぱり、薄々そうなんじゃないか、って思っていたけど、俺の家について何も知らないんだな」

「伊織さんの苗字って加瀬だよね。確かに聞き覚えはあるけど……知らないと思う」

「加瀬家はこの地域の名家の一つ。俺は一応、そこの本家に生まれた男子なんだ」


 別に自慢できるような話ではないけどな。

 ただ説明の為には知っておかなければいけない。


「へー、そうだったんだ。あたし、自分の家以外は知らなかったよ。それはそうと、伊織さんがいいとこの坊ちゃんって、なんか変な感じ~」

「それは、こっちの台詞でもあるな」

「どういうこと?」

「小笛家だって、近年最も力を付けている家じゃないか。萌奈さんだってお嬢様だ」

「いやまぁそうだけどさ。別に最初からそうじゃなかったし、自覚を持ちにくい……みたいな」

「……そっか」


 渋い顔を見せる萌奈さん。

 自然体で生きてきた彼女にとっては、あまり考えたくないことなのかもしれない。


「まあ話を戻すと、俺はそういう家に生まれた訳で……同じく地域の名家である紅葉家にも、年の近い娘が生まれたんだ」

「その子が、幼馴染?」

「そういうことだ」


 すると、合点がいったというように、萌奈さんは手のひらに拳を置いた。


「じゃあ、その子と結ばれたくないから、彼女作りを急いでいたってこと?」

「まあな」

「はぁ~、鹿波に脈アリっぽくなかったのは、そういうことだったのかぁ」


 萌奈さんは頭が良いから、こういう時すんなりと解釈してくれることは助かる。

 でも、後々が怖いし、今晴らしておきたい懸念がある。


「……すんなり納得するんだな。親友が弄ばれた、とは思わないのか?」

「うーん、付き合った後に、鹿波に酷いことする予定があったとかなら、許せなかったかもしれない。だけど単なる手段に過ぎないなら、それから生まれる恋愛もあると思うよ」

「怒らないのか? 萌奈さんの立場は、打算の片棒を担いでいたのに」

「あたし、打算が悪いとは思わないよ」


 真っすぐな瞳を向けられる。

 肯定されるとは思わなかった為か、俺は唖然としてしまった。


「少なくとも、あたしはそうやって沢山の事を叶えてきたから。もちろん、全ての努力が功を奏した訳じゃないけど。それでも、後悔するより良いと思うから」

「……そっか。萌奈さんが、そういう人で良かったよ。拒絶されたら説得が面倒だったから」

「あたしもこういう性格で良かったと思っているよ。伊織さんこそ拒絶されても諦めない人だって知ってるから」


 暗に、面倒臭い奴だと言われているような気がしないでもないが、ハレミカの奪い合いでその点は認知されていたし否定できない。


 それによく考えれば、考え方の似たところはあるのか。


 俺が鹿波さん攻略に目的がある事を言わなかったように、萌奈さんも彼氏のいない事を言葉足らずで誤解させてきたのだから。


「失敗して後悔するにしても、成り行きに任せて後悔するより、能動的な行動で後悔する方が、後味がよいよよいよ!」


 後味……か。

 それは今も感じている事だからか、共感しやすかった。


 ロシアンティーの後味は良い。

 甘さと苦さが混ざらないのに調和されていて、しつこさがない。


 だから一つの飲み方として完成形に至っているとさえ感じた。


 俺の好みに過ぎないかもしれないが、価値観を共感できる相手が目の前にいるからこそ、深みを増している。

 そう考えれば、後味はとても大事なことだ。


「そうだな。俺も、そう思うよ」

「じゃあ、伊織さんが幼馴染と許嫁になりたくない理由を知りたいんだけど……聞いていいんだよね?」

「もちろん。話の続きだが、俺がその幼馴染を拒んだのは――」

「あ、ストップストップ! 家……苗字までばらしているんだから、名前まで教えて?」


 そういえば、名前までは言っていなかったか。


「紅葉紺乃。知っているかな? 数年前まで神童と呼ばれていたし知っているかも」

「ごめん、知らない名前だよ」

「いや、紺乃は一つ年下だから仕方ないか」


 加瀬家について知らない時点で、何となく察していた。


「年下……中学生なんだ」

「ああ。その点を除けば、萌奈さんとはある意味似ているのかもしれない」

「うん。あたしが努力家なのは否定しないよ。ちょっと興味出てきたね」


 褒めれば前向きになる姿勢は、扱いやすい。

 或は、単に似た者同士で相性が良さそうだけど、シンパシーを感じたのだろうか。


「わかっているよ。ちょっと重ねただけだ……俺は、紺乃を傷つけてしまったから」


 才能は無いが、眩しい程の努力家。

 だから、萌奈さんと一緒にいると居心地が良かったのかもしれない。


 その成長を見ていると、まるで俺の過去を清算しているように錯覚する。


「え……? なんだかんだ人畜無害の伊織さんが?」

「余計な修飾語をどうも。先に言っておくが、襲ったとか変に手を出した訳じゃない。調子に乗っていたかもしれないけど」


 萌奈さんに人畜無害って言われるのは、正直嬉しいことだ。

 家に入れてくれる時点でわかってはいたことだが、言葉にしてくれたことが、心に響く。


「じゃあ精神攻撃? 馬鹿にしたとか。伊織さん、たまにむかむかする事言うし」

「……概ね正解。俺、昔自分の才能を誇示していて、絶対に紺乃が出来ない事をさせて、出来なかった事を馬鹿にしたんだ」


 悪く言えば、俺は卑劣な奴だったのだ。

 最初から努力なんて宛にしていなくて、何事も出来て勝つことが当然なのだから、絶対を求めたやり方をしてしまった。


 それまで、紺乃は俺の才能に憧れているって言ってくれて、尊敬してくれて、それに追いつこうとがむしゃらに努力していたのに、その努力を踏みにじった。


「本心を言えば、俺の存在は加瀬家の中で隠されていたから、何かを認められることも少なくて、才能がない癖に努力だけで認められているだけの紺乃が恨めしかった」


 どうすれば俺も認められるのか、考えるべきだった。

 しかし未熟な俺は、悪知恵を閃いた時、魔が差したのである。


「絶対に出来ない事って? そう前置きするくらいなら、一年の年の差で埋まらないものじゃないよね。女の子には出来ない事とか?」

「いいや違う。俺ですら出来なくて当然且つ、難解な数学を解かせた。解ける問題として用意して、どちらが先に解けるか勝負したんだ」

「待って。それは矛盾だよ。馬鹿にしたなら、伊織さんが先に解けた訳で勝負に勝ったんだと思うけど、伊織さんにも出来ないという前提なら、おかしい気が……あっ」


 萌奈さんもそれを可能にする方法を見つけたらしい。


「そう。俺ですら解けない……けれど、解ける問題として用意する以上、模範解答が存在したんだ。俺は長ったらしい解法を暗記して、理解していたように見せかけた」


 天才と呼ばれるだけあって、暗記能力は並外れている。


 理解までも、勉強すれば出来たんだろうけど、当時調子に乗っていた俺はしなかったのだ。

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