第17話

 あたしは、いつだってみんなの中心で、心の中では独りぼっちだった。

 そのことに関して、今更誰かに愚痴りたい訳じゃない……ううん、違うか。


 自分の言いたいことを愚痴ることができる相手が出来てしまったことが、あたしのマイルストーン……人生の転機なんだと思う。


 最近、あたしは凄い事実に気が付いてしまった。

 伊織さんに対して、あたしは何も隠す必要がない。

 それどころか、こそこそと彼にだけ自分を見せる事に楽しみさえ抱いている。


 あっ、嘘吐いた。一つだけ隠していることがあった。正確には、彼が勘違いしていることを訂正していないだけだけど、まあ面白そうなので放置でいっか。


 ミステリアスな部分も魅力だって本に書いてあったしね。伊織さんについては、後々のお話。


 まず振り返りたいのは、これまでのお話。

 あたしはみんなに趣味を隠している、オタク趣味のこと。


 だから疎外感がある訳じゃないけど、独りぼっちなんだな……って思う事があった。

 趣味を隠している一番の理由は、あたしが小笛萌奈だから。


 成金の小笛家。あたしはその一人娘として、相応しい姿を期待されていた。

 期待してくる人は多かった。ただ家族よりも、同級生に多かったよ思う。


 小笛家のことを親から聞かされた同級生が、こぞってあたしにすり寄ってきたから、自然と友達が沢山できた。


 中には打算的な友達もいたけど、そういう友達の方が頭脳明晰で馬が合ったりもした。

 あたしがちょろかった訳じゃないよ? 多分ね。

 要は、あたしは目立ってしまう子として生まれた訳だ。


 期待されている割には、あたしはどうも自由な方らしいけどね。本当かな?

 でもまあ両親は海外で成功しているし、運が良かったのかも。


 あたしも両親のようになりたくて努力したし、結果を残してきた。


 それでもオタク趣味を持っていることが発覚したら、家の名に泥を塗ってしまうことになってしまうかもしれない。そんな事実に気付いてしまった。


 あたしはどうも目立ってしまうから、発覚したら一躍時の人になってしまう。

 一瞬、時の人になりたいと思ってしまった……冗談だよ。


 そういう訳で、両親に迷惑をかけないためにも、あたしは全てを隠したのだ。


 ――あ、また嘘吐いてしまった。


 自由に生きることが許されていたらしいあたしにも、ある日一つだけ強制された。それがこの家に住むこと。家から追い出されたし、拒否権は最初からなかったけどね。


 結果的には、それがあたしの孤独を広げることになった始まり。

 両親が海外で本格的に事業を広げるという際に、何故かやってきた話。


 これを決めたのは祖母だった。

 あたしが段々と優秀さを見せてきたから、自立を促されたのかもしれない。


 最初は気分こそ良かった。ワクワクだった。

 広々とした空間で、自分の好きな勉強に勤しむことができる。


 自分の時間を自分の望むように、好きなだけ使うことが出来るようになったのだから。

 でも、あたしは結局子供だった……精神が幾ら成長しようと、生きた年数は越えられない。


 会えるはずもない両親が恋しくて堪らなかった。

 あるいは学校生活では友達が沢山いるのに、家では独りぼっちという環境に、耐えられなかったのかもしれない。


 だから、暇つぶしにオタク趣味へと手を出した。幼い頃、母が禁止してきたものとして、密かに好奇心があったからだ。


 暫くは、面白い物語に浸ったり、可愛らしい偶像を愛でたりと飽きなかった。

 けど、それが逃避であることをはっとに理解してしまった。まるで朝の目覚めのような。


 真っ暗な夜にいつまでも浸かっていたいのに、朝はあたしを逃がしてくれない。

 それはあたしの睡眠欲か……まあ似たようなものだよ。


 逃避を何度か繰り返したある日、あたしは現実へと向き合った。そして両親のような立派な大人になろうと思った。


 第一に、子供っぽいあたしは、わざとツインテールに結んで際立たせること。


 それは矛盾じゃない? と思われるかもしれないけど、大人になるためにはまず自分が子供であることを自覚する必要があると、そう思ったから。


 勉強と同じ。苦手な部分に気付かないで放っておいて成績が伸びる訳もない。

 自分の子供っぽい部分を自覚して、直せるところから大人になろうと思った。


 よって、同様に大人になるための努力もまた形から入った。

 コーヒーという趣味を嗜み、お洒落を嗜み、大人の女性としての魅力を磨いた。


 何か意味があったわけでもない。でも、そうやって大人になろうと邁進したことがあたしに生きる力をくれた。


 同級生の友達に対して「あたしはこんなにも大人なんだ!」と、自己暗示をするように心の中で叫んだ。


 それでも、近しい親友の鹿波に会えば、甘やかされる。

 真澄は真面目だから頼ってしまうし、浩介と千里とは笑い合えるから楽しい。


 ああ結局あたしは子供なんだって、自覚させられてしまう……ぐぬぬ。


 だからかな? どっちのあたしも見てくれる伊織さんは、あたしにとって都合が良かった。


 彼はあたしを利用していると思っているんだろうけど、あたしが自分の感情を剥き出しにしてしまうくらいには、一緒にいて悪くない。


 やっと、本当の意味で寂しくなくなったように感じている。


 伊織さんは、鹿波と付き合った後もあたしとお喋りしてくれるかな。

 いや、その時こそ、鹿波にも秘密をばらして巻き込んでしまおう……天才的な発想だ。


 彼氏がそういう趣味を持っているのに、親友のあたしがダメなんてことはなくなるだろうし。

 そうすれば、一番幸せな結末なんだろうなぁ……なんて、また夢を見てしまう。

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